FFI編 第十一章
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合宿所にリカと塔子がやってきた。連絡もなしにやってきたのはみんなへのサプライズ、ということらしい。二人は挨拶もそこそこに交わす。花織も久しぶりに会う友人に声を掛ける。
「リカちゃん、久しぶり」
「花織! 元気にしとる? アンタのことやから、無理してないかちょっと心配やったんやで」
リカが腰に手を当て、花織の顔を覗き込んだ。花織はあはは、と誤魔化すように笑う。何しろリカの言っていることは図星だったからだ。先日まで体調を崩していたなんて情けなくて口にはできない。
「せや、花織。アンタにプレゼントがあるんや!」
ふとリカが思い出したように声を上げる。そしてたくさんの荷物の中から白い腕輪を取り出した。神秘的な光を放つその腕輪。花織は目を見開いてそれを見つめる。
「リカちゃん、これは……?」
「来るとき出店で貰ろたんや! ホンマは自分で使お思うとったんけど、アンタに似合いそうや思うてな」
リカはそう言って花織の手にその腕輪を載せる。花織はその幻想的なその腕輪になぜか見入ってしまう。綺麗、着けてみたい。そんな気持ちになって花織はリカを見つめる。
「貰ってもいいの……?」
「もちろんや! アンタのためにウチ、大事にここまで持ってきたんやで!」
どん、とリカが自分の胸を叩く。花織は嬉しそうに微笑んで腕輪に指をくぐらせた。すっぽりと腕に白い腕輪が嵌る。彼女の白い腕にぴたりとそれは合った。
「ありがとう!」
花織はリカに礼を述べ、本当に嬉しそうに腕輪を陽にかざしたりして眺めた。彼女の後ろに立っていた風丸を振り返り、見てとばかりに彼に腕を差し出す。
「どうかな、一郎太くん」
「ああ、いいんじゃないか?」
風丸は正直、何とも言い難くて言葉を濁して花織を褒める。リカは風丸の背中をバシッと叩き、女の誉め方が下手や! とツッコミを入れる。風丸はそんなリカに苦笑した。
「そういえば塔子も持ってんねんで」
「だからあたしは趣味じゃないってば、こういうの」
リカがそう言って話を塔子に振る。塔子は鞄から紫色の腕輪を取り出した。みんなに見えるように腕輪を差し出す。
「私も、好みじゃないかも……」
秋が腕輪を見て言う。中々に腕輪の評判は良くないようだ。綺麗なのに、と花織は紫の腕輪を見てそんなことを思う。そして自分の腕で輝く腕輪を見つめた。うん、何度見ても綺麗だと思う。
「私はこれ、カッコいいと思うけどなあ」
秋の後ろから春奈が歩み出て塔子の手から腕輪を受け取った。そして腕に嵌めてみる。きらりと一瞬腕輪が光った。それをみて春奈は微笑み、離れた場所にいた冬花に声を掛けた。
「ね!冬花さん、着けてみます⁉」
「え、私は……」
冬花の傍に歩み寄る春奈に、冬花は遠慮がちに声を上げる。だが春奈は冬花の元へ辿り着く前に足を止めた。戸惑ったように春奈があれ、と声を上げる。
「どうしたんですか?」
「取れないんです」
ざわっと皆がざわめく。花織ももしやと思い自分の腕輪に触れ、腕輪を外そうとしてみる。だが腕輪は腕に固定されてしまったかのようにぴったりと嵌ってびくともしない。
「花織、取れるか?」
風丸が心配そうに横から花織に尋ねる。花織は不安げに風丸を見上げて首を振った。風丸がえっ、と声を上げて花織の手に触れる。
「取れない、みたい……」
「花織、ちょっと手え貸してみい」
花織が腕輪を嵌めた腕を差し出せば、リカが花織の腕を取って腕輪を引っ張る。だがやはり腕輪はびくともしない。
「何やの、取れへんやん‼ あのおっさん、とっ捕まえて文句言うたる‼」
「何が伝承の鍵だよ、とんだ不良品じゃん!」
