FFI編 第十三章
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手術を無事に終えた響木監督の見舞いへ向かったイナズマジャパンの一行は、病院で雷門夏未と出会った。夏未は一人の老人と一緒に居り、その人をミスターアラヤ、コトアール代表リトルギガントの監督だと紹介した。そして自分がリトルギガントのマネージャーだと彼女は宣言した。チームはその事実の衝撃に騒然とした。
その直後、コトアールエリアが襲撃されているというニュースが入った。円堂たちは夏未らと共にコトアールエリアへと急行し、コトアールエリアがどうなっているのかをその目で確かめることになった。
コトアールエリアは酷い有様だった。家屋は倒壊し、粉塵が舞っていた。コトアールエリアをめちゃくちゃにした犯人はガルシルド、そしてガルシルドの私設サッカーチーム、チームガルシルドと名乗った。
ガルシルドの目的はミスターアラヤ、いや円堂の祖父である円堂大介にあった。ガルシルドの目的は円堂大介への報復であった。何と円堂大介は四十年間もガルシルドのことを調べ続けていたのである。ガルシルドと円堂大介の対話から様々なことが明らかになった。
四十年前の伝説のイナズマイレブンに起こった悲劇、それを仕組んだ影山の裏でずっとガルシルドは糸を引き続けていたこと。そして今日も、警察に逮捕されたはずのガルシルドはコトアールの街を破壊し、世界征服の妨げになる円堂大介と円堂大介のサッカーを継ぐイナズマジャパンをここで叩き潰すと言い放った。
かくして円堂大介のサッカーを守る戦いがサッカーによって行われることになった。チームガルシルドはRHプログラムという強化人間プログラムを完成させた強化人間集団だった。だが、円堂たちはその力に実力で打ち勝ち、円堂大介のサッカーを守り切ったのである。
ガルシルドは国際警察によって再び逮捕され、円堂たちはサッカーを守った。
コトアール襲撃事件が収束して、コトアールエリアは復興が始まった。花織はあの告白以来会っていなかったウィンディに連絡して彼らの無事を聞いた。コトアールの選手はロココが軽い負傷をしたものの、決勝までに完治するだろうと言っていた。これですべてが解決した、あとはFFI決勝戦を残すのみとなった。チームには夏未もチームに戻ってきて、イナズマジャパンの結束力は益々強くなった。
コトアールとの決勝戦を明後日に控えた今日、イタリア代表オルフェウスが練習試合に来ていた。コトアールとの試合で体感したことをそのままイナズマジャパンに伝えたいといってここまで来てくれたのだ。練習試合を終え、普段よりも早く今日は練習を上がることになった。選手たちは各々、自由に時間を過ごすことになったのである。
花織は今、ひとりで買い出しに出ていた。明後日のコトアール戦に向けて色々と準備をしなければならない、なんといってもFFIの、世界大会の決勝戦なのだから。万が一にも不備があってはいけない。必要なものを買い終えて宿舎に戻ろうと歩く。ふと向かい側の歩道、目を凝らしたその先に見慣れた青い髪が見えた。
「えっ……?」
目を疑った。花織は思わずその場に立ち尽くしてしまう。小さく開いた口から声が零れる。彼女の目に映ったのは間違いなく冬花と花織の恋人の風丸の姿だった。
……どうして?
車道を挟んで向かい側の歩道を並んで歩く二人の姿に、花織は胸が握りつぶされたような感覚を覚えた。自分の視覚から入ってくる情報を疑おうとするけれども紛れもなくそれは彼と冬花で。
見える景色が、音が自分から遠くかけ離れた世界のものであるかのように認識できなくなっていく。花織は息の仕方が分からなくて苦しくなって顔を顰める。買い物をした袋がドサリ、と音を立てて落ちたけれども気に掛けることすらできないほど彼女は動揺していた。
「花織」
遠ざかる世界の音の中で、その声だけは鮮明に聞こえた。その人物は花織の肩を掴んで自分の方へ花織の身体を振り返らせた。花織は大きく見開いた瞳にその姿を映す。ドレッドヘア、特徴的なゴーグル、風になびく赤いマント。
「どうしたんだ、花織」
「鬼道、さん……」
その姿を視界に捉えて花織はあえぎあえぎにその名を呼ぶ。ただならぬ花織の様子に眉を顰めて鬼道が花織の身体を支えた。いつぶりかに鬼道は花織の手に触れ、その手が驚くほど冷えていることに驚いた。鬼道は花織の肩を掴む手とは反対の、もう一方の手で花織の頬に手を這わせる。
「花織」
優しい低い声で囁きながら鬼道が花織の目を覗き込む。彼女の黒い瞳が、滲んだ涙でゆらゆらと揺れている。ぱくぱくと金魚のように彼女の小さな口が動く。よほど何かにショックを受けたのだろう、顔は青ざめてすらいる。鬼道は花織の頬を撫でた。こんな顔をこの島で花織にさせることができる人物はひとりしかいない。
