FF編 第五章
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迎えた地区予選準決勝、舞台は秋葉名戸グラウンドである。電気街の中にあるこの学校はグラウンドの真正面に大型ビジョンが設置されている。それ以外は何の変哲もない、しいて言えばゴールネットが桃色なだけのサッカーグラウンドである。
そんな秋葉グラウンドに到着するや否や、雷門中の花織たちマネージャーは何故かメイド服を着用した秋葉名戸のマネージャーに呼び出された。
なんだろうと疑問に思いつつ、彼女たちについてゆく。しばらく歩いてようやく彼女たちが足を止めたのは、女子更衣室という札の掛かった部屋だった。そして開口一番、秋葉名戸のマネージャーはとんでもないことを言い始めた。
「我が校の試合では、マネージャーはメイド服の着用が義務となっております」
何事でも無いようにそう言った秋葉名戸のマネージャーは笑っている。雷門中のマネージャーたちは呆気に取られた。いち早く我に返った夏未が憤慨して秋葉名戸のマネージャーに向かって声を荒げる。
「誰がそんなこと決めたのよ!」
「我がサッカー部の監督です~」
さらりと答えた彼女は秋、春奈、花織、夏未の順に件の服を手渡していく。
「私、こんなもの着ないわよ!」
「いいじゃないですか夏未さん。こんな機会滅多にないんですし。ね、木野先輩!」
「そうだね」
本気で嫌がっている夏未とは裏腹に秋と春奈は楽しそうだ。確かに春奈の言う通りメイド服なんて普段着る機会などない。だから物珍しさがあった。それにフリルなどが付いていて可愛い服であるのだから、女子として多少憧れもあるのだろう。
「あなたは着るなんて言わないわよね……?」
「着ます」
助けを求めるように夏未は花織を見たが、それも虚しくきっぱりと花織は言い放った。その眼はどこか決意のようなものが見え隠れしている。夏未にそう告げ、花織は俯くと手の中のメイド服を強く握りしめた。
❀
ヘッドドレスをつけ、髪型を鏡で確認する。ようやく納得のいく形でセットをし終えた花織は立ち上がるとスカートの裾を引っ張った。物凄く丈が短いのだ、前屈みになれば下着が見えてしまいそうなほどに。しかも足を覆っているのはタイツではなくニーハイソックスで油断すると下着が見えてしまいそうだ。……屈むときは気をつけなくては、と花織は一人意気込む。
「わぁーっ! 花織先輩可愛いですっ、後で一緒に写真撮りましょうね!」
「うん……」
いつにも増してテンションの高い春奈が花織の手を握る。花織はどこか真面目な顔をしたまま頷いた。それを不思議に思ったのか春奈は首を傾げる。
「花織先輩、元気ないですね? あ、風丸先輩のこと気にしてます? 大丈夫ですよ! こんなに先輩は可愛いんですから、きっと喜んでくれますって!」
「本当に、そう思う……?」
花織は浮かない顔で春奈を見つめた。その表情は羞恥心や不安が入り乱れ、今にも泣きだしそうに瞳が潤んでいる。白い頬はリンゴのように赤い。
「私、一郎太くんに制服とジャージ姿でしか会ったことないの……。こんな格好、春奈ちゃんたちは可愛いし、似合ってるけど、だからこそ見劣りしそうで。……私に幻滅しないか不安で」
花織は俯く。どうしようもなく恥ずかしく不安だった。今からやろうとしていることも含めて、似合ってなかったら、という気持ちが拭えない。
「私、この前春奈ちゃんとメイド喫茶の話をしてからずっとモヤモヤしてて。自分のことを棚に上げてるのははっきりわかってるけど……。一郎太くんを誰にもとられたくないの」
消えそうな花織の声に春奈は唖然とする。呆れると同時に笑い出しそうになった。どれだけこの人は自分に自信が無いのだろう。風丸が花織を嫌いになるはずがないことなど、第三者の春奈が見ても明らかだというのに。
そもそも風丸に他の女の子を見る暇などない。何故なら、彼は花織を見ているのに忙しいからだ。ことに自分以外の男と花織が話している時には、口にはしないが視線で人を殺せそうなほどだというのに。
「ないですって! 風丸先輩は花織先輩しか見えてませんよ! ほら、証明しに行きましょう! 木野先輩も夏未さんも」
ぐいぐいと夏未と花織の手を引いて春奈が先陣を切って更衣室を出る。それを微笑まし気に見つめながら秋も彼女に続いた。
❀
メイド服を身に纏った花織たちがグラウンドに姿を現すと、歓声と共に秋葉名戸の選手たちに取り囲まれた。さまざまなオタク用語を掛けられ、写真を撮られる。
春奈と秋はノリノリだったが夏未は始終放心していた。最初はされるがままにされていた花織だが、彼らが夏未に夢中になっている間に、そっと人ごみの中を抜け出した。人垣の端で一つ彼女は深呼吸をし、心を決める。そして静かに想い人の元へと歩み寄った。
風丸が花織が傍に来たことに気が付いたのは、彼女が彼の隣で立ち止まった時だった。辺りの喧騒に呆れ返っていたのだ。音もなく歩み寄った花織を視界に捕え、彼の目は大きく見開かれる。何か言いたげに微かに唇が動いたが、音にはならなかった。そして彼の耳から喧騒さえをも遠ざけたのは、花織が小さく呟いた一言だった。
「い、いかがですか……? ご主人様」
刹那、彼らふたりの傍にいた雷門の二年生が一斉に花織を振り返り、耳を疑った。普段なら花織が絶対に口にすることのない言葉だ。熱でもあるのではないか、と彼女と仲の良い人間は瞬時に思った。
「ご主人様……、一郎太様?」
決して冗談っぽくなく、大真面目に。確認するように花織が風丸の名前を呼ぶ。その表情は恥ずかしげに頬が染まっており、上目遣いで風丸を見上げている。風丸は何の返答もしない。花織は不安になって俯く。しばらく沈黙が続いたが、それを見かねたマックスが花織の肩を突いた。
「あのさあ……、花織。風丸、完全に固まってるみたいだけど」
マックスが苦く笑う。
「いや、それにしても大胆だね、花織。半田、風丸を……、って半田も固まってるし」
見てみれば半田も染岡も顔を赤くして固まっているようだ。傍にいる豪炎寺は悪戯っぽい目で花織を見つめている。花織は微苦笑を漏らすと風丸の肩に触れた。
「一郎太くん?」
「花織……」
小さな声で彼の名を呼べば、はっと彼は我に返ったようだ。見る見るうちに風丸の顔が耳元まで真っ赤に染まってゆく。すぐさま彼は花織の手を掴むと無言でチームメイトに背を向けて走り出した。
「……きゃっ、一郎太くん?」
花織はただただ、彼についてゆくしかなかった。