リカと塔子が口々に文句を言った。そんな彼女たちの言葉に何かをひらめき、飛び出したのは円堂たちに大介さんの最後のノートを届けに合宿所へと来ていた夏未だった。
「ちょっと待って、今なんて言ったの?」
「え……、だから不良品って」
塔子が直前の言葉を繰り返す。夏未は真剣な顔をして強く言葉を放った。
「じゃなくて何とかの鍵って」
「伝承の鍵、天と地の王がどうのこうのって言ってた」
塔子が店番の老人が言っていた言葉を思い返す。伝承の鍵、天と地の王の元へ導いてくれる。たしかそんなことを言っていた。夏未はその塔子の言葉を聞いて深く考え込むような表情をした。
「もしかしてそれはライオコット島に伝わる魔王伝説と関わりがあるのかも……」
❀
花織と春奈の腕輪を見た夏未は何か覚えがあるようで、彼女はイナズマジャパンの面々をミーティングルームに集めてライオコット島に伝わる伝承の話を語った。
遥か古代の事、このライオコット島は天界と魔界が交わる場所と言われていた。天界の民と魔界の民は互いに覇権を争い、長い戦いを繰り広げたが決着がつくことは無かった。不毛に続く戦いを終わらせるために彼らは人間が用いる力の優劣を決める手段で戦い始めた。それがサッカーだという。
勝負の結果、天界の民が勝利した。そして魔界のリーダーである魔王は封印され、長かった戦いは終わりを告げた。魔王封印後、天界の民と魔界の民はライオコット島中央にあるマグニード山に住み着いたと言われている。
あくまでも伝承、だがマグニード山に昔から住んでいる先住民の少年たちの中には展開と魔界の力を操ることができる者もいると言われている。そのお話に出てくる伝承の鍵が春奈とそして花織のつけているものとそっくりだった。これが古代から伝わる本物であるかは分からないが、外れないところを見るとレプリカとも言い切れない。具体的にどう使ったかは謎であり、それぞれ天界の民と魔界の民が何らかの儀式に使ったのではないかと言われている。
その話を聞いて花織と春奈は別に大きく動揺することは無かった。あくまでも伝承に過ぎないし、何より外れないこと以外の実害はない。外そうと思えばいくらでも方法はあるだろうし、人間の作ったものならばいずれ外れるだろうというのが、彼女たち二人の見解だった。
というわけで、ミーティングルームに集められていた面々は解散し、練習に戻った。花織も一人合宿所に残って雑事をしている。まだ病み上がりなのと、今まで体調を崩していたせいでチームに迷惑を掛けてしまった。今日はリカと塔子もいることだしとため込んでいた仕事を済ませることにしたのだ。
それにしても。花織は食堂の窓から外を眺める。午前中は晴れていたはずなのに、今はどんよりと空が曇っている。今日は一日中晴れの予報だったのに。雨が降り出さないうちに洗濯物を取り込んでおいた方が良いかもしれない。花織はそんなことを考えて外に出る。雨の匂いはまだしないけれど、いつ振り出してもおかしくないような天気だ。
花織が洗濯籠を手に、外へと出る。洗濯物を取り込んでいるさなか、ぼうっと左腕に嵌めた腕輪が光を帯びたような気がした。
「えっ……?」
花織は驚いて洗濯物を取り込む手を止める。左手首に嵌めた腕輪をじっと見つめた。外してみようと力を籠めるも、やはり外れはしない。……気のせい、だったのだろうか。
「おったおった! 花織‼」
花織が腕輪を見つめていると背後から勢いよく名を呼ばれた。振り返るとリカがこちらに向かって駆けてきている。花織はリカを見て首を傾げる。何やら慌てているようだが、何かあったのだろうか。
「どうしたの、リカちゃん」
「どうしたの、やないで! イケメンがぎょうさん来とるんや! アンタもこんなところで一人でおらんと、はよこっちおいで」
