FF編 第二章
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しばらくして花織がベンチに戻った時にはすでに後半がスタートしており、秋や音無に酷く心配された。なんでもない、と顔を強張らせつつも返事を返しいつもより一際大きな声援を雷門イレブンへと送った。結果は雷門の勝利に幕を閉じ、雷門中学は約束通りフットボールフロンティアの出場権を手にしたのだった。
「俺たち、フットボールフロンティアに出られるんだな」
「うん。おめでとう、一郎太くん」
嬉しそうに花織の方へ笑いかける風丸に、彼女はどこか複雑そうな表情をしていたがそれを微笑みに変えた。だが、やはり風丸が花織の様子がおかしいことに気付かないわけなどなかった。
「花織、なんだか元気がないな。具合でも悪いのか?」
風丸が花織に目線を合わせるように屈みこむ。心配そうに彼の茶色の瞳が、花織の黒い瞳を覗き込んだ。花織は堪らなくなって俯いてしまう。そんな風にされると、彼に対して罪悪感が益々募った。何も言わない花織に、風丸が花織へと目線を合わせるように肩に手を置き、顔を覗き込んだ。その表情は心底心配そうだ。花織は胸が苦しくなる。隠してはいられない、この事実を黙っているのはあまりにも狡い。
「一郎太くん……」
「どうした?」
花織はぎゅっとスカートの裾を握る。風丸が優しい声で花織に問いかければ、花織は風丸の目をちらと見て目を伏せた。そして肩に置かれていた彼の手を取り、そっと握る。
「花織……?」
「一郎太くん、ごめんなさい……」
花織は小さな声で呟く。その謝罪の意図が掴めなかった風丸は困惑した表情を浮かべて花織の表情を見ようとするが、花織は俯いたまま顔をあげようとはしなかった。
「今日、帝国にいる好きな人に会った……」
「……!」
「キス、されたの」
びくっと風丸の身体が動揺に揺れた。どうして、という疑問とやはりという思いが風丸の中で交錯する。ハーフタイム、彼女の姿がどこにもなくて酷く心配した。彼女が居なかったのはその男と会っていたからなのだ。理由が分かって風丸はその男に対して忌々しい感情を覚える。苛立ちを振り払って、ふと風丸は視線を落とす、自分の手を握る花織の手が震えていた。
「でも、抵抗できなかった。それどころかはっきり嫌だって、それすら思えなかったの。……ごめんなさい」
その言葉に風丸はまだ花織が帝国学園の誰か、鬼道のことを好いているのだと察した。しかしどうして、鬼道は花織へそんなことをしたのだろう。風丸は花織の手を強く握る。きっと答えは一つだけだ。
「酷いよね、私。鬼道さんのこと未だに引きずってて、一郎太くんのことが好きなはずなのに。彼に靡いたりして……。本当に最低」
今まで隠してきた名前を花織が呟いたことで風丸の中の先ほどの推測を確信に変えた。言葉を絞り出すように紡ぐ花織は心底辛そうに目を伏せている。風丸に対する罪悪感で胸が痛かった。しかしきっと風丸はもっと辛いはずだ。そう思えば花織の目には涙が浮かぶ。静かに顔をあげ、花織は困惑したままの風丸を見つめた。
「やっぱりダメだよ、このままじゃ。これからもきっと一郎太くんに嫌な想いをさせることになる。一郎太くんが好きな気持ちに嘘はないけど、私たち一緒にいない方がいい。別れた方がいいと思うの」
風丸をこれ以上傷つけてはいけないから。そう思った彼女の決断は受け入れられなかった。刹那、花織の身体は強く風丸に抱き寄せられた。風丸の長い髪が花織の頬を撫でる。花織の目は動揺に見開かれた。そんな花織の耳元に囁くように小さな声で、風丸が花織の言葉に返事をする。
「俺は、お前と別れたくない。それに花織のことを責めるつもりもない。お前が鬼道のことが好きだってこと、俺はちゃんと分かってる」
「でも……」
「花織は、少しでも俺のこと好きでいてくれてるんだよな?」
風丸は両手で花織の左右の二の腕を支え、花織の顔を覗き込んだ。花織は涙の浮かぶ目で風丸を見つめると静かに頷く。
「……狡いと思うけど、私は一郎太くんのことが好き」
「だったら、いいんだ。花織が俺のこと少しでも好いてくれてるなら、俺はこれでいい。前にも言ったが、少しずつ俺のこと見てくれればいいから」
「……ありがとう」
花織が少し微笑みを見せる。するとでも、と風丸が花織の腕を掴む力が強まった。ゆっくりと花織の顔に風丸の顔が近づく。
「すまない、どうしても一つだけ許せないことがある」
「え?」
「どうしても、鬼道がお前にキスをしたことだけは許せない。花織が悪いわけじゃないが、その……、妬けるんだ。物凄く」
彼の言葉を聞いて花織は了解するように目を瞑った。その数秒後に唇に触れた柔らかくて優しい感覚が、花織の中に温かな気持ちを溢れさせた。鬼道とは違う繊細な行為に、花織は瞳が潤むのを感じる。彼の口づけに応えながら花織は涙を零す。この期に及んで風丸を鬼道と比べるようなことをしている自分が本当に嫌になった。
風丸は家に帰ると早々に鞄を床に放り投げ、ベッドへと寝転がった。綺麗好きな彼は普段このような行動はとらないのだが、今日は無性にそうしたい気持ちだった。目を瞑れば花織の切なげな顔がすぐに思い出される。風丸は彼女にそんな表情をさせる鬼道への激しい嫉妬と何とも言えない焦燥感が胸の中で湧き出て渦巻いた。
花織が本気で鬼道のことを好いていることなど、初めから分かっていたはずだ。そんな花織を説得して関係を築きあげて。俺が代わりになるから、などと大口を叩いたのに、自分は何一つ花織を助けるようなことをしていない、風丸はそう感じずにはいられなかった。むしろ、俺のために花織を付き合わせて苦しめている。その事実が何よりも辛い。
それでも、花織を手放そうという気持ちにはなれなかった。どんな形でもいい花織の傍にいたい。花織の為に別れを切り出すという選択肢は無かった。花織を困らせても、欲が強くても何でもいい。その想いを捨てることができずに、このまま歪な関係を続けることを風丸は選んだ。