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巡り巡る時間と空間を越えたその先に待つのはいったい何だろう。
フットボールフロンティア・インターナショナル。少年サッカーの世界一を決める大会で円堂守率いるイナズマジャパンが優勝してから、十年の歳月が流れた。あれから何度も季節が廻った。日本に空前のサッカーブームを巻き起こした少年たちはひとつひとつの節目を迎え、確実に年を重ねて大人になった。そしてそれぞれの道を歩き始めている。今も、サッカーというひとつのスポーツによって繋ぎとめられながら。
涼やかな風の吹く日のことだった。木枯らし壮という少し古びた体のアパートに見慣れない客人が訪れていた。その人物は長い美しい黒髪をその風に靡かせて、木枯らし壮敷地内へと足を踏み入れる。風が髪を乱そうとも、彼女は優雅とも呼べる仕草で髪を耳に掛けた。白いしなやかな腕を伸ばして、細い指先で呼び鈴を押す。
「はーい」
呼び鈴を鳴らしてから数十秒後、肩ほどまでに髪を伸ばした緑色の服を着た女性が中から顔を出す。彼女はかつて雷門中学サッカー部のマネージャー、そしてイナズマジャパンのマネージャーを務めた木野秋。今はこの木枯らし壮の管理人としてここに住まっている。彼女は目の前に立つ、懐かしい客人を見つめて嬉しそうに表情を綻ばせた。
「こんにちは、秋ちゃん」
「花織ちゃん……。久しぶりだね! 元気にしてた?」
そう、秋を訪ねてここへやってきたのは月島花織。秋と同じくマネージャーとして雷門、そしてイナズマジャパンの選手たちをサポートしていた一人である。彼女は中学の頃よりもチャームポイントと呼べる黒髪をさらに髪を伸ばし、顔立ちもあの頃より大人っぽさを増していた。
「久しぶり、私は元気にしてたよ。秋ちゃんは?」
「私も。ね、ここじゃ何だから上がって? お茶もお菓子も準備できてるの」
秋がにっこりと花織に笑いかける。中学の頃から変わらない優しくて親しみやすい彼女の笑顔。花織はその笑顔に微笑みを返すとお邪魔します、と挨拶をして木枯らし壮の中に足を踏み入れた。
「本当に久しぶり。……ちゃんと顔を合わせるのは、円堂くんの結婚式以来かも」
秋が温かいミルクティーをテーブルに置いて、懐かしむように言った。テーブルには既に秋が作ったのであろう美味しそうなクッキーがお皿の上に並べられている。椅子に掛けた花織は秋に礼を言いながらも、彼女の言葉に頷いた。
「そうだね。みんな忙しくて中々集まれないから……」
皆別々の道を歩き出し、かつての仲間たちで集まるということはそう多くはなかった。花織は雷門中学を卒業し、女子高等学校へと進学して仲間たちとは離れ離れとなった。それでも高校のときはまだサッカーの試合やたまの休日に集まってかつての仲間たちでサッカーをすることもしばしばだった。
しかし高校を卒業してからはもっと散り散りになってしまった。サッカーを続ける者、そうでないものに別れ、その中でもプロに引き抜かれるもの、アマチュアで活動する者、仕事に専念する者、あるいはコーチになる者などそれぞれの道を歩み始めた。
花織は、今もサッカー観戦は続けるものの、自身がサッカーに触れることはめっきりと少なくなった。高校卒業時、彼がプロに引き抜かれ、花織は大学へと進学した。そこから花織はかつての雷門中のメンバーとは一部を除いて疎遠になってしまったのだ。
「秋ちゃんはみんなが今どうしてるか知ってる?」
「うーん、何人かは知ってるんだけど……」
花織が尋ねれば秋は自分が把握している人物の近況について教えてくれた。春奈はこの春から雷門中の教師として教鞭を振るい、サッカー部の顧問もしているらしい。木暮はこの木枯らし壮に住み、一流企業の社員として働いている。半田は稲妻KFCの監督など。花織が知っている情報も含め、二人で仲間たちの近況を語り合った。
「一之瀬くんとはどう? 順調?」
「ま、まあまあかな」
花織の悪戯っぽい微笑みに照れた様子で秋が頬を染めて俯いた。その様子から秋と一之瀬の関係が良好であることを花織は察する。秋と一之瀬は高校を卒業した頃からようやく恋人として付き合いを始めていた。FFIの後、一之瀬はきっぱりとリカに自分の気持ちを話し、その後秋にも想いを告げたのだという。自分が行動をやめてしまわない限り、俺はこの状況がどうにかなると信じている。かつて彼は花織にそう言ったが、それを有言実行したのには心から尊敬する。そして今彼は秋によれば、アメリカのリーグで活躍していると聞く。
