FF編 第六章
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「君も偉くなったものだね、この私に意見するようになったのだから。ん、鬼道?」
土門から報告を受けた鬼道は帝国学園へと戻ってきていた。さすがに今回ばかりは総帥の考えに納得がいかなかった。鬼道には大切な人たちを守りたいのはもちろんだが実力を伸ばし、大会を勝ち上がってきている円堂たち雷門イレブンと正々堂々真剣勝負をしてみたいという気持ちもどこかあった。
「いえ、意見というわけでは」
「では批判かね、冬海にやらせたことが気にいらないのか」
影山は椅子に凭れ掛け、冷たい口調で言う。そしてすらりと長い足を組んだ。
「安心したまえ、私はバスに小細工をしろなどとは命令してない。雷門中が決勝戦に出ることを阻止しろとは言ったがね。ふっふっふっ……」
「そんなことしなくても……!」
いくら雷門が実力をつけてきたとはいえ、こちらは四十年間無敗であった帝国学園。自分のチームを見ていて、雷門には負けないだろうという自信が鬼道の中にはあった。雷門中がどれだけ力を付けようと長年の伝統を打ち壊すほどではないと鬼道は考えている。
「勝てると言いたいのか」
鬼道は頷く。
「百パーセント必ず勝てると言いたいのか!」
突然、影山が怒りに任せて机を叩き、声を荒げて鬼道をサングラス越しに睨んだ。鬼道は驚き身を引く。影山はふんと鬼道を鼻で笑うと椅子をくるりと回転させ、鬼道に背を向けた。
「二つ教えてやろう。優れた司令塔のいるチームは、試合をする前から既に勝っているのだ!」
影山は続ける。鬼道は黙って影山の言葉を聞いていた。
「……そして鬼道、以前にも言ったはずだ。淡い恋心などに現を抜かしていては、勝利など得られやしないぞ」
痛いところを突かれ鬼道はびくりと身を震わせる。隠し通せていると思っていた。だが影山には筒抜けだったのだ。鬼道は動揺を悟られないように俯き、失礼しますと呟く。何も気取られないよう部屋を出ていく鬼道の背中に影山の声が囁く。
「君は私の命令に従っていればいい。何も考えずにな」
❀
帝国のスパイの存在がとうとう明るみに出た。とある人物が理事長室へ手紙を送り、そこから雷門サッカー部監督であった冬海が帝国のスパイで、しかも遠征用のバスに細工をしていたことが発覚したのだ。サッカー部員たち全員の前でそれが明らかとなった冬海は、夏未の権限で即刻雷門中学から追放となった。
そして冬海が残した一言によってもう一人、帝国のスパイとして晒された人間がいる。もちろん土門飛鳥のことだ、そして冬海の企みについて告発文を書いたのもまた彼であった。彼は皆の前で自分がスパイであることを晒され、自分がやってきたことの罪悪感によりこの場から走り去ってしまった。そしてそれを追って円堂、秋も今はいない。
残された部員たちは現在、練習どころではなく、部室で今の驚愕の顛末を話し合っている。そんな中、花織は一人部室の隅で思い悩んでいた。花織も完全に彼らを裏切っていなかった、というわけではない。いくら風丸を理由にしてスパイの黙認を余儀なくされていたとはいえ、スパイの存在を隠していたということは事実なのだから。
何故土門だけが糾弾され、責められねばならないのか、自分だって同罪のはずだと花織は感じていた。しかし皆の前で自分が黙っていたことを言い出す勇気はないのだ。あんな風に非難される様な目で見られるかと思うと怖くて仕方が無くなる。しかしそれでも。花織は立ち上がり、彼の元へと歩み寄った。せめて一郎太くんには、正直でいたい。彼女はそう思った。
「あの、一郎太くん……。ちょっといいかな?」
俯き気味に花織は、豪炎寺と話をしていた風丸に声を掛ける。今となってはチームの副キャプテンのようなポジションに落ち着いている彼だ。円堂のいない今、これからどうするかを決定せねばならないため、彼は豪炎寺と話しあっていた。結論は出なかったようであるが。
