FFI編 第十二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
花織は久々に早朝のランニングに出ていた。イタリア戦が終わって影山総帥との因縁も良い形とは言えなかったが終結して、彼女を縛るものは何もなくなったからだ。
だから念入りにストレッチをして整えられたストリートを駆ける。久しぶりの風を感じるこの感覚はとても楽しい。美しい景色がぐんぐんと後ろへ下がっていく。一歩踏み出すごとにはずむ身体、少し苦しくなるような感覚すら心地よくて。彼女の黒髪がそれを喜ぶようにさらさらと風に揺れた。
ジャパンエリアからアルゼンチンエリアを抜け、セントラルパークへと向かう。今までと変わらない練習コース。うん、大丈夫。風邪を引いてしまったし、ずっと走れていなかったから少し心配だったけれど体力は落ちていないみたいだ。走っていて花織はそんなことを思う。もう少しペースを上げてもいいかもしれない。
ぽんぽんと軽い足取りで駆ける花織、ふとそんな花織の目にある人物の姿が映った。スカイブルーの髪にバンダナを巻いた褐色の肌の少年。セントラルパークの街灯の下に立った、見覚えのある姿。彼は駆ける花織の姿を目でとらえて、満面の笑みを浮かべて花織に手を振った。
「カオリ‼」
名前を呼ばれ花織はゆっくりとペースを落として少年の前で立ち止まる。青色のコトアール代表のジャージを身に纏った少年。ウィンディだ。
「おはよう、カオリ!」
「おはよう、ウィンディ。朝早いね」
「ああ、カオリが来るのを待ってたんだ」
ショルダーバッグを肩に掛けたウィンディは当たり前のようにそう言った。花織はそんなウィンディの反応にどうしていいか分からなくて困惑した笑いを浮かべる。ウィンディは花織の手を取ってぐっと引っ張った。
「さぁ、行こうぜ。一緒に走るって約束だったろ? 俺、ずっと楽しみにしてたんだ」
「ウィンディ……」
屈託なく笑うウィンディ。花織は目を細めて微笑んだ。もしかしたら、ウィンディは純粋に花織と走ることを楽しみに毎日、花織が走ることができない間も彼はここで待っていたのかもしれない。そう思うと何となく申し訳ないのと同時に、彼と一緒に走りたいという気持ちにもなった。
「どこまで走るの?」
「ジャパンエリアまで。カオリのいつものコースで構わない。足には自信があるからな」
軽やかにウィンディが花織を先行して走る。その足取りは軽やかで花織よりもペースは速い筈なのに息の乱れもない。空色の髪が風に揺れて、走る姿は彼のように綺麗だ。
ドキドキと花織の心臓が高鳴る。花織の闘争心に自然と火が付いた。男の子だからといって負けてはいられない。花織だってずっと走ってきたのだから。花織はいつの間にか夢中になってウィンディについて走っていた。ウィンディは、初めは先行していたものの、花織が乗り気になったのを見て花織が走れるぎりぎりのペースまでスピードを落とす。そしてチラチラと走る花織の姿に目をやった。
何度見ても綺麗だ、彼女の走るフォーム。どちらかといえば短距離向きの走りだけれど、女子にしては体力もあってウィンディの中の走りたいという欲を擽る。太陽に煌めく白い肌を伝う汗、さらさらと揺れる長い髪。何より今日の、俺と走る彼女は楽しそうだ。美しい黒い瞳がきらきらしている。
――――やっぱり、俺に相応しい人だ。
ウィンディは改めてそう確信する。少しだけ心拍数が上がったのも、顔が熱いのも走っているからじゃない。ウィンディの視線に気づいたのか、彼女がウィンディの方へ視線を向ける。
「どうしたの、ウィンディ?」
くすくす、と笑って楽しそうに花織が口元に手をやる。きゅん、とウィンディは自分の胸が不自然に締め付けられるのを感じた。ああいや、なんて言葉で誤魔化して花織から目を逸らす。彼女と過ごすたび、彼女の存在は彼の中でどんどん大きくなった。
❀
ジャパンエリアまではあっという間だった。ウィンディと花織はジャパンエリアの入口までやってくるとペースを落としてクールダウンに入った。花織は上がった息を整えようと深呼吸を繰り返している。久しぶりに走るにしては、結構なハイペースで走ってしまっていた。
「カオリ、今日は一緒に走れて楽しかった」
別れ際、花織を引き留めてウィンディが真剣な顔で言った。
「やっぱりカオリの走る姿は綺麗だ」
改めて今日もそう思った。ウィンディはそっと花織の手を引き寄せる。花織は少し驚いたような顔をしたものの、ウィンディの手を振り払うようなことはせず、ウィンディの顔を見つめた。やはり走る姿を褒められることはまんざらではない。
「ありがとう。……私も楽しかったよ、久々に速いペースで走っちゃった」
他意はなく、花織は純粋にウィンディに共に走ってくれたことに対して礼を言う。彼女の答えにウィンディは少しだけ口元を緩める。そこで彼はふと、何かを思い出したような表情をしてショルダーバッグからあるものを取り出した。
「そうだカオリ、これ」
彼が取り出したのはイタリアエリアで売っていそうな少しお高めのチョコレートの箱だった。花織は突然差し出されたそれを見つめて不思議そうな顔をする。どうしたの、彼女の表情はそう言いたげだった。
「カオリにやるよ。チョコレート、甘いもの食うと元気になれる」
ウィンディは花織にチョコレートの箱を押し付けて言った。
「この間のカオリ、元気がなかったから」
この間、という言葉に花織はハッとする。前回、ウィンディに会ったのはウィンディが花織をデートに誘いに来たとジャパンエリアまでやってきたときのことだ。あの時花織は風丸と冬花の些細な反応で、ウィンディにも少々冷たい態度をとってしまった。
あの時のことをウィンディは気に掛けてくれていたのか……。同じチームでもないのに。
花織はチョコレートの箱を受け取る。彼が自分を気に掛けてくれていたという嬉しさと心配を掛けていたのだという申し訳なさが胸の中で入り混じった。花織はウィンディを見上げる。
「ありがとう。心配、してくれたんだね」
ウィンディに対しての好感度を上げて花織は笑む。純粋に自分を心配をしてくれていたということが嬉しかった。ウィンディは明らかに先刻よりも親しみのこもった花織の微笑みにほんのりと顔を赤らめる。少しだけ照れくさそうに頬を掻いた。
「別に、当たり前だろ。カオリが元気なかったら俺は嫌だ……。なあ、カオリ」
そっとウィンディが花織の両肩に手を添える。俺ならあんな顔させたりしない。その言葉はまだ早い。この間のデートに誘った時の花織の反応でそれはよくわかった。ウィンディは真剣に花織の目を見つめて言葉を紡ぐ。
「また、俺と走ってくれるか?」
顔を真っ赤にして真摯に花織を見つめてウィンディが問いかける。さながらそれは告白のようだった。花織はウィンディの真剣さに一体何を言われるのだろうと警戒していたが、そんなことか、と表情を緩める。
「うん。また会えたら一緒に走ろうね」
ふわりと花織が爽やかに微笑む。さらさらと長い彼女の黒髪が風に揺れた。ジャパンエリアを背景に、控えめに微笑む彼女は、ただただ綺麗だった。