エピローグ
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「風丸くん、結婚しないの?」
夕焼けに染まる雷門中学をバックに、大人になってしまった彼らの中からふと疑問が上がった。唐突な問いかけをされた風丸は驚いてその声の主を振り返る。真面目な顔をして風丸にそんなことを尋ねたのは現在吉良財閥を継いだ、基山ヒロト改め吉良ヒロトだ。
「い、いきなりなんだ……」
眉間に皺をよせ、風丸がぼそぼそと返答する。だが明らかにその声は動揺していた。今日は鬼道に呼ばれて風丸、壁山、不動、吹雪が雷門中サッカー部の練習の手伝いをすることになった。途中からヒロトと緑川がそれこそ鬼道に用があると言い、雷門にやってきて。そして練習が終わって現在に至る。
「だって、まさかキャプテンが先に結婚するなんて思わなかったし。それにまだ招待状も来ないから」
ヒロトに次いでそう言ったのは吹雪だ。彼は遥々北海道から明日の同窓会の為に前日からやってきている。彼は心底不思議そうに風丸に視線を向けていた。
「俺も不思議ッス。だってサッカー部に助っ人に来てくれた時から、ずーっと一緒に居るッスよね?」
「思い出したくもないが……、エイリア学園の時の戦いでも月島さんを試合に出したくないって騒いでたよね」
壁山と緑川が口々に彼らの中学生時代を振り返ろうとする。風丸は若干頬を赤くして彼らから視線を逸らした。
風丸の花織に対する気持ちは未だ褪せることなく、寧ろ強くなりつつある。大人の余裕ができて、昔みたいに子供じみた嫉妬こそしないものの、彼女を想う気持ちは以前よりももっと強いはずだ。そんな彼がどうして未だに結婚しないのか、それは彼の真面目すぎる性格が理由だった。
「プロポーズのタイミングを逃したんだとよ」
黙り込んでしまった風丸に、不動が呆れ調子で言った。
「真面目な風丸クンらしいことで」
皮肉っぽい不動の言葉に風丸はムッとした表情を見せたが、彼の言っていることこそ的を射ていた。風丸と不動は中学時代こそ、仲が険悪であったものの、今は同じチームにいるということもあってか割と良好な関係となっている。風丸の現在の恋愛事情を最も良く知る人物と言っても過言ではないかもしれない。
月島花織との交際はもう十年にも及ぶ。風丸もそろそろ結婚を意識し始めている。だが本当にタイミングがないのだ。皆はどうして十八になった時に結婚しなかったのか、とよく風丸に聞くが、彼の中にはそんな選択肢はなかった。十八歳はまだまだ子供であるし、収入も安定していない。まだ花織を幸せにすることはできない状態で無責任に一緒にはなれないと思った。そしてそれから六年、円堂が結婚して風丸自身にも余裕が出てきたから彼女にプロポーズしようと考えたのがおよそ半年前の話だ。
だが十年も一緒に居ると、改めて一緒になろうと言うのは何となく恥ずかしくて、もしも彼女に断られたらどうしようという思いもあり、中々それらしい雰囲気になれないというのもあって今もまだ彼は花織にプロポーズできないでいるのだ。
「そんなこと言って……。あんまり長引かせると誰かに取られちゃうよ。花織さん、前に会った時も一段と綺麗になってたし」
「特に鬼道クンとかにな」
吹雪も不動と同じく呆れた様子で言った。太い眉は困ったように顰められている。風丸はあの頃より長くなった髪を揺らして俯いた。いつも肌身離さず持っているそれをポケットの中でぎゅっと握りしめる。
「分かってる。……だが、中々決心がつかなかったんだ。俺が本当に花織を幸せにできるのか」
花織の周りにはやはり自分より優れた人物がいくらでもいる。鬼道を始めとして元々の仲間たちも、また風丸の知らない彼女の友人の中にも花織に自分よりも相応しい人がいるかもしれない。未だにそう思ってしまうことがある。でも……。
「一郎太くん」
自分の名前を呼ぶ花織の声がした。中学の時より少し落ち着いた花織の声。風丸は振り返る。そこには自分が呼び出した彼女の姿があった。あの頃から変わらない優しい黒い瞳が風丸を見つめている。
「花織さん」
「久しぶり、花織さん」
嬉しそうに声を上げ、中学時代花織に憧れることもあった二人が花織の傍に寄る。花織は吹雪に久しぶり、と言葉を掛け、微笑んだ。風丸は何も言わずにかつてのチームメイトに笑い掛ける彼女を見つめる。
「どうしたんだい、こんなところまで。今日は、仕事は休みだったかな」
「ええ、今日はお休みを頂いてて。……一郎太くんと待ち合わせてたの。ここに来てほしいっていうから」
さりげなく風丸の隣に寄り添い、花織が彼の顔を見上げた。風丸は花織の手を取ってそれに答える。もう彼らが手を繋いでいることは正直日常茶飯事の光景なので吹雪らもあまり気にはならなかった。
「へえー……、待ち合わせねえ」
ちらりと吹雪とヒロトが横目で風丸を見た。風丸は気まずそうに視線を逸らす。何となく、さきほどの台詞と今の態度から彼がどうして彼女を呼びだしたのかが何となく二人には分かった。他のメンバーもあー、と何となく納得したような表情をしている。
「じゃあ僕たちはそろそろ帰ろうか」
「ふたりとも明日は来るんだよね。またその時にでも」
口々に言葉を掛けながらそそくさと彼らはその場を立ち去ろうとする。どうせ明日もあるのだし、話しはゆっくりその時にでもと言いたげだった。他のメンバーもこっそりと風丸にエールを送りながらその場を立ち去っていく。
「風丸さんファイトっス!」
「すでに賽は投げられた、しっかりね風丸」
「……まあ、頑張りな」
彼らは談笑しながら去って行き、雷門中学校門の前には花織と風丸だけが残された。風丸は花織の手をそっと握りなおす。そして花織をじっと見つめて柔らかく微笑んだ。
「とりあえず中に入ろうぜ。行きたいところがあったんだ」