FFI編 第十二章
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ジィィィ、とファスナーの前が明けられる音が静かな部屋に響き渡る。ファスナーが下ろされると同時に彼女に触れていたそれがはらりと彼女の肌を滑る。あっ、と花織が声を上げ、赤い頬を益々赤くして、力なく顔を隠した。直後風丸は硬直する。彼の目の前には彼の想像もしていないものがあった。
白く大きく実ったたわわな胸、それを零れないように支えるのは彼女にしては派手でエロティックな赤のランジェリー。それは彼女の胸を寄せて谷間を作り、そこには彼が贈ったネックレスがきらめいている。その下にはほっそりとした女性らしいくびれ。想像の中でしか見たことのなかった彼女の美しい柔肌。
「えっ、あっ、え?」
思っても見なかった光景に風丸は顔を真っ赤にして、今まで感じていた憤りも何もかもを吹き飛ばした。何故、花織はこんな格好をしているんだ。その簡単な答えを見つけることができずに彼は戸惑う。慌てて咄嗟に自分の布団を花織に掛けて、彼は目を逸らしながら彼女に事情を聞いた。
「花織……、これって」
「一郎太くん、あの私……、着てたシャツが汚れちゃって……。それでウィンディがジャージを貸してくれたの」
花織が恥ずかし気に口元まで布団をかぶりながら、花織が消え入りそうな声で風丸に事情を説明した。そっと花織が布団から手を出して落としてしまったビニール袋を指さす。そこで風丸は初めてビニール袋の存在に気が付いた。彼はようやく何故花織がウィンディなどのジャージを着ていたのか、理由を飲み込んだ。彼女は着ざるを得なかったのだ。
理由を悟ってやっと頭が冷える。それと同時に風丸はさあっと青くなった。俺はいったい花織に何をしようとしたんだ。
「すまないっ、変な早とちりでこんなことをしてしまって……」
ベッドから降りて風丸が申し訳なさそうに花織に頭を下げた。冷静になれば、花織が何も理由なくウィンディのジャージを羽織るわけがない。以前に仲違いをした際、鬼道のマントを羽織って、風丸を挑発した彼女が自らそんなことをするわけがないのに……。風丸が頭を下げたが花織は起き上がり、胸元を布団で隠しながら首を横に振る。
「ううん、私も何も言わなかったし……。それに、あの……」
花織が恥ずかしそうに口元に手を当てる。風丸がそっと顔を上げる。花織は今も顔を真っ赤にしていたが、何となく嬉しそうな色を滲ませていた。
「一郎太くんが焼きもち妬いてくれたのかなって思って、ちょっと嬉しかった。……ごめんね」
眉根を下げて笑み、今度は花織が風丸に対して謝罪の言葉を口にする。実際、風丸にこんな風にされても彼女はまんざらでもなかった。だから強引な彼の手を拒むことは無かった。
「花織……」
無性に愛おしさがこみあげて風丸はベッドに上がり、花織の身体をそっと抱きしめる。髪を撫でればまだしっとりとした感じが残っている。雨に濡れてしまったのだろう。冷静になった今ならよくわかる。
「好きだ」
「……うん」
花織は風丸の抱擁にそっと目を閉じる。温かい彼の体温に包まれると心まで温かくなるような気がした。彼の背中にゆっくりと手を回す。こうしていると自分が彼を好きだと言ってもいいような気が、花織はした。
「……いつまでもこのままだとまた風邪をひくな」
肩越しにそう呟いて風丸が花織を抱き寄せていた腕を緩める。胸元までを布団で覆い隠しているものの、今もまだ彼女は肌を空気に晒したままだった。風丸は自らが来ているジャージを脱いで花織に手渡す。
「花織、これを着てろ」
「うん、ありがとう」
花織は素直に頷いて静かに身に纏っていたジャージを脱いで風丸が手渡した日本代表のジャージを羽織ろうとする。
「……っ」
着替える彼女に悪いからと風丸が視線を逸らそうとしたその時。ふと視界に入った彼女の胸元、鎖骨の下あたりに目を奪われて風丸は息を詰まらせる。彼女の雪のように白い肌にはくっきりと赤い花が咲いていた。風丸は全身が熱くなるような感覚を覚えて口をぎゅっと横に引き締める。
よくよく思い出してみれば先ほどは勢いに任せて彼女を蹂躙した。おそらくそれはその時に付けてしまったのだろう。幸いにもそれは服を着れば隠れる位置に付いていた。
「一郎太くん?」
「な、何でもない……」
気が付いてしまうと胸がざわざわとして落ち着かなくなった。挙動不審な風丸の態度に花織が首を傾げて風丸を見つめ、言葉を掛ける。風丸は真っ赤になって彼女の視線から逃れるように目を逸らした。意識をそれから振り払おうと目に見えるものを話題にした。
「そ、そういえば、花織が着ていた服は……」
「あっそうだ、早く洗わないと」
借り物のジャージを畳んでいた花織が思い出したように声を上げる。風丸が立ちあがって目についたビニール袋を手に取った。よかったら俺が洗っておく、そんな言葉を掛けようとして風丸は言葉を留めた。ビニール袋の中に入っている青は風丸にとって見覚えのある色だった。
「貸して?」
そっと彼女の手が風丸の手に触れる。ジャージの袖を肘までまくり上げた彼女はベッドから降りて、風丸の手からビニール袋を受け取った。花織は湿り気を帯びたそれに手を触れ、ビニール袋から取り出した。そして風丸の前で広げて見せる。
「イナズマジャパンの、ユニフォーム……?」
毎日風丸が身に着けている青色のユニフォーム。おそらく彼女が元々着ていたのであろうもの。ユニフォームのわき腹から胸元にかけてが泥染みになっている。風丸は花織とユニフォームを見比べた。どうして、花織がこれを。桜色の頬に益々赤みを差して、彼女ははにかむ。瞳を恥ずかし気に潤ませて、ユニフォームを持ち替えジャージの背中側を風丸の方に向けた。
「今日、本当はこれ着て走ってたんだ。……汚れちゃって、今日はこんなふうになっちゃったけど」
持ち上げたユニフォームで口元を隠しながら花織が、呟いた。風丸は目を見張る。背中に大きく掲げられたユニフォームの背番号、それを縁取る名前。彼女が握りしめて広げたそれは風丸の心を揺さぶり、満たすには十分だった。どきりと心臓が大きく音を立てる。愛おしさから胸が苦しくなって風丸は口を手で覆った。
「ちょっと自己主張激しかったかな……?」
風丸から目を逸らし、消え入りそうな声で花織が風丸に問いかける。彼女はぎゅっとユニフォームを握る両手を口元に当てて目を伏せる。そんな仕草や表情、ユニフォームが表す彼女の心にただただ堪らなくなって、身体が動く。風丸は花織の両手を包み、彼女の額にこつんと額を当てた。
「むしろ嬉しいよ。……花織」
「……うん」
「俺は花織がそれを着てるところが見たい」
涙声で花織が風丸に答える。花織は泥にまみれ、否定されていたすべてが肯定されたような気持ちになった。胸の内から込み上げ、頬に伝う喜びを唇を噛み締めて堪える。
「……うん」
……また今度、一郎太くんとお揃いのユニフォームを着よう。今度はちゃんと一郎太くんにそれを見てもらおう。
花織は胸の中でそう決心する。瞬きをして風丸を見上げた。頬を紅潮させて優しく微笑む風丸と目が合う。その笑顔と向き合っていると自然と笑みが零れて心の底から彼を愛おしく感じた。