グイ、とリカが花織の腕を引っ張る。訳が分からなくてリカに歩きながら事情を聞いてみるとどうやらAブロックを共に戦ったチームの代表が日本代表にエールを送りに来たのらしい。イギリスのエドガー・バルチナス。アルゼンチンのテレス・トルーエ。アメリカのマーク・クルーガーとディラン・キース。そして決勝トーナメントに進出したイタリアのフィディオ・アルデナ。
そしてせっかくこれだけのメンバーが集まったのだからと今から紅白戦を行うのだそうだ。彼らをチームに混ぜ、適当にくじ引きでチームを分け、もうすでに試合を介しようとしているらしい。確かにそんなドリームマッチは見なければ損かもしれないと花織は思う。
「たまには風丸以外の男もちゃんと見た方がええで、花織」
「別にそれは……、遠慮するけど」
リカがびしっと言った言葉に花織は苦笑して首を振る。他の男性もとても魅力には溢れると思うけれども、彼女には風丸以上の男性はいない。それはもう、随分前から彼女の中で分かり切っていることだ。
グラウンドへ向かって階段を下りる。すでに試合はキックオフしているみたいだ。花織とリカは小走りでベンチへ急ぐ。それにしても天候が優れない。ついにはゴロゴロと雷も鳴り始めたようだ。ピシャンという音と同時にあたりが光に包まれる。そうとう近くに落ちたみたいだ。
「きゃっ」
思わず花織もリカも耳を塞いでしゃがみ込んでしまう。試合も一時ストップしたようだ。このままプレイするのは危険かもしれない。そう思いながら花織が目を開ける。するとぼんやりとした光が自分の腕を包んでいるのが見えた。
「えっ……」
花織の腕に嵌めた腕輪が白く光り輝いている。でもいったいなぜ。花織は驚き、唖然としているとリカが花織を振り返った。そして彼女の腕の輝きを見て同じように驚いたような顔をする。
「ちょ、何で、こんなんなってんの……⁉」
リカが花織の腕を取る。そして腕輪を引っ張って外そうとした。でもやはり外れない。それと同時に近くからも悲鳴が上がる。二人の視線がそちらへ向いた。紫色の光がここからでも見える。春奈の腕に嵌った腕輪も光っているのだ。
「何なんですか……?」
「これ……。夏未さんの言っていた話は」
「まさか、あれは伝説よ」
マネージャーたちがおののきながら声を上げる。ピッチに立っていた塔子が眉を吊り上げて言葉を吐いた。
「あの爺さんたち絶対怪しかったもん。やっぱり何かあるんだよ」
風丸はその言葉を聞いて何となく嫌な予感が自分の胸を過る感じがした。ストップした試合を置いて花織の元へと駆け寄る。彼女の腕に嵌った腕輪は今もなお、光り輝いている。
「大丈夫か、花織」
「一郎太くん……」
不安げな表情をして花織は風丸を見上げる。突如、グラウンドにある照明塔に雷が落ちた。あたりは激しく光り、衝撃に各々身を守る。風丸も思わず花織を抱き寄せて彼女の頭を守るようにして身をかがめた。
衝撃が和らいで風丸の腕の中で花織が顔を上げる。風丸は花織が無事であったことに安堵してゆっくりと彼女を拘束していた腕を解いた。
「ありがとう、一郎太くん」
「ああ」
彼女から離れた、その一瞬が命取りだった。円堂さん、上‼と立向居が叫ぶ声がフィールドに響く。その瞬間、ゴールのクロスバーの上に何者かが現れ、サッカーボールを空へと蹴り上げた。ボールは真っ直ぐに風丸の方へと飛んできて彼の身体を衝撃で吹き飛ばした。
「くぅ……っ」
彼の身体は地面に叩きつけられる。風丸が衝撃の痛みと舞い上がった砂埃に目を細めた。砂埃が消え、視界が明瞭になった時には花織の目の前に見知らぬ男が立っていた。