さて、一之瀬と秋が結ばれた結果にリカだけが報われないのかとも思ったが、リカにも新たな恋が芽吹こうとしていた。FFIの間に起こったある事件から、彼女は当時イギリスのナイツオブクイーンのキャプテンだったエドガー・バルチナスと知り合い、彼がリカに想いを寄せているのだという。リカはずっと一之瀬に対する一途な想いを貫いていたが、最近はエドガーの猛アタックに心を許し始めていると聞く。
「そ、そういえば花織ちゃんは今、どうしてるんだっけ?」
「一応都内に住んでるよ。ヒロトさんのところで働いてるの」
自分のことを話すのは照れくさかったのか、秋は慌てたように花織の話に話題を切り替えた。花織が大学を卒業して就職をして、もう一年以上になる。早いものでこの生活にもすっかり慣れてしまった。花織は吉良財閥で保健師として働いていた。お日様園にもたまに仕事で向かう。新しい友人や同期もできた。花織は秋が淹れてくれたミルクティーに砂糖を落とす。それでもあの輝かしい中学生時代の仲間たちはどれだけ経っても他とは違って特別だった。
「風丸くんは元気?」
秋が当然のように花織に尋ねた。花織は秋の言葉に目を細めて、微笑み頷く。風丸一郎太、花織が雷門中に転校してきたその日に出会い、恋をして、そして今なお恋人で在り続ける彼。現在日本代表選手として壁山や不動たちと華々しく活躍をしている。
「元気だよ。あんまり会えないけどね」
花織はそう言ってミルクティーを一口飲む。彼とは毎日電話はできる限りしている。だが花織の仕事の都合、彼の練習や試合の都合で月に何度ふたりきりで会えるか、と言ったところだ。もちろん花織は彼が試合の日には休みを取って試合を見に行くようにしているが、ふたりきりで会える時間は取れない。
「結婚はまだしないの?」
「……え?」
花織がきょとんとした様子で秋を見る。秋はさも当然のことを聞いたというような表情をしていた。何しろ風丸と花織の交際はもう十年も続いているのだし、ふたりの仲は良好だった。むしろ何故、風丸が十八になった時に籍を入れなかったのかが周囲にとっては不思議なくらいだった。
「私、知り合いの中で一番に結婚するのは花織ちゃんと風丸くんだと思ってた」
秋は花織を見つめてそう言った。去年の夏ごろ、雷門中サッカー部のキャプテンだった円堂守と雷門中学理事長の娘、雷門夏未が結婚した。彼らをよく知るメンバーにとっては衝撃的な出来事で、あの鈍い円堂が一体どんなプロポーズをしたのかと盛り上がったのを覚えている。まさか一番があの二人だとは誰も予想していなかった。花織はティーカップを持ったまま、困ったように首を傾げた。
「結婚、できるのかな……。私たち」
「え?」
花織の言葉に秋が驚きの声を上げる。このふたりに結婚しないなんて選択肢があるのか、そう言いたげな口調だった。花織はカップを下すと静かに自分の気持ちを告白する。彼女は秋と違って自ら風丸の話題を出しても照れたりはしなかった。
「最近考えてしまうの。私たち、ずっとこのままなんじゃないかって。だってもう十年もこうしてきたから。……一郎太くんもそんな気、無いのかもしれないなって」
「風丸くん……、何も言わないの?」
秋は目を見開いて花織に問いかける。信じられないというような表情をしていた。花織は何も、と秋に笑って返答し、紅茶のカップに視線を落とす。風丸からは結婚を匂わせるような話は一切ない。花織が少し仄めかしてみても、何となくはぐらかされて話を逸らされてしまう。
正直に言うと花織は彼と結ばれたいと思っている。去年夏未の幸せそうな花嫁姿を見てから特にその気持ちが強くなった。加えてテレビやネット、雑誌での風丸選手の女性人気を考えると特にだ。花織の嫉妬深いところは変わっていないから、そういうものをみるとどうしても複雑な気持ちになってしまう。
「でも、一緒にいるんでしょう。これからだって」
「うん。……だって一郎太くん以外の人となんて考えられないもの」
秋が困惑したふうにそう言えば、花織は即答した。きらりと胸に下げられた四葉のクローバーをモチーフにしたペンダントが輝く。そのペンダントは綺麗に手入れされているが、花織がつけるには少々子供っぽいデザインのものだった。
「……彼の隣に立てるのは、私だけ。そう思ってるから。独りよがりかもしれないけど」
花織が少し寂しそうに目を伏せた。風丸と花織はお互いがお互いを知りすぎているからもうきっと離れられないのだ。一番弱い部分、嫌な部分を全部知っていて今までずっとこの関係が心地よくてこうしている。だから余計にいけないのかもしれない。何か一つ違えば、きっと彼とは関係を持つことは無かったはずなのに、もう十年も時が過ぎてしまった。
