FFI編 第十二章
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練習の後、緊急で話し合いを執り行うとお達しがあり、選手たちはミーティングルームに集められた。円堂や土方たちのただならぬ様子にチームメイトたちは騒然とする。詳しく事情を聞いてみれば円堂たちは何とFFI世界大会の委員長であり、ブラジル代表監督であるガルシルド・ベイハンの屋敷に忍び込んできたのだという。
事は円堂にブラジルの選手マック・ロニージョが八百長を持ち掛けたことから始まった。ブラジル代表、ザ・キングダムは、パス成功率は九十三パーセント、ボール保持率は七十二パーセントを誇る圧倒的な試合展開でこれまでの試合を勝ち抜いてきた。そんな実力あるチームが八百長を願いに来る理由は見当たらなかった。だからこそ、ロニージョの不可解な言動を疑問に思った円堂たちはブラジル代表を探っていたのらしい。
すると、とんでもない事実が浮かび上がった。ガルシルドはブラジル代表選手にサッカーをする場所や資金、家族にも仕事を与えたが、命令に逆らったり、試合でミスをしたりすれば厳しい罰を与えた。その罰は選手のみならず家族にまで及ぶようになっていたのだという。ガルシルドはブラジル代表選手にかなりの負担を強いていたのだ。
円堂、土方、鬼道、ヒロトの四人が屋敷に忍び込んで得た証拠はそれだけではない。世界平和を目的と謳ったFFIですらそれが真の目的ではなかったのだ。ガルシルドが世界征服を企んでいるという証拠も彼らが盗んできたデータの中には含まれていた。軍事兵器の生産を伸ばしているという情報があったのだ。
大会運営委員長のガルシルドは世界にいくつもの油田を持つオイルカンパニー社の社長でもある。だがガルシルドの油田は既に枯れかけていた。だからこそFFIにより参加各国をいがみ合わせ、戦争を引き起こそうとしているのだという。
戦争が起こればガルシルドの油田の価格は高騰し、莫大な利益がガルシルドの元へ舞い込む。さらに軍事兵器も供給すれば世界を掌握したも同然といえるだろう。
恐ろしい計画だが、その証拠は今ここにイナズマジャパンの手にある。これを警察へ持っていけばガルシルドが逮捕されるのは時間の問題だ。この計画は実現しない。きっとブラジル代表も解放されて自由なサッカーができるようになることだろう。データは明日、響木監督が警察へ持っていくこととなった。
とにかく丸く収まりそうでよかった、と花織は先刻のミーティングを思い返しながらマネージャー業務に徹していた。それにしても鬼道が知らぬ間にそんな危ないことをしていたなんてと思う。先ほど大丈夫だったのかを鬼道に問うたが、彼は不敵に笑って問題ないと言っていた。意外にも大胆な人だ。
花織は食器の片づけを終えて食堂を出る。ふと廊下の奥に見慣れた青髪の姿がちらりと映った。彼の姿だ、と花織は一瞬目を輝かせたがその表情はすぐに曇ってしまった。
……また、冬花さんと一緒にいるんだ。
この頃、風丸が冬花と一緒にいる姿をよく見かける。冬花が記憶を取り戻したと言っていたがそれ以来、風丸と冬花が共に過ごしている時間は間違いなく増えていると思う。一体何を話しているのだろうか。居心地の悪い胸のモヤモヤが込み上げる。花織は自分のジャージの胸元をぎゅっと握って二人の姿を見つめた。楽しそうだけど、何を話しているんだろうか。風丸は照れくさそうに笑って、頭を掻いているのがここからでも見える。
……ウジウジしてもだめだよね。
花織は胸を抑えてふうと息をつく。見ていて勝手に嫉妬しているからこんなに気分が悪いのだ。二人に声を掛けて何を話しているのか聞いてしまえば、本当に他愛のないことで嫉妬する必要もないのかもしれない。声を掛けてみよう、花織は大きく深呼吸をして意気込む。さりげなく二人の方へ歩み寄ってできるだけ明るい声で風丸と冬花に声を掛けた。
「一郎太くん、冬花さん。何を話してるの?」
「……っ。あ、花織」
「……花織さん」