長い髪をみつあみにした、奇妙な服装を身に纏った少年。先ほどゴールのクロスバーの上に立っていたものと同一人物だろう。一体どこから現れたのかもわからない。まるで天使のような。
「な、何……?」
得体のしれないその少年に、花織は怯えて地面にぺたんと座り込んでいる。その不安げな眼差しが少年を見上げていた。少年は不敵に微笑み、花織に告げる。
「迎えに来た」
そう言って花織の額に少年が指を向ければ、花織の意識は奪われた。瞳は光を失い、ゆらりと身体を揺らして立ち上がる。少年は微笑み、花織の身体に触れようとした。
「花織……っ‼」
風丸が痛む身体を押して立ち上がる。風丸の瞳は得体のしれないものに対する恐怖よりも、花織に襲い掛かる不審者へ対する怒りをこめたものへと変わった。彼は顔を顰めると同時に立ち上がって駆けだした。
「花織に触るな‼」
その不審者を花織から引き離そうと手を伸ばす。だがそれに気が付いた少年は不愉快そうに顔を顰め、サッカーボールを蹴り上げた。
「人間、邪魔をするなっ‼」
彼は風丸に思い切りボールを蹴りつける。そのボールは真っ直ぐ花織に向かって走っていた風丸に直撃した。風丸の身体が数メートル飛ぶ。再び地面に叩きつけられると同時に、同じく花織の元へ駆けだそうとしていた鬼道が風丸の身体を支えた。
「風丸! 大丈夫か?」
「ああ、でも花織が……っ」
風丸が腹部を抑えて鬼道の助けを得て、身体を起こそうとする。するとボールを蹴りつけた張本人、奇妙な少年が風丸の傍まで歩み寄った。風丸を見下すような微笑みを張り付けて花織を横抱きに抱いている。
「これ以上の邪魔だては、恐ろしい結末を迎えることになるぞ」
風丸は少年を強く睨む。花織、と腕に抱かれた彼女の名前を呼んでみるも、花織は意識を失っているようで少年に抱かれたままだ。風丸がゆっくりと立ち上がる。腹部を抑えながらもぎろり、と奇妙な少年を睨みつけ、低い声で声を放った。
「花織を放せ」
「フン、まだ邪魔をするというのか。愚か者よ」
もう一度少年が風丸にボールを蹴りつけようとする。だがそのボールの行く先は突如上がった春奈の悲鳴によって変えられた。ボールは風丸とは違う方向へ向かって飛んで行く。その先にはこれまた奇妙な衣装を身に纏った少年が春奈の前に立っていた。
「失せろ、ここはお前たちのような邪悪な者共の来る場所ではない」
いつの間にか風丸の前からいなくなっていた白い服を着た少年が、黒い服を着た少年に厳しい声で言う。二人は向き合って何やら言い合いをしているようだった。黒い服を着た少年が白い服を着た少年に指をさす。
「偉そうに言ってんじゃねえよ、お前こそ消えろ! 世界は魔王と魔界軍団Zが支配するって決まってんだよ」
「笑止、世界をすべるは天の輝きのみ。天空の使途が今ここでお前を成敗してくれよう」
魔界と天界、ここにきてライオコット島に伝わる伝説で出てきたワードが二人の少年の口から飛び出す。その言葉を聞いてざわざわとジャパンの面々は口々に憶測を述べた。彼らは天使と悪魔だとでもいうのだろうか。風丸は衝撃の展開にいつの間にか立ち尽くしていた。
「きゃっ!」
黒い服をきた悪魔のような男が乱暴に春奈の肩を掴んだ。それと同時に風丸の背後から鬼道が走り出す。春奈の名を呼んで、男に突っ込んだ。だが今度は鬼道がボールに吹き飛ばされる。
「お兄ちゃん‼」
春奈が鬼道に駆け寄ろうとするが、悪魔のような男に腕を掴まれる。男はにやりと口元に笑みを浮かべて春奈を見つめた。男の目が怪しく紫色の光を放つ。
「お前は選ばれた、魔界にな」
その言葉と同時に一際大きな雷の光がフィールドを包んだ。風丸は眩しさに目を瞑って腕で光を遠ざける。光が書き消えたその時、男たちの姿も春奈とそして花織の姿もそこにはなかった。