FF編 第三章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「フットボールフロンティアー!!」
今日の雷門中サッカー部の部室は大盛り上がりである。花織は部室の端ではしゃぐ選手たちの様子を眺めていた。昨夜はフットボールフロンティア地区予選の抽選の日だった。今日、ようやく対戦相手が発表されるのだ。
花織はちらりと風丸へと視線を寄せる。すっかりサッカー部に馴染んだ彼はやはり皆のように楽しそうだ。今となってはサッカー部の中でも副キャプテンのようなポジションに落ち着いている風丸。そんな彼を花織はどこか嬉しく感じるとともにどこか遠い存在であるようにも感じた。
「で、相手はどこなんだ?」
「相手は……」
風丸の問いに円堂は答えを溜める。部室内に緊張を孕んだ沈黙が走った。それはそうだ、対戦相手が決まる。一回戦から強豪に当たれば辛い戦いになるだろうし、トリッキーなチームが当たったのだとしたら対策を講じねばならなくなる。
「知らない!」
しかし、ぎりぎりまで高められた緊張を打ち破ったのは円堂の想定外の言葉だった。どうしてか堂々と円堂はそう宣言する。間の抜けた空気が部室を満たした。花織も思わず、ため息をつかずにはいられない。さすが円堂、微苦笑を漏らせば同じような表情をしている豪炎寺と目があった。
「野生中ですよ」
部室の戸が開く音がした。それと同時に珍しい声がして花織たちはそちらに視線を集中させる。そこにはサッカー部顧問の冬海が立っていた。珍しいこともあるものだ、花織は思う。サッカー部に臨時マネージャーとして入部し、しばらく経つが、未だ練習で彼の姿を見たことは無かった。
「野生中と言えば去年、地区予選の決勝で帝国と戦っていますね」
春奈が自分の調べたデータを見ながら呟いた。確かにそうだ、昨年花織は帝国の試合を観戦した覚えがある。野生中だという確証はないが、かなり個性的なチームだったことだけは記憶にあった。しかし春奈のデータを見るに都大会レベルでは強豪だといえるだろう。雷門が初めに当たるには不安な学校でもある。
「初戦大差で敗退なんて、みっともない負け方はしないでくださいね」
嫌味のように冬海が部員たちを見た。その言葉に花織は思わず眉を顰め、苛立ちを見せた。冬海は仮にもサッカー部の監督だろう、どうしてそのような無神経な、選手たちの士気を落とすようなことが言えるのだろうか。花織がきつく冬海を睨みつけていると隣にいた豪炎寺が小声で落ち着け、と花織の肩を叩き、囁いた。
「……顔に出てた?」
「ああ、思いっきりな」
「……ごめんね」
花織はほんの少しだけ笑って顔の前で拝むようにして見せた。サッカー部の面々と花織は良好な関係を築くことができている。無口な豪炎寺とも話す機会はそこそこに多くあった。
「それから」
「ちーっす、俺土門飛鳥。一応、ディフェンダー希望ね!」
冬海の言葉を遮ってひょっこりとその後ろから顔を出したのは、褐色の肌をした長身の男の子だった。花織ははっと息を呑む。彼の姿には見覚えがあったのだ。土門飛鳥、帝国学園サッカー部員。補欠ではあったが一応一軍の部員であり、花織の記憶にもよく残っている。鬼道の言っていたスパイ、というのが彼か、そう花織は思う。
「土門くん」
「あれ、秋じゃない?」
花織の表情はさらに驚愕に包まれた。秋が土門に親しげに話しかけたからだ。そして土門の方も秋の事を名前で呼んでいることから二人の仲が親密であることが窺える。だが、何故。花織は顔を顰めた。
秋は帝国学園の選手と交流があったのだろうか。いや、帝国戦でのあの反応を見る限りそれはありえない。では、個人的に親しいのだろうか。花織の考えは深くなるばかりだ。しかし考えても答えは見つからない。
「月島はどう思う?」
急に名を呼ばれ、はっと花織は我に返った。部室中の部員が花織の方へと視線を向けていた。花織が話しについてゆけずに困っていれば花織の名を呼んだ張本人、豪炎寺が花織にフォローを入れた。
「野生中について、だ。確か去年の地区予選決勝の会場は帝国学園だっただろう」
どうやら試合を見たり、何か知っている情報は無いか、ということらしい。知らないわけではないが……。花織はちらりと土門のことを見る。迂闊な発言はしない方がいいだろうか。
「ごめん、よく知らない。……私、その頃はサッカーに興味が無かったから」
❀
ミーティング終了後、風丸はすぐさま壁際にいた花織の元へと歩み寄った。部室から部員たちが出て行くのに逆らい、風丸は花織へと声を掛ける。
「花織、何かあったのか?」
「一郎太くん……」
ミーティング中、彼女はどこか上の空だった。普段、花織はそんなことは無いのに。
対する花織は風丸の心配げな表情を見て、微苦笑を浮かべる。土門が帝国からの転校生、おそらくスパイであることを彼に告げるべきだろうか。風丸がこのチームで頑張る以上、雷門の勝利に貢献すると決めた。それなのに、密偵が入っていると知りながら告発しないことは彼に対する裏切りにはならないだろうか。
しかし、彼女の心に鬼道の言葉が胸に蘇る。黙っていてくれるな? 花織は唇を噛んだ。無理だ、鬼道の命令に背くなど、花織にはできない。鬼道の命令に背けば鬼道は花織をどう思うだろう。そんなことが気になった。
「ううん、なんでもない。……ごめん、ちょっと体調悪いのかも」
「大丈夫なのか?」
そっと花織の額に手を当て風丸が体温を測る。風丸の手が触れた途端、カッと花織の頬が火照った。
「熱は無いみたいだが……」
そんな風に見つめないで欲しい、風丸の瞳が射るように花織の目を見据える。花織の気持ちは風丸に対して忠実でない。それが彼女にとって苦しくて仕方がなかった。今すぐにでも彼に本当のことを言ってしまいたい。自分を何よりも大切にしてくれる彼に。優柔不断で汚い自分を好いてくれる彼に。風丸から不利を遠ざけたくて仕方がないのに。
すべては諭すような鬼道の一言、それに付け加えられた行為が花織の口を噤ませ、言葉をもどかしい吐息へと変えさせた。一郎太くん、ごめんね。何も言えずに花織は心の中で彼に謝罪する。
「心配しないで。ね、早く練習に行こう?」
自分のことを心配そうに見つめる風丸の手を花織ははぐらかす様に握る。
「ああ……。でも、辛くなったら言ってくれ」
優しく包み込むような風丸の微笑みが、今の花織にはとても眩しいものに感じられた。