FFI編 第十二章
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結われた艶やかな黒髪が朝日に輝いて美しく揺れる。
いつ見てもお前の走る姿は俺の心を奪う。見つめているだけで飽きることは無い。影山総帥の件の解決により練習禁止から解放された喜びからか、いつにも増してその横顔は普段よりも楽し気に見える。
鬼道有人は早朝からバルコニーに出て外を眺めていた。彼の視線の先、階下には黒髪の少女がいて、走り出すためにストレッチをしているよ。その少女の名は月島花織、今も変わらない鬼道の愛してやまない人物。
友として傍にいられるだけで良いと思っていた。親友として、誰よりそれも彼女の恋人よりも信頼される相談者として存在しているだけでいいと妥協したはずだった。ただの一度も彼女への愛を途切れさせたことなどないのに。
――――花織。
今でもお前が好きだ。心底お前を愛している。この言葉を封印してからまだ数か月しか経たないのに心はもどかしく蠢こうとする。だから俺は少しお前を遠ざけようとした。
影山総帥との一件に花織の関与を避けたのも、ここ数日密接に花織に関わろうとしないのも鬼道の中の心境の変化があったためだった。本当ならば自分の手で彼女を守り、誰よりも傍で彼女の助けになりたいのに。鬼道はわざと花織から遠ざかっていた。
花織が熱に倒れる前、花織が風丸との間に何らかのことがあって悩んでいたことにはもちろん気づいていた。いつもの鬼道ならば、彼女の心を察し、すぐさま救いの手を差し伸べたことだろう。そうすれば花織が倒れるほど追い込まれることもなかったはずだ。
鬼道が花織と関わらないというその選択をしたのは、花織のために、そして何より自分のために花織を諦めようという気持ちがほんの少しだけ心の中で芽生えたからだった。
いつまでも花織を好きでいても報われることは無い。花織の心は動くことは無い。その現実を何度も突き付けられ、分かっているはずなのに今まで諦めることはできなかった。だから無理やりにも距離を開けてしまえばこの恋心が多少なりと薄れると思った。
だがその行動に意味はなかった。むしろ逆であった。離れよう、そう思うたびに彼女のことが気にかかった。自然と目で追うようになっていた。繕って笑い、悩む彼女を見ていてチクチクと胸が痛んだ。イタリア戦、影山総帥との試合を控えていてもなお、彼女のことが心配だった。むしろ彼女の無理に気付かない風丸の鈍感さに若干の苛立ちを覚えるほどに。
鬼道はじっと階下にいる黒髪のポニーテールの少女を見つめる。ただ見つめるだけで愛おしい。ふっと鬼道の口からため息が漏れた。
「鬼道」
ふと声を掛けられて鬼道は振り返る。薄暗い廊下を潜りバルコニーへ出てきたのは佐久間だった。まだ朝も早いのに早朝練習でもする気だったのだろうか。そんなことを鬼道は考える。
「佐久間……」
「一体こんな朝早くから何を見ているんだ?」
おそらくぼうっと鬼道がバルコニーから外を眺めているのが気になったのだろう。佐久間も鬼道と同じように柵に手を掛けて鬼道と同じ景色を眺める。そして彼も階下を覗き込めば目に映ったのは美しい黒髪の少女。
「……月島か」
ため息を交えたような声で佐久間が呟く。彼は鬼道の恋心を知っているから、鬼道がそこまで熱心に外を見ている理由を簡単に察した。佐久間はちらと鬼道の顔を見る。鬼道は少女を見つめて微笑んでいた、だがその微笑にはどこか寂しさが滲んでいる。
「……佐久間」
鬼道が小さな声で呟く。階下の少女が走り出そうとしたその時、鬼道たちの視線に気づいたのか彼女は振り返った。ここからでもよく見える。彼女は紛れもなく鬼道を見つめて笑顔を見せ、ひらひらと手を振った。鬼道はそんな彼女の愛らしい所作に口元を緩ませて手を振り返す。やはり、無理だ。
「俺はどうすればいいんだろうか」
走り出してしまった彼女の後姿を見つめて、消えてしまいそうな声で囁く。無理だ、諦めることなんて。この愛を捨ててしまうことなど俺にはできない。鬼道はぎゅうと手に持った青いマントを握りしめる。今はもう使わなくなった、彼女が繕ってくれたそれを今も大切に仕舞いこんでいる。自らの心と同じように。