「……」
ちらりと鬼道は花織から視線を逸らしてあたりを伺う。嫌に視線を感じると思えば、やはりこの状況が周囲の興味を引いているようだった。それは目立つだろう、イナズマジャパンの選手である鬼道がこの場にいることも、ただごとではない花織の様子も。鬼道は花織の頬から手を離し、花織の肩を抱く。彼女が落とした荷物を拾って花織に声を掛けた。
「少し歩くぞ、ここは人目に付く」
「……はい」
小さな彼女の震え声が鬼道に返答する。ひらりと鬼道のマントが翻る。覚束ない彼女の足取りを鬼道はしっかりと支えて歩を進めた。
イタリアエリアの洒落たカフェに入り、鬼道は花織から事情を聞いた。カフェに着いた頃には花織の気持ちも落ち着いていてスムーズに話をすることができる状況にあった。花織は鬼道にこの頃の風丸と冬花の様子と、先ほど二人が仲睦まじく歩くところを見たのだと鬼道に語った。始終、彼女の表情は悄然とした色を浮かべていた。
「そうか。久遠と風丸が……」
彼女の語ったことは鬼道の予想を上回ることは無かった。彼女が狼狽しているのを見て、おそらく風丸に関する何かがあったのだろうということは瞬時に把握できた。この頃、彼女は冬花を気にしている様子もあったし花織が今語った話は、ずっと彼女が心の中で抱え続けてきた悩みなのだろう。
「……私、どうしたらいいんでしょう」
沈鬱な表情で鬼道の対面に座った花織はカップに入ったミルクティーの水面を見つめている。彼女は少しだけ唇を噛んで、ぎゅっと目を瞑った。先ほどの光景が目に浮かぶ。二人は何をしていたのだろう。もしかして……。そんな事ばかりが頭に浮かぶ。
「……花織」
花織は風丸を無償で信じていたかった。だが、信じていいのかが分からなかった。もしかしたら独りよがりなのかもしれない、そう思うと今までの全てが嘘のように感じてぐらぐらと視界が歪む。
「風丸が嫌になったのなら、俺と付き合ってみるか?」
「……え」
想いにもよらない言葉に花織が顔を上げて鬼道を見つめる。鬼道は優しく微笑んで、カップを支えていた花織の手を取った。そっと花織の指に自らの指を絡ませて強く握りしめる。鬼道の手の温もりが優しく伝わる。
「俺はお前をそんな風に悩ませたり、落ち込ませたりしない」
ゴーグル越しに柔らかな眼差しが花織を見つめている。彼は花織を見つめて、紛れもない本心でその言葉を告げた。
「俺ならば、アイツよりもお前を幸せにできる」
花織の中で燻る小さな気持ちが燃え上がるような感覚があった。花織は目を見張って頬を紅潮させた。瞳を潤ませて少し恥ずかし気に鬼道から視線を逸らす。少しだけ、ほんの少しだけ鬼道に恋をしていた時の気持ちを思い出した。鬼道はいつも優しく自分を受け止めてくれた。
それでも。
花織は凛と鬼道を見つめる。鬼道の手を握り返すことはしなかった。
「……確かに鬼道さんなら、私のことを不安にさせるなんてしないでしょう」
花織は鬼道を誰よりも信用している。鬼道ならば言葉通り、花織をこんな気持ちにさせたりはしないだろう。今のように花織の意図を汲み、花織の気持ちに答えることだろう。花織の瞳がきらりと光を受けて輝く。
「でも私は、一郎太くんがやっぱり好きです」
たとえ冬花との間に何があっても、彼が何かを隠していたのだとしてもきっとその気持ちは変わらない。花織は続ける。
「私は、一郎太くんの傍にいられればそれだけで幸せです。彼の隣を走れることが何よりの私の幸せ……」
口に出して花織は気が付いたようにハッと口を押えた。するりと鬼道の手から花織の手が離れる。そうだ、私の望みは……。今まで周りのことばかりに囚われていて自分の幸せを見失っていた。冬花も風丸の周りのファンの女の子も関係ない。
私は一郎太くんの隣を走っていられればいい、それが何よりの望みだ。
鬼道が寂し気に口元を緩める。
「なら風丸を信じろ。俺からお前を奪ったアイツがそう簡単にお前を手放しはしないだろう」
じんと胸が熱くなった。花織は大きく息を吐き、そして吸い込む。今まで胸を覆っていた重く苦しい妬みが晴らされたような気がした。信じていていいんだと鬼道の言葉から自信を貰えた。鬼道の言葉は今になっても花織には大きな影響をもたらす。
「はい、鬼道さん」
花織はほっとしたように笑む。安堵から来た涙が静かに頬を伝ったが、彼女はそれを自ら拭った。彼が好きだ、心から信じている。疑うことなど何もないのだとそう思った。鬼道は自信付けられた花織を見てやんわりと笑む。彼女の心の変動に自らも揺り動かされながら。