FFI編 第十三章
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ウミガメスタジアムで開催されたブラジル代表ザ・キングダムとの準決勝は波乱万丈の一戦となった。まず想定外だったのはブラジルとの決戦の前日、響木監督が病に倒れたことから始まった。
響木監督は警察にガルシルドの悪事の証拠を提出するため宿舎を出発したときから、ガルシルドの部下に着けられ、逃走中にかなり無理をしたらしい。それにより元から抱えていた心臓疾患が悪化し、緊急手術を行うこととなった。
それでもなんとか響木監督が守り抜いた証拠を久遠監督が警察に提出をしたはずだった。だがガルシルドは試合会場のピッチに当たり前のように現れた。
警察に届けたはずのガルシルドの悪事の証拠は提出されていないことになっていた。ガルシルドが警察に手を回していたのである。ガルシルドは盛大に飛行艇で、華々しくフットボールフロンティアインターナショナル運営会長としてスタジアムに現れた。
そしてイナズマジャパンVSザ・キングダムの試合はロニージョの独壇場で始まった。どんなブロックもチェックも神業のごとく躱し、チームで協力せずにワンマンプレーが目立った。ロニージョは一切チームメイトにボールを回さない。ブラジルは異様な、ピリピリとした雰囲気であった。途中からはブラジル代表選手がロニージョをマークするという通常では考えられない戦法で試合を展開してきた。
だがハーフタイム、鬼瓦刑事が現れその理由が明らかとなった。ロニージョはRHプログラムという実験をガルシルドに受けさせられていた。RHプログラムは人間の能力を最大限まで引き出す強化人間プログラムだ。ロニージョの身体はそのせいでぼろぼろになっていた。
それだけではない、ガルシルドはブラジルの前監督を監禁し、加えてブラジル代表選手を脅迫していたことも白日の下に晒され、ガルシルドは警察に事情聴取を受けることになった。おそらくこれですべてが明らかになり、ガルシルドは逮捕されることになるだろう。
後半はお互いに全力で全てから解放されたブラジル、イナズマジャパンぶつかり合った。本当の力を見せたブラジルは強化人間プログラムを施された時よりも強力だった。それでも日本代表は果敢に戦い、三対二でイナズマジャパンが勝利を収めた。
というわけで、ブラジルとの一戦は大波乱の一戦だったのである。色々なことがありすぎた、選手たちが疲れるも当然だろう。物凄い試合だったから試合が終わった後、スタメン出場していた選手たちはアドレナリンが切れてしまった後はぐったりとしていた。
その余波だろうか、今朝は誰一人として選手たちが起きてこなかった。今日はAブロック予選でイナズマジャパンと死闘を繰り広げたイタリア代表オルフェウスとコトアール代表リトルギガントの試合を見に行く予定だというのに。
早く起きてきて仕度をしなければ、試合に遅れてしまう。だが待てど暮らせど、選手たちは目覚めてくる様子がなかった。そこでマネージャーたちが選手たちの部屋を回って選手たちを起こしにいくことになったのである。
マネージャーたち四人で起きてこない選手たちの部屋を割り振り、それぞれが選手を起こすことになった。花織は割り振りの時に当然のように当てられた風丸の部屋へと向かって階段を上がった。彼の部屋の前に立って部屋の戸をノックする。いつもなら彼がすぐに顔を覗かせるのだけれども、今日は反応がなかった。
「一郎太くん」
花織が彼の名を呼びながらそろりと彼の部屋の戸を開けて中へと入る。部屋に入ると先日の、あの出来事を思い出して少しドキドキした。ふうっと大きく深呼吸をして静々と彼のベッドに歩み寄る。そしてそうっと彼の顔を覗き込んだ。ベッドの脇に背をかがめて、かがめたときに顔に掛かった自らの黒髪を耳にかけて風丸の顔を見つめる。
彼は眠っている。よくよく思い返せば彼の寝顔を見るのは初めてかもしれない。そう思った花織はまじまじと風丸の寝顔を見つめた。自分を見つめる優し気な茶色の瞳は伏せられて長いまつげが瞼を縁取っている。肌は女の子に嫉妬されてもおかしくないほどに綺麗だ。髪はもちろん結ばれていなくてさらりと枕に流れている。
「……なんだか新鮮」
花織は思わずぽつりと呟いてしまう。彼を起こさなければいけない、自分の任務ははっきりと分かっているのだが、すぐに起こしてしまうのは勿体ないような気がした。花織は壊れ物に触れるように優しく風丸の頬に触れ、いつも彼の左目を隠している前髪を払った。ぴくりと風丸の瞼が動いたような気がしたが、目覚める気配はない。ふふ、と花織の口元に微笑みが浮かぶ。なんだかとても可愛いらしい。
「一郎太くん。朝だよ、起きて」
耳元で囁いて少しだけ肩を揺さぶってみる。んん、と吐息を漏らして風丸が眉を顰めた。起きるだろうか、花織は首を傾げてその様子を見守る。意外と寝起きが悪いのかな、それとも今日は疲れているだけかな。花織はじっと風丸の顔を見つめて微笑まし気に笑う。そっと風丸の頬に手を触れ、今度は少し大きめの声で彼の名前を呼んだ。
「一郎太くん」
うっすらと風丸が目を開ける。花織……?と寝ぼけ眼と声で彼女の名前を呼んだ。力なく彼の手が伸びてきて花織の髪をかすめる。まだうつらうつらとしているようだ。花織はどきん、と胸が高鳴るのを感じた。いつもは彼のカッコいいところや頼もしいところにときめきを感じるのだが、こういうところも堪らなく好きだと思った。
「……」
さらり、と再び顔に掛かりそうになる自らの髪を抑えた。花織はちゅっと彼の唇に触れるだけの優しいキスを落とす。唇が軽く触れて、花織はゆっくりと顔を上げる。それとほぼ同時に風丸がぱっちりと目を開けて花織を見上げた。
「ん……⁉ 花織⁉」
ガバッと勢いよく風丸が布団を剥いで起き上がった。花織も自分が行った所作に対して顔を桃色に染めていたが、その比でないくらい風丸の顔は真っ赤になっていた。彼はもうすでに完全に目が覚めていた。
「おはよう、……一郎太くん」
花織がふんわりと風丸に微笑みかける。風丸は口元を抑えて混乱する頭を整理しようとしていた。なんで花織が部屋に、しかも今……。心臓が早鐘を打っている。おはよう、と返すために口を開けば心臓が口から飛び出てしまいそうだ。
「ごめんね、一郎太くんがあんまりカッコいいからつい。目、覚めた?」
「……あ、ああ」
謝罪の言葉を口にしつつ手を合わせて首を傾げる彼女はこちらの気分が落ち着かなくなるほどあざとい。だがようやく彼の気持ちも落ち着いてきた。風丸は頬を赤らめたままだったが、しっかりと花織を見つめる。いつも通り美しい艶やかな黒髪、自分を見つめる黒い瞳。
「おはよう、花織」
「おはよう、一郎太くん」
見つめ合って挨拶を交わして、風丸は花織に手を伸ばした。彼女の肩に触れて今度は自分から口づけを落とす。花織は目を瞑って彼からの口づけを受け入れた。唇が離れてお互いに照れくさくなって微笑み合う。なんだかとても新鮮な感じがした。朝、こうしておはようのキスをするなんて。
朝っぱらから甘ったるい空気。この空気が取り払われたのはこれから何分も後のことになる。花織があまりのいちゃ付きっぷりに、秋から軽いお説教を貰うのはまた別の話である。