FF編 第四章
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雷門夏未に呼び出されてサッカー部の面々は、普段来ることのない場所へと足を運んでいた。木々に覆われ薄暗いここは、確かに雷門中の敷地内ではあるのだが、転校してきてまだ日が浅い花織にとっては存在すら知らない場所であった。
「不気味なところ……」
花織が小さく呟く。曇り空で雰囲気もどこかおどろおどろしい。開けた場所には盛り土のようなものにイナズママークの扉が固く閉ざされている。その出で立ちは防空壕を彷彿とさせた。
「ここは雷門中学七不思議のひとつ、開かずの扉。昔、ここで生徒が忽然と姿を消してしまった。それ以来ここに入ったものは二度と戻ってこないという……」
部員たちが目金の怯えた声に各々反応する。中には目金と同じように表情を引きつらせ、恐怖を露わにしているものもいた。それほどこの学校の七不思議というものは怖いものなのだろうか……? いまいちピンとこない花織は首を傾げる。
「ね、一郎太くん。七不思議って?」
「ん? ああ、俺はあんまり詳しくないんだが……」
「何処の学校にでもあるようなやつと、そう大差ないよ」
目金らの怯えように呆れ調子の風丸に花織が問いかければ。言葉を詰まらせた風丸にマックスが言葉を続けた。マックスは横目で怯える部員たちに視線を向け、楽しんでいるように見える。
「もしかして、花織怖いのか?」
「ううん。こういうのは大丈夫かなあ……。実際に遭遇しちゃうと分からないけどね」
半田の茶化すような声に至極真面目に花織は答える。彼女の様子は言葉通り、怖がっている様子は微塵もなく、余裕すら見える。他のマネージャー、秋と春奈は怖がって互いに身を寄せ合っているというのに。
「可愛くないなあ」
怖がりだったのなら面白いのに。と言わんばかりの口調で半田が笑う。その時、ふっと辺りの騒めきが消えた。その場にいた全員が例の扉に目を向ける。その扉がひとりでに低い金属音を立てながらゆっくりと開き始めた。
「ギャーー!!」
「キャー―!!」
「うわああああああああああ!!!」
開かずの扉と揶揄されるそれが開いた刹那、様々な悲鳴がその場に木霊する。耳を劈くようなその声に風丸が耳を塞ごうと耳元へ手をやると、弱い力でジャージの裾が引かれるのを感じた。
「……?」
怪訝に思い、風丸がその元を手繰ってみると花織の右手がきゅっと風丸のジャージの裾を掴んでいる。風丸はぽかんとし、その手を見つめる。……もしかして、彼女は今の現象が怖かったのだろうか。
「皆、そろったわね」
開かずの扉から現れたのは夏未だった。扉の奥には地下へと続く階段があり、夏未は彼らに下へと降りてくるように促すと、また扉の奥へと消えて行った。皆が移動を始める中、風丸は未だに自分の服の裾を掴んでいる彼女の手を自分の左手で握った。
「怖かったのか?」
先ほどまでは怖くないと言ってたはずの彼女に風丸は優しく笑う。
「……みんなの声に、びっくりしちゃって」
花織はか細い声でそう呟く。その頬は恥ずかしげに赤く染まっている。子供染みた所作の上に今の言葉だ、言い訳に過ぎないと感じ、恥ずかしさを感じたのであろう。花織はすぐに俯いてしまった。耳まで赤い花織に風丸の頬が緩む。彼女のいじらしい行動を愛しいと思わずにはいられなかった。
「行くぞ」
微笑みを浮かべて風丸が花織の手を引く。手を引かれ階段を降りて行けば、後ろから追い抜きざまに豪炎寺が花織の肩を叩いた。
「意外と可愛い奴なんだな」
ふっと笑う豪炎寺のからかい言葉に花織はますます顔を赤らめ、そして風丸の手を握る力を強めた。
「……恥ずかしい」
そう言いつつ口元を抑える花織を見て、風丸もまた改めて彼女を可愛らしいとそう感じた。
❀
部員たちが夏未に誘われてやってきたのは、かのイナズマイレブンが現役時代に使用していたという修練場、通称イナビカリ修練場であった。そこにはただのスポーツジムとは比べ物にならないほどの大型の機具が並んでいる。どのように動くのだろう、使用方法すらよくわからないものが多い。
「私たちは出ましょう」
夏未の言葉に秋と春奈が続く、しかし花織はその場に立ち止まったまま、前を歩く秋に声を掛けた。
「ねえ、秋ちゃん。ここに来る前にドリンク、ボール、タオル、グラウンド整備……、あと少し洗濯物が残ってたけど……。何かすることって残ってた?」
唐突な花織の問いかけに、秋は一瞬悩むような表情をした後に首を振る。
「ううん、今日はみんなここで練習するみたいだし……。でもどうして?」
「私も特訓してみようかなあと思って」
