FFI編 第十二章
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朝、酷い雨の音で目が覚めた。雨が土砂降りだった時間はそう長くはなかったようだが、今も細々と雨が降り続いている。風丸一郎太は今、二人分の傘とタオルを持って宿舎の玄関から外に出ようとしているところだった。
秋から聞いた話だが、花織は今日も外へ日課のランニングへと行ったらしい。そして未だ戻ってきてない、と朝食の支度を進めながら風丸に教えてくれた。
きっとこの雨だ、どこかで雨宿りをしているのかもしれないと風丸は考えた。もしかしたら雨に濡れているかも……。彼女の体調はすっかり良くなったとはいえ、雨に濡れてはまた風邪を引いてしまうかもしれない。風丸はそんなことを考えて彼女を迎えに行くことを決めた。
靴を履いて、合宿所の扉を開く。灰色の空は薄まって少しだけ青空が見える部分もある。この調子なら今日の練習には差し支えなさそうだ。風丸は紺色の傘を開いて外へ踏み出す。合宿所を出て彼女のランニングコースを辿ろうとしたその時だった。
「……っ」
ばったりとビニール傘を差した二人組と鉢合わせて、驚いた彼は大きく目を見開いた。それは相手方も同じようだった。風丸は一瞬目の前の状況を飲み込めなくて言葉を失う。目の前の男はあの忌々しいほど自分によく似た男、ウィンディだ。そしてその男の横に立っている黒髪の少女は間違いなく風丸の恋人花織の姿だった。彼らは二人で一つの傘に収まっている、まるで恋人同士のように。
なんで花織はコイツと一緒にいるんだ、いやそれだけじゃない。
風丸は花織をじっと見た。彼女は見慣れないジャージを身に纏っていた。イナズマジャパンと同じ青をメインとした色だが、胸元から中央に掛けて白地に赤いラインの入ったもの。いつもは隣の男が身に纏っているジャージ。なんでそんなものを花織は身に纏っているんだ。風丸は出会い頭にあからさまに顔を顰めた。
「一郎太くん……」
「何だお前か、カオリを迎えに来たのか?」
さり気無くウィンディの褐色の手が花織の肩を抱き寄せた。風丸の眉間に刻まれた皺が一層深まる。ウィンディは口元ににやりと笑みを浮かべて風丸を見た。優越感を孕んだ笑顔だった。風丸は低い声でウィンディの問いに答えを返す。
「……ああ。お前、花織に変なことしてないだろうな」
「さあな。俺たちがどうしていようがお前には関係ないさ、なあ花織」
ウィンディがさら、とまだしっとりとしている彼女の黒髪に馴れ馴れしくも触れた。しかもその髪にキスを落としかねないような雰囲気だった。ウィンディ、と花織は少しだけ遠慮がちにウィンディを遠のけたが、風丸は目に見えてウィンディの行動に苛立ちを見せた。何気安く花織に触れているんだ。風丸は腹の底で押さえられないような黒い感情を吹きあがらせる。
一体お前は花織に何をした?花織も何でコイツのジャージを着ているんだ。風丸は苛立ちで沸騰しそうな頭で必死に思考を回そうとする、だが目の前に立つ男に対しての怒りが募るばかりで思考は働かない。もしかして……。風丸は一つの推測に行きつく。こいつが花織に何か破廉恥なことをしていたのだとしたら……。
風丸のイライラは最高潮だった。ウィンディを睨みつけ、つかつかと二人の間に割いるとぐいっと乱暴に花織の腕を引き寄せる。ぎゅう、と花織の腕を握る力の加減を考える余裕もなく風丸はウィンディを睨みつけた。
「花織をここまで送ってくれたことは礼を言う。だが、花織に妙なことをするのは許さない」
「俺が何をしようとお前には関係ねえよ」
ウィンディが傘を持つ手を持ち替えて不敵に笑う。その微笑は風丸にとって酷く挑発的だった。彼の怒りのボルテージを上げるには十分なほどの笑みだった。
