FF編 第四章
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もうすっかり辺りは茜色に染まってしまっている。花織はうんと伸びをして歩き出す。今日は風丸とは練習をせず、後はまっすぐ帰るだけだった。
「また明日ね、一郎太くん、みんな。気をつけてね」
「ああ、また明日な」
花織が別れの挨拶をしながら風丸、円堂、豪炎寺に手を振る。普段何の用事もないときは途中まで風丸と帰りを共にするのだが、今日は雷々軒へ寄り道をしてから帰るらしい。さすがに中学生とはいえ、女子である花織は夕食前にラーメンを食べるほどお腹が空いているわけでもない。それに彼らの男の子同士の付き合いもあるだろう。そのため、こんなふうにどちらかに用があるときは別々に帰ることにしていた。
ひとりで花織は帰り道を歩く。しかし雷門中を出て三分も経たないうちにその足は止まった。
「あー……」
彼女は思い出したように声を漏らして鞄の中を漁る。しばらく何かを探して鞄の中を引っ掻き回していたが、すぐに花織は渋い顔で踵を返す。どうやら部室に携帯電話を忘れたらしい。無くても困りはしないが一応貴重品に入る部類だ。個人情報の問題もあるのだし、この距離なら戻った方が妥当だろう。部室の前まで再び戻れば、人の気配は全くなくなっていた。花織が学校を出てからの数分でサッカー部のほとんどの部員は帰路に着いたらしい。職員室から鍵を借りてこなければいけないだろうか。そんなことを思いながらも花織は部室のドアノブに手を掛けた。
「あれ……?」
古びた金属音がして部室の戸が開く。中は真っ暗で誰もいないというのに。最後に出た人間が鍵を閉めていないのなら不用心なことこの上ないことだ。そんなことを思いながら花織は部室の電気をつける、花織の考えは外れていた。花織の口から思わず声が漏れる。
「土門、さん……」
「……月島」
灯りのともった部室にはいくつか資料が開かれ、床に置かれている。そしてその資料の真ん中にノートパソコンを開いた土門がいた。土門の表情も初めは驚愕に包まれていたが、相手が花織だと分かると目に見えて彼は安堵をしたふうだった。
「なんだ……。まあ、月島ちゃんならいいか」
「何を、しているんですか?」
問いかけなくともわかっていた。床に散らばった資料、ノートパソコン、土門の表情……。それ以前に彼がこの学校に来た理由を考えれば答えなどわかった。
「それ、総帥に……?」
「ん、正確には鬼道さんに。鬼道さんがチェックして、総帥に伝える価値があるなら鬼道さんが総帥に伝えるらしいぜ」
鬼道、という名前に思わず花織の表情が陰る。土門はそんな花織を見つめて首を傾げた。先日、彼女は鬼道からすでに口止めをされていると聞いた。だからこそ、土門の仕事を分かっているのなら一刻も早く彼女には帰ってほしかった。このままだと彼女以外の人間にも見つかる可能性があるうえ、明るいキャラを保つのも面倒だったのだ。だが、土門の思いとは裏腹に花織は帰る意思を見せず、それどころか土門の予想だにしなかった言葉を口にした。
「土門さん……、私」
「……?」
「土門さんが帝国のスパイだってこと、みんなに告発するつもりですから。鬼道さんにも伝えてください。……いくら貴方の頼みでも、私は雷門中のマネージャーとしてチームに不利を持ち込む気はない、と」
決意を露わにしたような、しかしどこか翳りのある表情で花織が言う。今まで表情にも言葉にも出さなかったがずっと迷っていたのだ。これを告発すべきなのか、黙っておくべきなのか。鬼道の頼みを無視し、彼の信頼を落としたくなかった、しかしそれと同時に風丸に不利を齎したくもなかった。結果、彼女が考えた苦肉の策は、あらかじめ鬼道に自分は鬼道の要求を飲むつもりはないと告げてしまう事だった。実に浅はかな考えではあるが花織にはそれが最善だとしか思えなかった。花織の言葉に土門が眉を顰めて立ち上がる。
「あのさ、月島ちゃん。……鬼道さんにお前がもし、俺にそんなことを言い出したら言えって言われてたことがある」
鬼道さん、花織もその名前に顔を顰めた。土門は花織の肩に手を置き、静かに言葉を続けた。
「お前が元帝国学園の生徒であるということを総帥は知っている。……もしお前がバカな行動をとればお前はもとより、お前の恋人がどうなるかわからないぞ。だと」
「そんな……!」
花織の表情が酷く傷つけられたようなものに変わった。事実、鬼道の伝言に花織は傷つかずにはいられなかった。いくら酷くても脅迫などをする人ではなかったはずなのに。花織が唇を噛み締めていると、花織の背に合わせるように土門が背を屈める。
「あのさ、月島ちゃん。俺が思うに鬼道さんの言葉、脅迫じゃなくて忠告だと俺は思う。……鬼道さん、むしろお前のこと心配してるし」
「鬼道さんは……。私のことなんて、何とも思ってるはずがないです」
土門が困ったように言葉を紡いだ。だが、花織の表情は暗く、静かに首をふる。
土門の言葉に嘘はない、毎日毎日鬼道に報告の電話を入れているが一度鬼道が花織について土門に尋ねたことがある。月島はどうしている、と。彼女が帝国にいたときのことを思えば、やはり彼女は鬼道のお気に入りであるのだから、鬼道が心配するのも土門にとっては至極当然のように思えた。それほどの間柄に見えていたのだ。
「月島ちゃんは、鬼道さんと両想いだったんじゃ」
「そんなわけない! むしろ、私は鬼道さんに振られて……!」
つい感情的になってしまった花織が土門の手を振り払った。しかしすぐにしまった、というような表情を浮かべて口元を抑える。土門は驚愕の表情を浮かべていた。すっかり気まずい空気になってしまった、花織は俯いて土門に背を向ける。
「今のは……、忘れてください」
か細い声でそう呟き、花織は部室へ来た目的も忘れて部室を飛び出す。後に残された土門は未だに、彼女の零した言葉に受けた衝撃の余韻が身体に残ったままだった。……そんな、まさか。
「嘘だろ……」
鬼道さんが月島を振った? そんなことがあるのだろうか、土門には信じがたいことだった。花織が鬼道を振った、というのなら多少疑問は残れど信じられない話ではなかった。だが、逆なら話は別だ。土門は鬼道が花織を振ったということが信じられなかった。
花織に対する鬼道の態度は誰がどう見ても、特別なものであったのだ。いや、“あった”ではなく“ある”が正しいのではないかとさえ思う。実際に未だに鬼道は総帥の命令でないはずの花織の情報まで集め、花織の安否を気にしているのだ。これで彼女を特別扱いしていないと考えることの方が難しい。
そして花織の表情もどこか気にかかった。彼女はいま風丸と恋仲にあるはず。それなのに鬼道という単語に動揺し、鬼道からの伝言に酷く傷ついたふうだった。それだけではない、花織の言葉の端々に鬼道に対する特別な想いを感じた。それは振られた、という花織の言葉から考えると、まるで鬼道を未だに好いているように土門に感じさせた。
不可解なことが多すぎる、鬼道さんの行動も。月島の想いも。俺が首を突っ込める話ではないが……。土門は携帯を握りしめる。この不可解な二人の言動の原因を知りたいと思わずにはいられなかった。