FFI編 第十章
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翌朝、目を覚ますと昨日の亀崎カッパと名乗る人物が姿ともう一人、カッパにそっくりな人物が花織らの前に姿を現した。彼らに誘われる彼らはヒロトと木暮にサッカーバトルを挑んだ。どうやらヒロトらとサッカーバトルがしたかったようだ。カッパたちの実力に圧倒されながらも、ヒロトと木暮は何とか一点を返した
そして試合後、カッパに帰り道を教えてもらい、彼らは合宿所へと戻った。だが奇妙なことが起こった。花織たちは間違いなく外で一泊したはずなのだが、合宿所に戻ってみるとまだ一時間ほど、花織がヒロトたちを探しに出てから三十分ほどしか時間が経っていないことになっていた。
午後の練習に入る直前、こっそり花織はグラウンドに出ようとしているヒロトに声を掛けた。木暮は染岡にまだ締め上げられながらもうすでに外へ出ていった。食堂にはヒロトと、他はマネージャーだけが残っている。ヒロトは花織を見つめ、首を傾げた。
「昨日のこと、夢じゃないよね?」
自分の頭がおかしくなったのではないか、まずはそこを疑い、花織は不安げな表情を見せる。ヒロトは花織の言葉に頷いた。
「俺もはっきり覚えてる。だから……、夢じゃないと思う」
「でも……」
花織は納得がいかないようだ。眉を顰めて大きくため息をついている。ヒロトは花織の頭をぽんぽんと額から髪を撫でて微笑む。
「河童の力、ということでいいんじゃないかな」
「……うん。ヒロトさん」
花織がヒロトを見上げる。ここでヒロトは彼女の違和感に気づいた。いつもは白い頬が頬が赤い、彼女の真っ黒な瞳が潤んでいる。そして少し息が荒い。
「昨日の話、一郎太くんには秘密にして……」
今触れた彼女の額は、尋常ではなく熱かった。
そう思った瞬間、言葉を言い切る前にふらり、と彼女の身体がよろめく。ヒロトは目を見開いた。その場に倒れ込もうとする花織の身体を何とか受け止めてその場にしゃがみ込む。
「花織さん!」
ぐったりとした彼女の声を呼んで、ヒロトは花織の額に手を伸ばす。やはり、熱い。間違いなく熱がある。ここの所の無理が積み重なり、昨日の野宿が引き金になったに違いない。そういえば昨夜、彼女は咳き込んでいることがあった。
「花織ちゃん! どうしたの⁉」
「花織先輩⁉」
まだ食堂に残っていた秋と春奈が花織とヒロトの傍に駆け寄る。花織は目を伏せて、ふうふうと荒く息を繰り返している。ヒロトは顔を顰める。抱きしめた花織の身体は燃えるように熱い。今まで、外でヒロトたちがカッパとサッカーをしている間も、かなり辛かったに違いない。
「基山くん! どうしたの⁉」
「急に花織さんが倒れたんだ。熱があるみたいだから、早く休ませた方がいい」
ヒロトが事情を聞いてきた秋に伝える。とにかく彼女を部屋に寝かせないと、そう思ってヒロトは花織の身体を抱き上げようとした。
「わ、私、風丸先輩を呼んできます!」
動揺した様子を見せている春奈が、そういってグラウンドへ駆けだそうとした。だが花織がか細い声でダメ、と呟いた。
「春奈ちゃん、ダメ……」
「花織ちゃん?」
春奈は花織の声に足を止め、秋が花織の顔を覗き込む。彼女はうっすらと目を開け、二人を秋と春奈を見ながら力なく言葉を紡ぐ。
「一郎太くんには、言わないで……。心配かけたくない」
つうっと彼女の瞳から涙が零れ落ちる。彼女の心の中で今渦巻いているものは、何だろう。この期に及んでも彼女が心配しているのはきっと、風丸のことばかりなのだ。ヒロトは黙って花織を横抱きにして抱え上げた。そして春奈と秋に告げる。
「俺は花織さんを部屋に連れて行くよ。木野さんと音無さんは、花織さんに着替えを準備してあげてほしい。……風丸くんには悪いけど、花織さんの言う通り練習が終わるまでは花織さんのことは黙っておこう」
うつらうつら、花織は揺蕩う波の中に沈んでいるような感覚を覚えていた。あれから花織はヒロトに自室のベッドまで運んでもらい、秋に手伝ってもらって着替えを済ませた。監督には春奈から話がいっているとのことだ。ヒロトと春奈が黙っていてくれれば、風丸には花織が倒れたことについては伝わらないだろう。
「秋ちゃん……」
ベッドサイドで花織のために氷嚢を交換してくれる秋を見つめて花織が秋を呼んだ。世界がぼんやりとしているのは、止まらない涙のせいだ。
自分のせいでチームに迷惑を掛けている。本当なら秋も自分もイナズマジャパンのためにやらなければならないことが山ほどあるのに。
