FF編 第三章
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土門飛鳥は新しい雷門ユニフォームに着替えると、木陰で選手たちの練習を眺めている幼馴染を見つけた。帝国学園より派遣された密偵、それが彼の役目。だからこそ、知り合いだろうと使える人材ならば積極的に接触し、元の信頼関係を取り戻すことや新しい信頼関係を築くことも大切であろう。特に有益な情報を引き出すためにも。
「秋」
「あ、土門くん」
声を掛ければ、幼馴染はすぐに顔をあげた。ずっと変わっていない、アイツがいたあの頃からずっと。土門は彼女を見つめてそんなことを思う。
「どう? 似合うかな」
秋に向かって土門はポーズを決めてみる。黄色と青の雷門ユニフォーム、土門が着ていても違和感は無く、むしろ彼を引き立てて見せている。
「似合ってるよ」
しかし、土門に対して秋はあっけらかんと返事をした。これから会話を弾ませねばならない土門は秋のあまりにもあっさりした返答に少々拍子抜けした。
「あ、あのさ秋、聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
気を取り直し、土門が明るい調子で言った。秋は練習中の選手たちから目を離さないまま、土門に尋ね返す。
「マネージャーの月島って子いるじゃん? あの子のこと教えてほしいんだ」
「え?」
秋は目を見開いて土門をまじまじと凝視する。土門は焦った、何かまずいことを聞いたのだろうか。月島という少女に何かあるのか。とりあえず、何故か彼が上から渡された情報収集リストの内に彼女の名前があったのだ。リストにある以上、土門は月島花織について調べなければならない。
「どうして?」
「いや、可愛い子だったからさ」
あくまでも明るくちゃらちゃらしたキャラクターを心がけ、秋に問う。花織の顔が可愛かったかどうかは実際には覚えていないのだが、こう聞いておけば無難ではないだろうかと土門は思った。
「うん、確かに可愛いけど。……花織ちゃんはダメだよ」
「え? なんで?」
「彼氏いるもん、ほら」
秋が指差した先には練習している選手の傍でバインダーを抱えている花織と風丸の姿があった。風丸がサッカーボールを操る術を花織にアドバイスをしている。ここから見たふたりはそんな風に見て取れた。
「へえ、あのふたりが」
「そう、色々あってやっと付き合い始めたふたりだから、そっとしておいてあげて」
土門は困惑の表情を浮かべながら秋の慈しむような眼差しの意を探った。話を聞く限り、普通の女子だが実際はどうなのだろう。ただ、秋に聞いてもきっとこれ以上を話してくれることはない。土門は諦め、微笑を秋に返した。
「分かったよ、秋」
土門は頭の中で思案する。とりあえず、本人に探りを入れるのが得策だろうか。
❀
マネージャー業をこなしながらも花織は憂色を隠しきれないままだった。鬼道に囁かれたからと言って雷門にスパイがいることを黙っておく、というのはやはり良くないことなのではないだろうか。みすみす情報を明け渡しているということを知っていながら。それで良いとは思えない。でも……、花織はきゅっと唇を噛み締める。これは、鬼道さんの頼みだから。
「花織ちゃん」
唐突に名前を呼ばれ、はっと花織は我に返れば、秋がニコニコとこちらを覗き込んでいた。花織は笑顔を取り繕いながら何、と彼女に問い返す。
「秋ちゃん、どうしたの?」
「ううん、みんな頑張ってるなあって」
花織は秋の言葉に頷いた。確かに先ほどこの学校の事務員、古株さんに伝説のイナズマイレブンなる話を聞いたことにより、みんなの気合は向上していた。
「そうだね。……私も混ざりたいくらい」
「ふふ、花織ちゃんは選手の方がいいって言ってたもんね」
「思ったよりサッカーって楽しそうだから。元々、帝国学園出身だから基本くらいはどうにかできるし……。この頃は一郎太くんに教えて貰ったり、一緒に練習もするの」
花織は少し嬉しそうに秋へと言う。花織はやはり体を動かすことが好きである。サッカー部のマネージャーになりたての頃は軽いランニングをしていただけだったのだが、今では風丸の自主練習に付き合うなどして自らの運動能力が落ちぬようにしている。自分の培ってきた努力を無下にすることだけはしたくなかったのだ。花織の言葉に嬉しそうに秋も言葉を返す。
「本当に?」
一瞬驚いたようでもあったが、すぐに秋は満面の笑みを浮かべた。少し前までサッカーを遠ざけていた花織が風丸と一緒に練習をしているというのだ。同じマネージャーとしても、友人としてもそれは嬉しいことであった。
「うん、私はまだまだだけど……」
「秋、タオルちょうだい」
花織の言葉を割り、入ってきたのは新入部員の土門だ。そして帝国学園のスパイでもある。花織の表情は自然と強張った。
「ああ、うん。はい、土門くん」
「さんきゅ」
秋はそんな花織には全く気が付かないようで、笑いながら彼にタオルを差し出した。土門はそれを受け取ろうと秋の方へと歩み寄る。その時に秋の隣に立つ花織をちらりと盗み見た。思わず土門の動きが止まる。ここで土門は目の前に立つ少女のことをようやく思いだした。
「あ……」
今の今まで彼女が髪を切っていたために気が付かなかった。この少女は確か鬼道のお気に入り、と帝国学園サッカー部で呼ばれていた少女だったはずだ。
土門は思考を巡らす、寺門らとこっそりこの少女と鬼道が話しているところを覗き見たことを覚えている。少女の方はよそよそしかったが、楽しげであり、鬼道もいつになく柔らかい表情をしていたことを覚えている。加えて、鬼道がやたらに気に掛ける人物でもあったためにこの少女には『鬼道のお気に入り』という呼び名が帝国学園サッカー部の間では定着したのだった。
「どうしたの土門くん?」
秋が硬直したままの土門に不思議そうに首を傾げる。花織から目を離した土門は秋に何でもないよと笑いかけて、彼女の手からタオルを受け取った。しかし、頭の中は月島花織のことが渦巻いていた。
鬼道のお気に入りとなれば、情報収集リストの月島花織の項目のみ、おそらく総帥の指示ではない。土門は花織に気づかれないよう彼女の表情を見る。彼女はどこか土門のことを警戒しているふうだった。こちらの素性は割れているのだろう。彼女自身から何か情報をえることは難しそうだった。