にっこりと花織が秋に笑いかける。そう、彼女が初めてこの場所を見て思ったことは、ここで練習すれば自分も実力アップが見込めるのではないかということだった。常々感じていた風丸の練習相手としての不足。この場所はきっとそれを埋めるチャンスなのだ。花織の目は熱意に輝いていた。
「なんだ、始めないのか?」
いつまで経っても動き出さない機具に疑問を持ったのか、円堂がこちらへ駆けよってきた。円堂が立ち止るや否や花織は彼に頼みを告げる。
「円堂キャプテン、私も一緒に練習してもいい?」
「ん? ああ、構わないぜ!」
一瞬きょとんとした円堂だったが花織の発言に円堂は大歓迎だと肩を叩いた。しかし、夏未がそれをきっぱりと制す。
「あなた、この修練場は女の子には厳しいと思うわ。やめておくのがいいのではなくて?」
「多少厳しい練習で根は上げないよ、選手の邪魔にもならないようにする」
挑戦的な目で花織が少し身長の高い夏未を見上げる。だが、花織の練習参加を止めようとする人間がもう一人いた。言わずもがな、彼女の恋人、風丸一郎太である。いつの間にか近くまで来ていた彼は諫めるように花織の肩をそっと叩いた。
「花織」
やめておけ、そんな言葉を彼は続けようとする。だが振り返った彼女の気概に満ちた瞳に声を詰まらせる。そんな彼に花織は畳みかけるように言った。
「一郎太くん、良いでしょう? この間みたいに怪我すると分かっててやるんじゃないもの。……私、選手のみんながどんな練習をするのか体験してみたいの、外に出てたんじゃ何もわからないから」
いつになく、彼女は強く風丸に頼みこむ。風丸が返答をする前に夏未は花織の熱意に押され、呆れたようにため息を吐いた。
「仕方ないわね……。好きになさい」
「ありがとう、夏未さん」
花織は嬉しそうに笑うと軽く伸びをして、前屈運動など軽いストレッチを始める。そして風丸の手をぎゅっと握った。
「頑張ろう、一郎太くん」
「わかった……。でもくれぐれも怪我のないようにな」
しょうがなしに風丸もつられて笑う。部活動として彼女と同じ練習をこなすのは久しぶりだった。彼女が折れてくれない以上、今日の所は一緒に練習するのもいいだろうと風丸は思う。隣で意気込む花織を見つめながら、風丸は彼女とふたり、チームメイトの元へと向かった。
❀
「んー……。……疲れたね」
花織がぐったりと部室の壁に寄りかかりながら呟いた。意気揚々と練習に参加したのは良かったのだが、想像以上に練習はハードだった。何度転んだことだろう、終わった時には体力は限界で他の部員たち同様、花織も疲れ切っていた。しかし女は男よりも強いというのだろうか。それからのマネージャー業、応急手当などはきちんと参加し、すべてが終わった今、彼女は体力尽き果てぐったりしているのである。
「大丈夫か?」
「うん、全然平気。でもちょっと休ませて……?」
心配そうに風丸が花織の顔を覗き込めば、花織はいつものように微笑みを見せて地べたに腰を下ろした。風丸も同じ様に隣に掛ける。彼女の腕や足に刻まれた擦り傷が痛々しげだった。
風丸や円堂、あの豪炎寺でさえもボロボロになる様な練習だったのだ。元運動部とはいえ、あれは女子がこなすような練習ではなかった。明日からは何がなんでも、花織にこの練習をさせるわけにはいかない。風丸がそう思いながらちらりと花織の方へ視線を向けたと同時に、風丸の肩に花織の体重が掛かった。
「……えっ」
咄嗟の出来事に風丸が思わず声を漏らす。寄りかかってきた花織の身体を胸に抱きとめれば、規則正しい彼女の寝息が風丸の耳に届いた。どうやら彼女は疲れ果て、眠ってしまっているようだ。どぎまぎしながら風丸は花織の顔を見る。長い睫で縁取られた瞼も、桜色の唇も閉じられている。まるで童話の中の白雪姫のようだ。風丸の顔は見る見るうちに赤く染まる。
起こして、彼女を一刻も早く家で休ませるのがいいのか。それともここでしばらく休憩を取らせるべきなのか、風丸の混乱した思考では定まらない。そのとき、包帯の巻かれた彼女の右腕が目に入った。その包帯を彼は少しだけ忌まわしそうに見つめ、そしてそっと眠る彼女の右腕を撫でつける。
今日、修練場で作ってしまった怪我だ。大したことはないと花織は言っていたがすっかり青痣になってしまっていた。風丸は花織の身体を抱き寄せる。だから、練習に彼女が参加するのを渋るのだ。
風丸はもちろん彼女の走りに興味惹かれた部分もあるのだから、一緒に練習できること自体は嬉しい。しかし、円堂がこなすような無茶で身体を壊すような特訓は、自分はともかく、彼女には避けてほしかった。花織の身体はやはり自分たち男とは違うのだ。もっと自分を大切にしてほしいと思う。
風丸は優しく腕の中に抱き寄せた彼女の瞼にキスを落とす。本当は今すぐに家まで帰した方がいいのだろうが、あともう少しだけこうしてふたりきりの時間を過ごしていたい。そう思って風丸は花織の身体を胸に抱いて静かに目を伏せた。