FF編 第六章
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画面に映された己の試合、内容はすべて勝利を描いたもの。当たり前だ、帝国学園は四十年間無敗だったのだから。雷門中の練習へ訪れた後から、鬼道はずっとこうやって過去の試合を見つめている。これがすべて偽物の勝利だったというのだろうか。鬼道は背後に現れた気配を感じ取り、小さく呟いた。
「俺はいったい何なんです」
「考えるな、私やお前の父を失望させるな」
帝国学園総帥の影山が鬼道の見つめるテレビ画面の前へ立った。大方、鬼道の義父が心配して影山を呼んだのだろう。彼の義父は影山に対してかなりの信頼を置いていた。彼の義父は影山に任せていればすべて上手くいくとすら言っていた。
「優れた才能を探していた時、施設でお前を見たときのことは忘れられない。わずか六歳前には既に完成された存在であった。お前は使える。だから跡継ぎを探していた鬼道財閥へ推薦したのだ。頂点に立つことが鬼道を継ぐものとしてのお前の義務であり、使命だ。他に何を望む」
「サッカーです」
鬼道は胸に抱いたサッカーボールを抱きしめる。鬼道のすべてはサッカーだ。サッカーですべてが決まってゆく。ほかに望むものはすべてサッカーで勝利することで手に入る。だからサッカーで勝ち続けたい、何よりも自分の力で。
いや、そうではない。ただ単純にサッカーが好きなのだ。ボールを蹴り、追いかけることが楽しい。サッカーをしていれば嫌なことも何もかも忘れられた。
「ただやらせていたと思うのか、サッカーにおいて司令塔であること、これは多くの系列企業を束ねるお前の父がやっていることのシミュレーションだ。戦略を考え、思惑通りに選手を動かす。判断を誤れば敗北に繋がる」
鬼道はズボンの膝元を強く握りしめた。シミュレーション……、俺のすべてはその程度なのだろうか。
「お前は勝つことで鬼道の名を継ぐにふさわしく成長してゆくのだ、……ん?」
影山がちらりと視線を鬼道の掛けるソファに置かれている雑誌へと向けた。その雑誌は古ぼけて薄汚れている。年号は五年以上昔の物だ。影山の意識を逸らすように鬼道が呟く。
「総帥の言う勝利は実力の上に成り立つものじゃない。貴方は俺だけじゃなくチームの皆を否定している」
「敗北は醜いぞ」
鬼道の意見はばっさりと影山の一言で切り落とされた。かつて嘲笑ってきたチームを思い出す。なりたくはない……、あんな風には。負けたくはない、しかし今の帝国が得てきた汚い勝利は欲しくない。実力で正々堂々とした勝利を望みたかった。
「お前も、ああなりたいのか」
影山はそう問いかけつつ、先ほどの雑誌に手を伸ばす。すると鬼道は血相を変えて雑誌を掴んだ。
「触るな!!」
部屋の端へと飛びのき、大事そうに息を荒げてそれを守った。そして抱きしめているそれが無事なことを確認すると安堵した風にうすらと微笑みを浮かべる。その後にまるで何か悪いことをしでかした子供のように、影山に対して怯えの色を鬼道は見せた。
「思い出に縋りついていては弱くなるぞ、捨てろ」
鬼道は答えない。この品は両親の唯一の形見、有人としてのサッカーの起源だ。鬼道は背中に雑誌を隠して影山を見上げる。
「たとえ敗北しようとも、全力を出し尽くした勝負なら悔いはありません」
鬼道の答えが気にいらなかったのか、影山は大きくため息をついた。そしてサングラスに隠れた冷たい目で鬼道を見据えた。
「……最初の質問に答えていなかったな。俺はいったいなんです? と問いかけていた。お前は鬼道有人だ、分かるだろう。……そして私もお前に問いたいことがある」
じりっと影山が鬼道に歩み寄る。鬼道は一歩身を引いて影山の言葉を待った。どうにも嫌な予感がする、そしてそれは的中した。
「お前はまた私の命令に背いてあの女に会いに行ったな? 金輪際、あの女には会うな。色恋も思い出と同じだ、自分を弱くするだけだ。……もっとも、もうあの女とお前が見える機会など二度とないかもしれないがな」
フッと不気味な笑みが影山の口元に広がる。鬼道はその言葉に動揺した。どういう意味だ、まさか花織に何か。背中を冷や汗が伝うのが分かった。
「なんだと……? 花織に何をしたんです!?」
「フフ、私は部下に命令しただけだ。二度とお前とあの女が顔を会わせることの無いようにしろと。これで少しは身の慎み方もわかるだろう、……なあ鬼道?」
そう言って影山は鬼道の部屋を出て行った。残された鬼道は慌てて机の上に置いていた携帯を手に取る。総帥は冗談など言う人間ではない。冷酷で勝つために手段を選らばない。あの総帥が花織に何かした可能性は高かった。
鬼道の不安は大きくなる。震える指で電話帳から花織の電話番号を探しだし、携帯を耳に当てた。どうか、無事でいてくれ。だがしかし、返ってくるのはコール音ばかり、花織は全く電話に出ない。鬼道は一度電話を切り、再び花織へと掛け直す。
「花織……!」
虚しいコール音だけが彼の耳には届いていた。