FF編 第四章
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「花織……?」
「一郎太、くん……?」
恐怖から固く閉じられていた瞼がうっすらと開く。ぼやけた視界の中に青髪の彼が見えた。風丸だ、間違いなく。すでにユニフォームからジャージに着替えている彼は、確かにそこに立っていた。どうやら、花織を探してこんなところへ来たらしい。
「何、してるんだ」
どこか苛立ちを含むような声で風丸は二人の傍へと歩み寄る。風丸の目には鬼道が嫌がる花織を無理やり拘束している、というふうに映っていた。事実それは間違いないのだが……、風丸は花織の左手を掴む。
「悪いが、花織は俺の大切な人だ。その手を離してくれ」
きっぱりと厳しい声で風丸が言い、鬼道を睨みつけた。鬼道はそれを鼻で笑ったが、案外すんなりと花織の拘束を解除した。そして口元に笑みを浮かべながらもどこか冷たい表情でふたりを見る。
「少し話しすぎたな。……まあいい、今日の所は退散するとしよう。……月島、俺は本当にどうでもいい奴には心配など掛けたりはしない。そこにいるそいつも同じだろう。よく考えることだな」
鬼道は踵を返し、ふたりに対してひらひらと手を振って歩きだす。しかし、数歩歩いたところで彼はその足を止めた。
「ああ、それと……。風丸、だったな。貴様だけにこの女の想いが向いていると思うな」
風丸の表情が強張る。鬼道はそれから一度も振り返りもせずに去っていった。残された花織と風丸の間に沈黙が走る。花織はそっと風丸を振り返ろうとした、その時だった。
「……!」
驚きで声すらあげることができなかった。風丸が花織の身体を近くの壁に押し付けたのだ。
「いちろ……っ」
訳のわからないままに彼の名を呼ぼうとすれば、いつになく荒々しく唇を奪われた。花織は風丸のジャージの胸元を握りしめる。風丸らしくない行動だった、しかし彼にこんなことをさせたのは自分のしたことが原因だと、花織は酸欠のせいでぼんやりと靄の掛かった視界の中で思う。そして優しく唇が話されたかと思えば、今度は強く彼の腕の中に抱き寄せられた。
「悪い。……すまなかった」
風丸が花織を抱きしめて呟く。風丸の身体は微かに震えていた。鬼道と花織が話しているのを見たとき、彼の心は燃え上がるような嫉妬で埋め尽くされた。本当なら、すぐさまその場で花織を抱き寄せ、花織に触るなと怒鳴りつけたかった。花織の恋人は俺だとはっきりと見せつけてやりたかった。しかし、僅かに残った彼の理性がそれを制した。
風丸はそんなことをして花織に嫌われたくなかったのだ。未だ鬼道を好いている花織にとってみれば、風丸の想いに任せた行動はただただ迷惑になるだろうとそう彼は考えた。風丸は花織を抱く手に力を込める。花織にとって俺は鬼道の代わりだ。そういう約束で関係を結んだのだから。
「一郎太くん……、ごめんなさい。私、また」
「いいんだ。……好きな奴に会いたいと思うのは当たり前の事だからな」
本当は自分は彼女の傍にいる資格がないのだと風丸は思う。しかし、同じように花織も風丸の傍にいる資格がないと感じていた。風丸のことが好きだ、しかしそれでも鬼道に惹かれる自分がいる。未だに鬼道を心の中で想い続けていた。だからこそ、早く風丸とは別れるべきだと何度思ったことか。花織は目を伏せる。それでも風丸は自分を鬼道の代わりにしろというのだ。そんなことをしても報われることなどないはずなのに。
「一郎太くん……」
花織は彼の名を呼び、腕の拘束を緩めさせるとそっと、両手で彼の頬に手を当てた。びくりと風丸の身体が揺れる。花織が風丸の前髪を払うと悲しげな茶色い瞳と目があった。自分が彼にそんな顔をさせているのだと思うと罪悪感で胸が苦しくなる。花織は小さな声で一つの決意を口にした。
「私、もう鬼道さんと会わないことにする」
「え……?」
花織が少し微笑んでそう呟けば、風丸は酷く驚いたようだった。
「このまま一郎太くんに不誠実なのは嫌だから。……だからもう会わない、電話が掛かってきたとしてもちゃんと断るようにする」
「俺のことは気にしなくても……」
「私、一郎太くんのそんな顔見たくない。一郎太くんが大好きだから、傍に置いてほしいの」
そう、たとえ今はどんなに歪でもどうにか彼の想いに答えたいから。花織が目を閉じて風丸に顔を近づける。キスと呼べるのか分からないほど微かに触れた唇が震えた。花織が自分から誰かに対して口付けるのは初めてのことだった。拙いキスを終えると風丸は堪らなくなって花織の身体を再び掻き抱く。
彼女を縛りたくないと言いつつも、結局現実は自分が花織を縛り付けているという事実が辛い。本当に彼女を想うのならば、今すぐにでも関係を解消し、彼女を自由にすべきなのだ。風丸の行動は鬼道の代わりといいつつ、自分を慰め、また惨めなものにしているだけに過ぎない。だがそれでも花織が好きなのだ。どれだけ独りよがりな感情だとしても。でもいつか……、その時がきたのなら。風丸は目を伏せ、ゆっくりと手の力を緩めた。
いつか、その時が来たら俺は花織の幸せのために身を引こう。きっとそれが何よりも最善の選択だから。きっとこのままでは花織はこれからも自分と鬼道の間で苦しみ続ける。鬼道のことを忘れさせるために関係を結んだ。だが、きっと花織の想いは一途だから。そして鬼道も花織を……。
とにかくこのまま関係を続けていると、花織は愛情表現に常に罪悪感を伴わせてしまうことになる。そんな思いだけは、させたくないんだ。
「花織…………」
愛しい少女の名を呼び、風丸は花織の頬を撫ぜる。ゆらりと美しい黒の瞳が揺れた。でも今は、花織の傍にいることを許してほしい。仮にも花織を傷つけ、仲間を傷つけた……、疑心に塗れたあの男に大切な彼女を渡すことなどできないから。だから、それまでは。
「……俺の傍にいてくれ」
頷かれたその約束はきっと守られることは無いけれど。