花織はふっと眉根を寄せる。今、明らかに冬花も風丸も花織が声を掛けたときにぎょっとしたような驚いた表情を見せた。二人とも繕ったように笑って花織の方を向き直る。花織に聞かれてはまずいことでも話していたのだろうか。若干の不可解な態度はあったものの、花織の方も何も気にしていないようなふりをして二人に笑いかけた。
「こんなところでどうしたのかなって思って。仕事も終わったしよかったら話に混ぜてほしいな」
人目に付かないような、こんな廊下の片隅で。一体何を話していたのなんて聞くのは大人げない。そんなことは分かっているが花織はそれよりも自分が安心をしたかった。だが風丸と冬花が返した返答は素っ気無いものだった。
「別に何でもないさ。な、久遠」
「うん、風丸くん」
二人は花織にそうやって笑いかける。そう言われてしまうと花織はそれ以上追及することはできなかった。
「そっか。残念……」
花織は笑みを崩さなかったが内心は二人に誤魔化されたことによる不信感で一杯だった。何でもないなんて嘘だ。そんなの風丸の顔を見ていればすぐにわかる。ほんのりと頬を赤らめて、いつも照れを隠すときに見せる笑い方。どうして、何でもないことなら教えてくれないの。何かやましいことでも隠してるの?そんなことは聞けずに花織は黙り込む。
「じゃあ風丸くん、私もう行くね」
「ああ、わかった」
ひらりと冬花が手を振ってこの場から去っていく。花織は冬花を見送る風丸の横顔を見つめた。はにかんで、耳も少し赤くて。花織はぐっと奥歯を噛み締める。話しをしないで、なんて言わない。他の女の子に笑っちゃダメとも言わない。きっと私に内緒の話だってしたいときもあると思う。
――――でもなんでその相手はよりによって冬花さんなの?
「花織」
風丸が花織を振り返って微笑む。優しくて頼もしくて、いつも通りの男らしい、花織の大好きな笑顔。風丸はそっと手を伸ばして花織の髪を撫でる。どきん、と胸が高鳴る。だが同時に胸に蔓延るドロドロの汚い気持ちも大きくなるような気がした。
「どうしたんだ、暗い顔してるぞ」
心配そうに顔を覗き込んで、さりげなく肩にも触れて。やっぱりいつもの風丸だ。花織は眉根を下げまま、風丸に笑いかける。全部の私の強い嫉妬心が考える思い過ごし、なのかな。
「大丈夫、ちょっとぼうっとしちゃっただけ」
「そうか、ならいいんだ」
食堂で話そうぜ、そう言って風丸は花織の手を引く。花織は何も言わずに前を歩く風丸の横顔を不安げに見つめていた。
❀
結局、風丸と冬花が何を話していたのかを花織は言及することはできなかった。花織は部屋に戻った後、自分の学習をしようと机に付き、参考書とノートを開いた。だが中々先ほどの冬花と風丸の仲睦まじそうな光景が目に焼き付いて離れない。ペンは思うように先には進んでくれなかった。
本当に風丸が言うようになんでもなかったのかもしれない。と自分に言い聞かせてみるが、ならば何で彼は嘘をついたのだろうという疑問が湧いて出る。そんなに気になるのならばきっぱりと何を隠しているのかを聞いてしまえばよいのだろうけれど、それをする勇気はなかった。面倒くさい女だと思われたくはなかったし、自分の知りたくない冬花と風丸の関係を知ってしまうかもしれないのが怖かった。
でも、だったらどうしたらいいんだろう。
花織はため息をついてペンを走らせる手を止める。ダメだ、まったく頭が回らない。こんな気持ちじゃミサンガも編むことはできないし、身体を動かすのが一番だろうか。気分転換にストレッチでもしようかと花織は席を立つ。ほぼそれと同時に彼女の携帯電話が静かにメロディを奏で始めた。
彼女はぱっと机に置いていた携帯を手に取る。そして着信の相手を見て目を大きく見開いた。思いにもよらない、珍しい人物だった。彼女は通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てる。
『もしもし、俺だけど……』
「半田くん?どうしたの、急に」