「どうしたの、花織ちゃん?」
「ごめんね、迷惑かけて……」
ポタポタと涙を枕に落として花織がベッドの中で蹲る。からりと氷嚢の中で氷がこすれ合う音がした。花織はベッドの中で蹲って膝を抱き、言葉を続ける。
「私、マネージャーなのに。しっかりしなきゃ、いけないのに」
風邪を引くと心も弱くなるというのは本当のことなのかもしれない。あの気丈な花織がめそめそとしていることに秋は少し驚く。
思い返せば、彼女が体調を崩すのも無理はなかったのかもしれない。秋が朝、目を覚まして台所へ向かえば花織はもうすでに朝食の下拵えを始めていて、聞けば洗濯も洗って干すところまで済ませてしまっていた。
練習熱心な彼女のことだから、自分のトレーニングもしていたことだろう。考えるだけでも身体を追い詰めているのだから、体調を崩すのはいつであってもおかしくなかったわけだ。
でも、なぜここまで彼女は無理をしていたのだろうか。
「秋ちゃん……」
そんなことを考えつつ、秋が花織の部屋を出ようとすると、花織のか細い声が秋を呼んだ。秋は振り返る。秋はそっと花織の隣に掛けて彼女を見つめた。
「なあに、花織ちゃん」
「一郎太くんを、この部屋に入れないで。……ううん、一郎太くんだけじゃなくて。選手はみんな」
口元まで布団をかぶって花織は秋に言い付ける。うるうると熱で潤んだ瞳から涙がぽろぽろと零れている。秋がその涙を拭おうとしても花織は身を縮めてそれを拒否する。
「うつったら、いけないから」
本当は、寂しくて心細くて仕方がないだろうに。秋は心配そうに顔を顰めて花織を見つめる。風邪を引いてしまった時、酷く寂しくて切なくなるのは万人に共通するものだと思っている。花織だってきっと同じに違いない。でも彼女は一番傍にいてほしいであろう人物を遠ざける。
もちろん、マネージャーとしてなら選手を遠ざけたいと思うのは当たり前だ。イタリア戦をすぐに控えているのだから、万が一選手に風邪がうつったりなどしたら大変なことになる。花織の発言はマネージャーとしては間違っていない、けれども。
「うん。……できるだけ、そうするね」
秋は曖昧な言い方をして花織の部屋を出る。選手のことを考えるなら花織の言うとおりにするのが一番いい。でもイナズマジャパンは花織を含めてのチームなのだから、チームにとって良い方法を取るのが一番いいに決まっている。
❀
練習が終わって風丸は飛ぶように速く、花織の部屋へと向かった。
午後の練習が始まってから花織の姿が見えなかった。それが気にかかった風丸はそれとなく秋や春奈に彼女の所在を訪ねたが、秋や春奈は風丸に曖昧に誤魔化した。
だが彼女たちが何かが生じていることを隠していることにはすぐに気が付いた。他にも花織と練習前に話していたヒロトが心配そうに宿舎を見つめていたり、花織が普段やっている仕事を分担している秋たちの会話を小耳に挟めば、真実はすぐに明らかになった。
練習が終わって秋を問い詰め、花織が午後の練習直前に倒れたということを知った。
何故、彼女の体調不良に気が付かなかったのだろうか。風丸はそうやって自分を責めたりするよりも花織を心配する方が先だった。秋からその話を聞いてすぐ、秋が自分を引き留める声も聴かずに宿舎へと走った。乱雑に靴を脱ぎ捨てて階段を駆け上がる。
「……はっ、は」
彼女の部屋の前で一度息を整えた。きっと彼女は眠っている、起こしてはいけない。風丸は軽くノックをして花織の部屋の扉を開いた。
綺麗に片付けられた部屋。机には勉強した後だろうか、ノートと教科書が積まれている。だが風丸の視線は膨らんだ彼女のベッドに向けられていた。髪を揺らして彼は歩を進める。彼女のベッドの傍に膝をついて風丸は花織の顔を覗き込んだ。
いつもは白い頬に差した赤。両手を口元に当てて荒く呼吸を繰り返している。そして伏せられたまつ毛は濡れていて、涙の流れた跡がある。
「花織……」
躊躇なく花織の手を握って、風丸は花織の髪を撫でる。力なく花織の手が風丸の手を縋るように握り返した。風丸は少し安心したように微笑むが、彼女の体温がいつもよりもかなり高いことには気づいていた。
「風丸くん……!」
ドアの隙間から秋が風丸を呼んで手招きした。花織の無事を確認したのだから、早く出て来いということらしい。だが風丸は首を横に振る。花織の手を握り返して秋に花織を起こさないように低い声で返す。
「花織の看病は俺がやる。だから木野たちはマネージャーの仕事をしててくれ」