「どうした、花織?」
「話があるの。誰にも聞かれたくない……」
花織の深刻そうな表情から何か悟ったのか、風丸は花織の言葉にすぐに頷いた。
「ああ、わかった。豪炎寺すまない、少し出てくる」
「ああ」
豪炎寺が了解を示したのを確認して、風丸と花織はふたりだけで部室を出た。
❀
「一郎太くん、あの……」
部室裏に来たはいいが、花織は話を中々切り出せなかった。風丸はただ静かに花織を見つめ、彼女の言葉を待っている。
「ごめんなさい。……私、土門さんのこと」
「知ってたんだろ? ……アイツがスパイだって」
意を決し、か細い声で花織が言葉を紡ぎだすと、風丸は優しい声で助け船を出した。花織がえっと声を漏らし、顔をあげる。
「知ってた、の……?」
花織は困惑する。彼は土門がスパイだと知っていたのだろうか。花織が黙っていることを元より知っていたのか。知っていて何も言わなかったのか。花織の中で様々な疑問が交錯する。風丸はそんな彼女の疑問に答えをもたらした。
「いや……、これで知ったんだ」
そういって風丸が差し出したのは白い紙、それは先ほど夏未が理事長室に送られてきたと言っていた告発文。すなわち土門からの手紙だった。それをどうして風丸が持っているのだろう。花織は微かに首を傾げる。
「さっき、雷門が俺に渡してきたんだ。貴方は彼女の為にも読むべきだって」
花織はどういう事かと疑問に思いながらも風丸の手から紙を受け取る。その手紙には冬海の策略、土門がこれまでしてきたことに対しての謝罪などがつらつらと綴られていた。そしてその最後に付け足しのような言葉で短く花織のことが書かれている。
月島花織は恋人を人質に取られ、スパイの黙秘を強要されていた。彼女はむしろ被害者だ。そして彼女の為にもこれは誰かが彼女を責め立てた時にだけ話してほしい。もし誰も彼女を疑わなかったその時は、このままこの事実は封印しておいてくれ。読んでみると一目瞭然だ、土門は花織を庇ったのだ。
「俺の為だったんだな。……スパイについて黙っていたのも、新しい必殺技を隠していようと言ったのも」
風丸が優しく、花織に囁きかける。疾風ダッシュの完成をチームに黙っていようと言っていた彼女の言葉にも合点がいった。花織はスパイの存在を警戒していた。そして風丸たち雷門中のサッカー部が、少しでも不利な状況に陥らないように働きかけようとしたのだ。だが優しい彼の声にも花織の表情は浮かない。
「……たとえ、真実がそうだったとしても。私がスパイについて黙ってたことは事実。……本当にごめんなさい」
「花織」
深く頭を下げた花織の肩を風丸が叩く。花織がそっと顔をあげれば、風丸は花織の髪に指を絡ませた。じっと彼女の瞳を見つめて、彼は花織に語り掛ける。
「俺がお前の立場だったとしても、多分同じことをした。……それに不謹慎だが、少し嬉しいんだ」
風丸の言っている意味が分からず花織は首を傾げる。どういうこと、と花織は風丸に問いかけた。
「お前にとって俺が足枷になったのは情けない話だが、それでも俺がお前にとって人質に値する存在だったってことが……。馬鹿らしいことに思えるかもしれないが嬉しいんだ」
そう、たとえそれが鬼道からの脅しだったとしてもだ。花織は風丸を守るために何も言わずに黙っていたのだ。風丸はただただその事実が嬉しいと思った。彼女にとって自分が大切な存在なのだと実感させられた。
「だって、一郎太くんは私の大切な人だから。当たり前のことだよ……」
「ああ、それでも」
風丸はそっと花織の頬へと口付ける。彼女の美しい瞳に映る自分はやはり寂しげに見えた。自分はいつまで花織にとっての大切な人であれるだろうか。風丸は胸の中でそんなことを考えながら、花織に触れ、彼女に愛おし気に微笑みかける。
「俺は嬉しく思う」