半田真一、日本にいる彼から電話が来るなんて。花織は彼の声に返答しながらベッドまで歩き、そこに腰を下ろした。
『ああ、花織久しぶり。今時間大丈夫か、時差とか俺わかんないまま掛けたんだけど』
「うん、まだ消灯前だから大丈夫。それよりほんとにどうしたの?連絡してくるなんて珍しいね」
花織は髪を耳に掛けながら電話口に囁く。花織は半田とは学校でこそ仲良くしているものの、こうして電話で話したことはほとんどなかった。花織が電話で連絡を取るのは専ら風丸か、鬼道のみだ。それも花織から掛けることがほとんどであるから、彼女の携帯に誰かが電話を掛けてくるということが珍しかった。
『ああいや、あのさ……。ちょっと花織のことが心配になって』
「心配?」
『風丸とのこと、悩んでただろ?マックスはほっとけっていうんだけど、やっぱり気になってさ』
どきっと心臓が大きく音を立てるのを花織は感じた。日本を発つ前、彼女は風丸との関係を半田とマックスに相談していた。半田はそれをずっと気に掛けていてくれてこうして電話を掛けてくれたのだろう。きゅっと花織は自分のシャツの胸元を握る。固い感覚が指先に触れる。
『最近どうだ? 風丸とは仲良くやれてるのか?』
「……うん。多分……」
自信はなかった。風丸は変わらずきっと自分を大切にしてくれているのだろうけど、先ほどの彼の態度には引っかかるものがあった。もしかして自分に何かやましいことを隠しているのかもしれない。先刻の出来事のせいでその不安は除けない。
『多分ってなんだよ。やっぱり何かあったのか?』
「私の思い過ごしだと思うんだけど……。ちょっと色々不安になっちゃって」
花織は大きくため息をついて髪を掻き上げる。嫉妬深い自分が一番いけないのだ。分かっているのだけれども。半田は電話の先で少し何やら考えているようだった。ううん、と彼が唸り声をあげる。
半田は花織の言葉でマックスの思惑が上手くいっていないことを悟った。風丸は花織の不安に気付いていないのだ。きっとそれだけ日本代表としての練習が大変なのだろうし、花織も態度に出さないようにしているということだろう。だが不可解なのは鬼道がフォローを入れていないという点だろうか。だが、半田は思う。俺がそんなことを推察したってわかりはしない。
とにかく、今も花織は不安を感じているのだ。
『あのさ、花織。俺は別に花織が不安になることなんてないと思う。風丸の彼女は誰がなんて言ったって花織なんだし』
「でも……』
『花織は謙虚すぎるんだよ。もっとこう、なんていうか……、風丸の彼女は私なんだってアピールしてもいいんじゃないか?』
風丸の彼女だとアピール……。花織は半田のその言葉であることを思い出した。ベッドから立ち上がって日本から持ってきた荷物を漁る。その中から一枚のシャツを取り出した。青い、風丸の背番号が刻まれたサポーターユニフォーム。恋人ではなくて一ファンの領域を抜けられていないような気がして着ることができなかった。
でも逆に合宿所の皆には、風丸一郎太の彼女であることをアピールできるのではないだろうか。もちろん冬花にも。
「アピールしても、いいのかな……。一郎太くん、嫌がったりしないかな」
『俺はいいと思うよ。……仮に、花織が俺の彼女だったら花織がもっと主張してくれたら嬉しいと思う』
「……そっか」
花織は半田の言葉に励まされてサポーターユニフォームを手に取る。レプリカでもまるで本物のユニフォームのように、花織にはこの背番号のユニフォームは重く感じられる。ぎゅっと花織はサポーターユニフォームを胸に抱いて目を伏せた。明日、これを着て走ってみよう。
「ありがとう、半田くん。なんかちょっと気持ちが楽になった気がする」
『なら良かったよ、ずっと花織が心配だったから。あのさ……、花織』
電話の奥で優しい声が花織に囁く。友としてだけの感情を超えたような声で半田は花織に語り掛ける。
『俺はいつだって花織の味方だから。だから何かあったら頼ってくれよ。……俺じゃちょっと頼りないかもしれないけどさ』