FF編 第五章
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その日の夜、風呂上がりの花織はベッドに腰掛け、今日土産にと貰ったメイド服へと目を向けた。それを見るだけで未だにドライヤーの熱を持つ髪と同じくらい顔が熱くなる。
あの後、試合は多少苦戦こそしたものの、怪我をした豪炎寺の代わりに出場した目金の捨て身のプレイにより、秋葉名戸に勝利を収めた。これで決勝進出、次の相手は帝国学園、鬼道のいる帝国。そう思うと少し花織の表情が陰った。風丸の方へ気持ちの傾いている今、鬼道に会いたくなかった。ただでさえ、この頃の鬼道の行動は読めないのだから。
本当にどうでもいい奴には心配などしない、そう鬼道は言っていた。とすると花織は彼にとってどうでもいい人間ではないのだろうか。花織はベッドに寝転がると、切なくなる気持ちを抑えるように傍にあった枕をぎゅうと抱きしめる。そんなことを言われると期待してしまう。でも、私には……。
重い息を吐いた花織は携帯を手に取る。無性に風丸の声が聴きたくなった。確かに鬼道を想う気持ちはずっと変わりないのだが、花織の気が付かないうちに段々と風丸へ対する気持ちが大きくなってきているのだ。こんな時は彼の声を聞きたい。聞いて自分には彼がいるのだと理解しなければ。
そっと携帯を握る。彼に電話を掛けようかと迷ったその時、聞きなれたメロディーが手の中のそれから奏でられた。電話がかかってきたのだ。びっくりした花織は慌てて通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。
「もしもし……っ」
「……いやに慌てているな、花織」
その低い声に花織は息を呑んだ。この声は。
「っ……鬼道、さん……?」
電話の声の主は今、花織の一番話をしたくない人だった。驚いて花織はベッドから飛び起きる。突然のことに心臓が口から飛び出そうなほど脈打っていた。
「何の、御用ですか?」
「フッ……、随分な挨拶だな。……お前と話がしたかったんだ」
「……そんな、うそ」
花織は口元を押さえる。
「嘘だと思うか? まあいい、それより時間は大丈夫か?」
特に用もない、時間は大丈夫だが。本当に何の用だろうか。花織がか細い声ではい、と返答を返せば鬼道はどこか満足げだった。
「そうか。……まず、お前に聞きたいことがあるんだが」
花織は警戒しながら鬼道の言葉を待つ。こちらが不利になること……、彼にとって不利益を齎すことだけは答えてはいけないと肝に銘じる。しかし、鬼道の言葉は思いもよらないものだった。
「お前がメイド服を身に着けて、風丸に奉仕をしたという情報を得たのだが。……それは本当か?」
花織は言葉を失う。えらく真面目な調子で放たれた鬼道の言葉は帝国の利益とは全く関係のないものだった。
「は、あ……?」
「写真も送られてきているが。……お前にはそういう趣味があったのか?」
電話越しの鬼道は酷く深刻そうな声色をしていた。花織はぽかんとしたのちに、思わず吹き出した。あの鬼道が、そんなどうでもよいことを真剣に尋ねていることがおかしかった。
「ふふっ……。そんなことが気になるんですか?」
堪えられなくなって花織が笑う。張りつめられていた二人の間の空気が確かに緩んだ瞬間だった。
「久しぶりに聞いたな、お前の楽しそうな声は」
優しい口調で鬼道が言う。花織の胸はきゅんと切なくなった。あの頃の鬼道だ。帝国にいた頃、花織に声を掛けてくれていた。
「鬼道、さん……」
「花織、雷門での生活は楽しいか?」
まるで父親のような言葉だった。花織を気に掛ける言葉だ。
「はい。……とっても」
❀
それからしばらく二人は他愛もない話をした。学校のこと、私生活のこと、世間話。サッカーのこと、風丸の事には一切触れなかった。警戒でいっぱいだった花織の心は鬼道と話をしている内にいつの間にか解きほぐされ、まるで帝国にいたころに戻ったかのように余所余所しかった花織の口調もどこか親しげなものに変わっている。