「カオリ、じゃあまた一緒に走ろうな」
厭味ったらしいほど爽やかにウィンディが花織だけに笑いかけた。さらりと長いスカイブルーの髪を靡かせ、道を戻っていく。残された花織は風丸の顔を恐々と見上げようとしたが、それよりも速く強引に風丸が花織の腕を引いた。
――――一郎太くん。
そう一言声を掛けるのも気が引けるほど、彼は苛立っている。花織はそれを肌で感じていた。乱暴に合宿所のドアを開け、乱雑に傘を放ったのもいつもの彼らしからぬ行動だ。放られた傘は傘らしからぬ音を立てていた。花織は強く握られた腕が痛かったが、そんなことで口を挟めないほど風丸のイライラは目に見えていた。
無理やりに風丸の部屋に押し込まれて、花織は風丸に押され、ベッドに腰を下ろしてしまう。私汚いのに、とそう口を挟む隙を与えず、戸惑う花織の黒い瞳をぐっと肩を掴み風丸が覗き込んだ。
「アイツに、何をされたんだ」
そう問いかけた彼の声のトーンは低かった。いつも花織を見つめる優しい茶色の瞳はギラギラとして、花織に対して明らかに怒っているようだった。ぎりぎりと彼が肩を掴む手に力が籠り、痛みを感じる。花織はそんな風丸に怯んでぎゅっと自分のユニフォームが入ったビニール袋を握りしめる。
「べ、別に何も……んっ」
花織が恐々そう返答する前に花織の口を風丸は塞いでしまった。まるで噛みつくような荒々しいキス。花織の虚を突いて彼は花織の口内に舌をねじ込んだ。花織のすべてを支配するような風丸が時々、嫉妬に駆られた時に見せる深い口づけ。
「ん……、んんっ」
息が苦しくなって花織は風丸のシャツの胸元を握る。花織はそれでも口づけをやめようとはせず、むしろ熱烈に花織を求めた。何度も何度も深く口づけられて花織は甘い痺れの中、風丸にされるがままだった。力が抜ける花織の身体をベッドに押し倒し、それでもキスをやめようとはしない。
「花織……っ、はあ」
重ねていた唇が離れて、風丸が低く囁く。ふたりを繋いでいたどちらともない唾液がぷつりと切れて、風丸がそれを手の甲で拭う。ぎらりと理性なしに鈍く光る瞳。彼は今、抑えられない衝動の中にあった。
「はあっ、一郎太くん……」
荒々しく呼吸をしながら花織が風丸を見上げる。風丸のキスによって蕩けてしまった身体は力など入らず、がさりと彼女の手から落ちたビニール袋が音を立てた。生理的な涙で潤み切った瞳、上気した白い頬、艶めかしい声で風丸を呼んで。そんな彼女に彼の勢いが止まるわけがない。
風丸は彼女の肌に触れる忌々しい存在をその手の中で握りつぶした。花織が身に纏う他の男の存在を感じさせるそれが途轍もなく憤ろしい。頭の中の自分によく似たあの男が優越感に笑うのが見えた。ジワリと滲むように怒りが身体に浸透していく。
「……っ」
風丸が首筋に顔を寄せればびくりと花織の身体が揺れる。すんと息を吸い込めば大好きな花織の匂いがした。だがそれに混じる、知らない、おそらくあの男の匂い。花織を穢すあの男の痕跡。気が狂うほどにそれを不快に感じた。掻き消すように風丸はそのジャージが触れていた部分に唇を這わせ、舌を触れる。
「ひぅっ……」
花織はキスの余韻に溺れながら、首筋に伝う彼の感覚にゾクゾク、と身を震わせた。じんと下腹部に響く快感によって、ふやけてしまったような力でベッドのシーツを握る。花織が漏らした色を交えた吐息に風丸の方も益々夢中になった。ちゅ、と音を立てて彼女の柔らかい肌に吸い付き、熱い口づけを落とし、本能のままに、一杯まで引き上げられたうざったいその障害に手を掛ける。
花織はキスの余韻に酸素が足りず、頭が回っていなかった。だからその一瞬の判断に遅れてしまった。ことに気が付いて声を上げるもそれは手遅れであった。
「あっ……、ダメっ」