「看病するって、風丸くん……!」
秋が困ったような顔をして風丸を見る。花織に言われた通り風丸を完全にシャットアウトする気はなかったが、風丸に花織を看病させる気も秋には無かった。ただ風丸を安心させるために少し花織の顔を見せる、そうすれば風丸は安心するだろうと思って彼を部屋へ向かわせたのに。
「……ん」
熱い吐息を漏らし、花織が少しだけ目を開けた。ぼんやりとした表情でただ彼女は呆然としていたが、数刻したあと自分が何かを握っていること、そして自分の目の前に誰かがいることに気が付いたようだった。
「花織」
「……なんで、」
動揺に掠れた声が小さく紡ぐ。潤んだ瞳が風丸を驚いた風に見上げた。風丸は花織の髪の撫でていた手を彼女の頬に滑らせて微笑む。
「大丈夫か、花織?」
「一郎太くん……。……なんで、ここにいるの」
秋には彼を入れないようにと言ったはずなのに。目を見開いている彼女は動揺し、いつの間にか握っていた彼の手を離そうとする。だが、風丸の方が花織の手を離さなかった。
「何でって、花織が倒れたって聞いたから」
「でも、わたし……、秋ちゃんに」
絶対に頼んだはずなのに。花織は曖昧な記憶を辿る。辛くて、苦しくて堪らない中でもそれだけは念押ししたつもりだ。優しい風丸のことだから間違いなく自分を心配してここへやってくると分かっていたから。風丸はそんな花織の意図を汲んでぎゅっと手を握る。
「俺が、木野たちを押し切って無理やりここに来たんだ」
優しい茶の瞳。花織は唇を噛んで目を伏せる。静かに赤い頬に涙が伝い落ちる。やっと眠りにつくことで止まったはずの涙は、伝い落ちて枕を静かに濡らす。
「うつっちゃうから。お願い、部屋から出て……。一郎太くんにうつっちゃったら私………、みんなに顔向けできない」
身体を起こして、できることならば今すぐ風丸を部屋の外へと押し出してしまいたい。なのに体がだるくてきつくてそれすらままならない。それでも何とか花織は手をついて身体を起こす。ふらふらして身体が重い。荒く花織が息を吐く。
「花織」
風丸はそんな花織の身体をぎゅうと抱きしめた。力の入らない花織の身体が風丸に預けられる。熱い身体、まだ熱は高いようだ。風丸は逞しい腕で花織を支え、はっきりと言い切る。
「大丈夫だから、何も気にするな」
「でも……、わたし」
ふうふうと荒い呼吸、風丸は強く花織を抱く。辛いだろう、苦しいだろう。この苦しみを取り除いてやりたいと風丸は思う。その手段を思いつかないわけではない。風邪はうつせば治るというが、さすがに選手である自分が貰ってしまっては花織が一生責任を感じて悔やむだろう。
「花織」
胸に抱いた彼女の身体を支え、ゆっくりと横たえる。強く花織の手を握りしめて花織を見つめた。黒い瞳が潤み、未だ涙をこぼしている。風丸を見つめて心配するような瞳。今心配されるべきなのは俺じゃないのに、風丸はふっと目を細める。
「俺の心配はいいから。大丈夫さ、俺はそんなに軟じゃないよ」
頼もしく風丸が笑って見せる。花織を安心させるように優しい声で言葉を掛けて、花織の髪を撫でる。その動作一つ一つが、花織が張っていたバリアを取り除いていく。
「花織は頑張りすぎたんだよ。だから、今はゆっくり休んでいい」
風丸に釣り合おうと無理をしてきた。イナズマジャパンのマネージャーとして相応しくあるように努力してきた。花織は俯く。
「……でも私、マネージャーなのに。選手に迷惑かけるなんて」
「いつも俺たちは花織に支えてもらってるよ。必要以上に無理をする必要なんてないんだ」
誰も踏み込むことのできなかった彼女の心の領域へ風丸は簡単に侵入する。
「……それに、たまには俺に甘えてくれないか。俺は花織の彼氏なんだから」
どきん、と花織の心臓が大きく拍動する。熱で速まっていた鼓動が益々速くなった。花織は口を開いたが言葉を見失い、何も言えなかった。花織はとめどなく涙を流して、弱弱しく自分の手を握る風丸の手を握った。
「……っ、一郎太くん」
「なんだ、花織」
柔らかく風丸が微笑み、花織を見つめる。花織はようやく心からの願いを風丸に対して口にした。
「少しだけ、傍にいて……」
消えてしまいそうなほど小さな声で紡がれた花織の願い。風丸はそんな花織の切実な願いごとに愛おし気に微笑む。優しく風丸は花織の黒髪を撫ぜて、花織の手を握る力を強める。
「ああ。いくらでも傍にいるよ」
彼の茶色の瞳がゆっくりと細められる。
「花織が傍にいないと俺は頑張れないんだ」