「ふふ、そうですね。鬼道さんらしいお考えだと思います」
「ああ、お前は本当によく覚えているな。……花織」
優しい声で鬼道が名を呼ぶ。しかし、先ほど話している時と違って再び真面目な声になって花織に囁く。
「お前と会ってきちんと話したいことがある」
「電話じゃ、ダメなんですか?」
「ああ、お前の顔を見て直接伝えたい」
真剣な声だった。花織は携帯を握り直す。手はじっとりと汗をかいていた。いったい何を彼は伝えたいのだろうか。
「サッカーのことでしょうか? ……でしたら何も」
「いや、帝国もサッカーも関係ない。俺の気持ちの話だ」
「鬼道さんの、気持ち……?」
ますます分からない。でも知りたかった、ずっと知りたかったことなのだ。鬼道の気持ちならどんな小さなことでも。
「だから、お前に会いたいんだ。……二人きりで」
囁くような声に、花織は今すぐにでも鬼道の元へ行きたいくらいの気持ちになった。しかし、それは制される。花織のもう一人の想い人によって。
「鬼道さん、あの。私……、恋人がいて、彼と約束したんです。鬼道さんとは会わないようにするって」
鬼道は何も言わなかった。暫くの沈黙の後に鬼道はふっと笑った。
「ほう……、何故だ?」
困ったように花織が囁いた言葉を、鬼道はさぞ面白そうな声で笑う。
「ただの友人に会うのを、何故制する必要がある?」
核心を突く言葉だった。そして彼の望むのもその言葉だ。
「それは……っ」
「それは……? はっきり言わなければ分からないな」
くつくつと鬼道が笑いながら言う。本当はきっとわかっているのだ、花織がどうしてこの選択をしたのかなど。花織は苦しくなって息を吐く。彼女は真実を話すことしかできなかった。
「私が今も……、鬼道さんのことを好きだからです。これは鬼道さんにとっても、一郎太くんにとっても邪魔な気持ちだから。鬼道さんに会ってしまったら、きっとその気持ちは大きくなってしまいます」
「……」
「だから私は……、鬼道さんには会えません」
片思いのヒロイン、独りよがりな感情。そして風丸に対する不誠実な想い。消えてしまうべき感情が花織の行動の理由だった。
「花織、俺は……。いや、今はやめておこう。…………今日はもう遅い、早く身体を休めろ」
「鬼道さん……」
気を悪くしてしまったのだろうか。花織は不安になったが何も言うことができなかった。
「すべてはお前たちとの試合が終わってからにしよう。お前の恋人をサッカーで下してからにな」
「ラフ、プレイは……」
花織が思わず呟く。以前の試合を思い出した。雷門の選手を傷つける、最悪な試合展開。あんなことになるのはもう二度とごめんだ。
「安心しろ、この前のようにはならない。お前たちはそのために特訓するんだろう」
「はい……」
「それと、お前が俺に会いたくないのはわかった。だがせめて、また電話をかけてもいいだろうか。お前とまた話がしたい」
本当に風丸を想うのなら、きっとここで鬼道の頼みを断るべきなのだろう。しかし、どう足掻いても花織は彼を好いていた。しかも久しぶりに打ち解けた時間を過ごした後なのだから。彼女の心は少し揺らいでいた。
「はい、電話くらいなら……」
❀
花織との電話を終えた鬼道は仄暗い自室でふっとため息をついた。また彼女に干渉してしまった。しかし決意を揺らがせてしまった自分への嫌悪感はあったが、後悔はしていなかった。花織と会うこと、いや接触することは鬼道にとっては禁忌とも呼べる事項なのだ。でなければあの日、花織を傷つけるような言葉を吐くことなど一生なかったはずだ。しかし……。
鬼道には何を置いても達成せねばならない悲願があった。それを遂げるため、花織をどうしても遠ざける必要があったのだ。だから今彼の行った電話を掛ける、という行為はそれに背くものであった。しかし彼にとってその行為は、抑えきれない衝動とも呼べるものであった。その感情に名をつけるのなら、まさにそれは恋と呼ぶべき代物だった。