FF編 第一章
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翌日、花織は少し早い時間に家を出て学校に向かった。学校に着いたらもう一度、昨日の礼を風丸に言おう。そんなことを考えながら彼女は通学路を歩いていた。
「月島さん!」
名前を叫ばれて後ろを花織が振り返れば、手を振りながら女の子がこちらへ走ってきている。確かあれは隣の席の木野秋だっただろうか。花織は足を止め、秋を待った。
「木野さん。おはよう」
「おはよう、朝早いんだね」
明るく朗らかに秋が微笑んだ。なんとなくその明るさを羨ましく感じながらも花織もつられて破顔する。
「ねぇ、一緒に学校行かない?」
「うん、ぜひ」
秋の問いかけに花織が頷けば秋はよかった、と安堵したように笑って、花織の隣を歩き始めた。
「花織ちゃんって呼んでいいかな?」
他愛のない話をしながら通学路を歩く。帝国学園にいたときは仲の良い友達などほとんどいなかった。友達と一緒に学校に行くという中学生にとって当たり前の出来事も花織にとっては新鮮で自然と表情が綻ぶ。
「あ、そういえば昨日陸上部はどうだった?」
次々と出てくる秋の質問に花織は順を追って話していく。先輩のこと、宮坂に練習しようと誘われたこと、風丸と走って彼の速さを実感したこと、風丸にまた走ろうと言われたこと、そして風丸が送ってくれたこと……。花織の話に秋は酷く驚いたようだった。
「へえー、そうなんだ。風丸くんが?」
「うん。家まで送ってくれて。また一緒に走ろうって」
へえ、と秋が感嘆の息を漏らしながら首を傾げる。
「風丸くんって、あんまり女の子と仲良くしてたりしないみたいだったんだけど。実際女の子と話すところはあんまり見たことないし……」
「そうなの? ……昨日はそんな素振りなかったけどな」
「円堂くんから聞いたんだけどなあ」
秋の情報はサッカー部のあの円堂からくるらしい。秋は円堂と風丸は幼馴染なのだということを花織に話してくれた。これも円堂から秋は聞いたとのことだ。円堂と秋、二人の仲は余程良いようだ。秋は円堂情報を信じているのか、花織の話を不思議そうに聞いては目をぱちくりとさせている。
「そうなんだ……。でも昨日は普通に話してくれたよ」
花織が昨日のことを思い出すように小さな声で呟くと、秋は花織に微笑みかけた。花織の話を聞いていて思ったのは、風丸は花織のことを気に入っているのかもしれないということだ。一緒に走ろうなんて約束を出会ったばかりでするなんて。そうとしか思えないくらいだ。秋は花織を見つめて鞄を持ち直す。
「それにしても風丸くん、面倒見が良くて優しいのは相変わらずだね」
風丸くんの家、こっちの方向じゃないんだよ。秋はくすっと笑いながら花織にそう言った。秋がそう花織に言った瞬間、花織の目が大きく見開かれる。一瞬で彼の昨日の行動が彼女の頭の中を駆けた。どういう事だろう。彼は私を送るためにわざわざ遠回りをしてくれたということだろうか。
「あっ、花織ちゃん!」
秋が花織の名を叫ぶ。花織の足は自然と学校へ向かって駆けだしていた。少しでも早く彼に会って話がしたいとそう思った。
息を切らせて校門を通り抜ける。ようやく雷門中学へ到着した。花織は少しだけ呼吸を整えて、再び陸上グラウンドへと走り出す。何故グラウンドかというと先ほど秋に陸上部が朝練をしていることを聞いていたからだ。グラウンドを眺め、練習する部員の中に青髪を見つける。名前を呼ぼうとするが息切れしているので声が出ない。
「あ、月島さんじゃないですか!」
ランニングをしていた宮坂が花織を見つけて嬉しそうにこちらへ走ってきた。ニコニコと屈託のない笑みを浮かべていたが、息を切らした花織を見て不思議そうに宮坂は首を傾げる。
「月島さん!こんな朝早くにどうしたんですか?何だか息切れしてるようですし……」
「はぁ……はぁ、宮坂くん。か、風丸くんを呼んでくれる?」
心配そうな宮坂をよそに風丸を呼び出してくれるように頼む。宮坂はやはり不思議そうだったが、背後を振り返り風丸を探す。
「? ……わかりました。風丸さぁーん!!」
宮坂が毎回の如く、大声で彼を呼ぶ。その声に風丸が髪を揺らしながら、こちらへ駆け寄ってきた。花織はその間に大きく深呼吸をして息を整える。走ったせいで乱れてしまった髪を整えて、背筋を伸ばした。
「何だ、宮坂。……月島?」
「あの、昨日はありがとう」
何から言い出したらよいのかわからず、それでもお礼が一番だと考え、花織が頭を下げる。風丸は一瞬きょとんとした表情を見せたが、花織を見つめてふっと柔らかく微笑んだ。
「ああ、そんなことか。別に気にしなくても……」
「風丸くん……。なんで家の方向が違うのに言ってくれなかったの?」
核心を突く花織の言葉に風丸君の表情がさっと驚いたものに変わる。大きく目は見開かれ、青い髪が動揺に揺れた。
「なんで、知ってるんだ?」
「木野さんから聞いたの。……私、本当にごめんなさい」
花織が再び頭を下げる。自分が必要以上に風丸に迷惑を掛けたことは明白だった。それがとても彼に対して申し訳なかった。風丸は謝るなよ、と慌てて花織の方へと手を伸ばす。彼女の腕に指先が触れたが、その華奢な身体に逆に驚いてしまって慌てて手を引っ込める。
「なっ、なんで月島が謝るんだ?俺の勝手でやったことなんだから……」
「でも……。だったら、せめて何かお礼をさせて?」
縋るように自分を見つめる花織に風丸が困ったように頭を掻いた。どうしたものだろう、彼はこういう場面でどうすべきかを知らなかった。別に女子を心配して家まで送り届けるなんて普通の事だろうに。
「そう、だな……。それじゃあ……」
しばらく風丸は眉間に皺を寄せて悩んでいたが、ふっと口元に笑みを浮かべる。彼は何か妙案を思いついたようだった。春風がふわりと風丸の髪を舞い上げる。
「それじゃ、今日もまた一緒に走ってくれないか?」
「え? でも、そんなことでいいの?」
花織は不安げに風丸を見つめる。彼の提案は彼女にとっても嬉しい提案だった。だがそれは彼にとっての礼になりうるのだろうかと疑問に思った。花織の速さは何を言っても風丸に劣る。それは昨日の勝負で証明されている。
「ああ。月島のスピードに俺は興味があるから」
興味がある、その言葉と彼の笑顔は花織にとってはあるものと重なりを感じる嬉しいものだった。自分の存在を認めてくれたような、そんな気持ちを抱かせてくれる彼の言葉に花織は心から嬉しそうに笑う。
「わかった。ありがとう、風丸くん」
また彼と走ることができる。その事実を思うと花織は今までに感じたことのないワクワク感が胸にこみ上げるのを感じる。走ることに対して、特に誰かと走るということに期待を感じたことは今までなかった。初めての感情だった。真っすぐ前しか見ていなかった花織の視界が一気に開けたような気がした。
だがその時、花織は自分の背中に突き刺さるような何かを感じた。その違和感に振り返ってみるも、彼女の背後にはもう既に何もいなかった。