「ただいまー! 秋ネエ‼」
そんな中、元気な声と一緒に一人の少年が秋の部屋の扉を叩いた。秋も花織も驚いて扉の方を見る。そこには新しくなった雷門中の制服に身を包んだ少年が立っていた。少年はお客である花織の姿を見てわわっと叫ぶ。
「お客さん来てたんだ……! こんにちは!」
「こんにちは」
彼の気持ちの良い挨拶に、花織は微笑んで彼に対して軽く会釈をした。秋の部屋に帰ってきたということはこの子は秋が面倒を見ていて部屋を貸している子なのだろう。秋は立ち上がって彼の元へと歩み寄る。
「お帰り、天馬」
天馬、その名前に花織は首を傾げた。どこかで聞いた名前だ、誰かが話していたのだったか。花織はその名前に聞き覚えがあった。秋は天馬の傍に寄ると、彼の肩に手を置いた。
「花織ちゃん紹介するね、この子は松風天馬。雷門中の一年生でサッカー部に入ってるの」
「ああ……、通りで名前に覚えがあると思った。前に鬼道さんから話には聞いてる」
苗字を聞いて花織は誰にその話を聞いたのかを思い出した。現在、雷門中学サッカー部の監督をしているという鬼道から話を聞いたのだ。
花織と鬼道は未だに誰よりも親密な友人としての仲を築いている。高校の時から彼がイタリアのリーグで活躍しているときも必ず月に一度は会って行きつけの喫茶店で話をしていた。彼が帰国してからはより頻回に会うようにもなった。鬼道と花織の関係は風丸公認のものであり、鬼道有人は花織が今となっては誰より連絡を取る人物であるといえる。だから天馬のことも知っていた。
現在の中学サッカー界が管理サッカーという訳の分からないものに支配されそうになっていること、それに対して雷門中が革命を起こそうとしていること。円堂と鬼道を始めとするかつての仲間たち、もちろん風丸もそれを手助けしていること。すべて鬼道から聞いている。
「えっ、鬼道監督を知っているんですか⁉」
「知ってるも何も。彼女、私と同じでサッカー部のマネージャーだったんだよ」
驚く天馬に秋が説明する。秋は次に花織を手で示すと花織の紹介を天馬に始めた。
「彼女は月島花織さん。私の同級生で元雷門サッカー部、イナズマジャパンのマネージャー。ついでに言うと最近噂の風丸選手の恋人よ」
「えっ……、ええええっ‼」
天馬が驚きの余りに後ずさった。花織は秋の自己紹介に困ったように笑う。そしてゆっくり立ち上がると天馬のことを見つめた。天馬はまだ困惑した様子で花織のことを見ている。花織は髪を耳にかけ、落ち着いて彼に自己紹介をした。
「初めまして、松風くん。月島花織です」
「ま、松風天馬ですっ! 風丸選手にはいつもお世話になってて、今日も練習を見てくれて」
花織が挨拶をすれば、天馬もしどろもどろになりながら自己紹介を始めた。天馬の放った言葉に秋があら、と首を傾げる。
「風丸くん、今日雷門に行ってるの?」
「そうみたい。何でも鬼道さんに呼ばれたみたいで、壁山くんや不動くんと一緒に」
花織はそう言って荷物を纏めはじめる。ちらと時計を見れば午後六時三十分。随分と昔話に盛り上がってしまった。もっとも、後半はほとんど花織の話になってしまったのだが。
「秋ちゃん、今日はありがとう。そろそろお暇するね。この後、一郎太くんと雷門中で待ち合わせしてるから」
鞄を手に持ち、花織が秋に言う。彼のとの約束は七時だからそろそろいい時間だろう。今から雷門中へ向かえば十分前には到着できるはずだ。秋はそうなんだ、と花織に笑い掛ける。
「それじゃあ松風くん、練習頑張ってね。フットボールフロンティア……。あ、今はホーリーロードっていうんだっけ?勝てるように応援してるから」
「はい! 月島さんもよかったら風丸選手と一緒に試合を見に来てください‼」
天馬が花織に勢いよく頭を下げる。花織はその中学生らしい溌剌とした態度に好感を持った。十年前は私も中学生だった、そう思うと少し寂しい気もするが頼もしい後輩がこうやって彼らの後を続いていることを思うと安心する。花織は二人に見送られて木枯らし壮の玄関を出る。手を振り去り際に秋が思い出したように声を上げた。
「花織ちゃん、明日雷々軒には来るの?」
秋の言葉に花織は頷いた。明日は外国に行っている染岡や、他県にいる吹雪たちなども皆集まって雷々軒で同窓会をするらしい。だからこそ、同じ都内でも稲妻町を出てしまった花織は一足先に稲妻町の実家に戻ったのだった。
「うん。折角みんな集まるから、行くつもり。……また明日ね、秋ちゃん」
花織はひらりと手を振る。そして夕焼けに染まった通学路を彼女は静かに歩き始めた。