FFI編 第十章
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その日の夜、マネージャーの仕事が終わってから花織は自室にひとりこもっていた。日課の筋トレもストレッチも何もする気になれなくて一人ベッドで膝を抱えている。
今日、自分が益々嫌になった。たった一瞬で嫉妬心を増幅させてウィンディにはっきりとした態度をとることもできなかった。それどころか、マネージャー業務だって滞らせてチームを巻き込んで迷惑を掛けてしまった。
ちらりと机の上に放置された、編みかけのミサンガに目を向ける。青・赤・白で編まれたトリコロールカラーのミサンガ。まだ始めたばかりで止まってしまっているそれ。
あの日考えた、風丸へのプレゼント。
何にしようかを考えて、自分の気持ちを込められるものに決めた。一列一列に、自分の時間を使って花織は丁寧に、風丸の勝利と活躍だけを願ってその気持ち一色だけにしてミサンガを編んでいた。純粋な気持ちしか編み込みたくなかったから、少しでも気が乗らなければ決してそれには触れない。形がほんの少しでも崩れればまたそこまで戻って編みなおす。
……でもこんな調子じゃ、FFIが終わるまで編み終わらない。
花織は自分の膝に顔を埋める。ここの所、ずっとこんな調子だからいけない。走ることを禁じられているためストレスの捌け口がない、というのも原因だろうが知らないところで確実に進行している冬花と風丸の関係に花織は気持ちを揺さぶられている。
自分で考えてみても、嫉妬ばかりで嫌な女。限りない自己嫌悪で気持ちが悪いくらいだ。
花織は深くため息をつく。ダメだ、このまま部屋に閉じこもっていても気が滅入るだけだ。ベランダに出て外の風に少し当たってみよう。
花織は思い立って立ち上がる。作りかけのミサンガをノートの下に隠して彼女は部屋を出た。
❀
外に出ると涼しい夜風が花織の黒髪を揺らした。花織は髪を抑えてグラウンドを見つめる。さすがに消灯時間前の今、自主練習をしている者はいない。花織はベランダの手すりに腕をついてぼんやりと階下を眺める。一面真っ暗でまるで彼女の気持ちのようだった。
「花織さん」
彼女の背後からほんわりとした声が花織を呼んだ。花織は髪を抑えて背後を振り返る。彼女の背には後ろ手に手を組んだ銀髪の少年の姿があった。
「士郎くん……」
「珍しいね、ひとりかい?」
「うん」
吹雪の問いに困ったように花織が微笑む。普段、マネージャーの仕事が無い場合、部屋にいる以外は、花織は食堂で風丸と過ごしていることが多い。そうでなければ鬼道と話をしていたり、風丸と共にヒロトや吹雪と話をする。とにかく風丸と同じ空間にいることが多い彼女が、ひとりでいることは少ないのに。
「少し、外の風に当たりたくて」
「僕も一緒にいいかな」
吹雪が花織の隣に歩み寄る。柔らかな笑顔と、声色。人を癒すような空気を持つ吹雪。花織は表情を緩めて夜風に揺れる髪を耳に掛けた。
「うん、いいよ」
「ありがとう」
にっこりと吹雪は微笑んで花織の隣に立つ。ふと隣に立った吹雪が何かを手に持っていることに花織は気が付いた。花織はそれが何か気にかかって首を傾げる。
「どうしたの、花織さん」
吹雪の手元を気にする視線に気が付いたのか、吹雪が不思議そうな顔をして花織を見た、がすぐに彼女の意図に気が付いた。彼は手に持っていたそれを花織の前に差し出す。花織にも見覚えのあるそれ。
「ああ、これ。アツヤのマフラーだよ」
「アツヤくんの……」
見覚えがあったわけだ。なぜならこれは吹雪がイナズマキャラバンで旅をしているとき、ずっと身に着けていたものだからだ。彼が悩みを解消したときに外し、そして大切に仕舞っておくと言っていたあのマフラー。
「花織さん、よかったらちょっと巻いてみて」
「え、でも……」
吹雪の突然の提案に花織は戸惑う。吹雪が何よりも大切にしていたマフラー、それもアツヤの形見。他人にそう易々と触れさせても良いものだろうかと。だが吹雪はいいから、と花織の首に簡単にマフラーを巻き付ける。温かくふわりとした感覚が花織の首元を包む。
「花織さんに貸すために探してたんだ」
「私に?」
花織は吹雪のマフラーに手を触れて吹雪に問いかける。吹雪はうん、と首を縦に振って花織を見つめた。深緑色の柔らかい瞳が花織に微笑みかける。
「僕は今でもたまに、どうしようもなく寂しくなったり辛くなったりする時があるんだ。本当に時々だけどね」
「……うん」
無理もない話だ。ずっともう一人の自分に縋って生きてきた吹雪。急にもう一人の自分がいなくなってしまったような感覚は他の者に共有できるものではないだろう。花織は黙って吹雪の話を聞く。
「そんな時にこのマフラーを巻くんだよ。こうしてると元気をもらえるんだ」
吹雪はそこまでいって目を細める。じっと花織を見つめ、ふんわりと微笑みかける。
「今日の花織さん、なんだか少し元気がないみたいだったから。だから僕の元気を分けてあげる」
花織は目を見開いた。昼間の出来事、きっと吹雪は花織が嫌な感情を抱いたことに気づいたのだ。だからこうして、励まそうとしてくれたのだろう。花織はマフラーに口元を埋めて唇を噛む。やっぱりすぐに感情を露わにしてしまう自分を情けないと思った。
実際は花織が分かりやすいというよりも、花織のことをよく見ている者がいる、というだけなのだが。
「ありがとう、士郎くん……」
吹雪の心配は素直に受け止めて花織は礼を言い、目を伏せる。吹雪はうん、と頷いた。花織は彼のマフラーを握る。深く息を吸い込めば、洗剤のいい香りがする。ただただ温かくて優しい感覚。
「温かいね。なんだか元気が湧いてくる」
「本当? よかった」
吹雪が嬉しそうに微笑んだ。花織はマフラーを握ったまま、吹雪につられて口元を緩めた。が、彼女の心は励まされると同時に、やはり自身への情けなさも覚えていた。
選手に励まされるなんて、マネージャー失格だ。
気持ちを何とか奮い立たせる。醜い焼きもちなんて焼いている場合ではない。まず、日本代表選手のマネージャーとしてもっと頑張らないと。
「私、明日からも頑張るね」
「うん。……花織さん」
決意を秘めた言葉を花織が呟く。吹雪の表情が少しだけ心配そうなものになった。今言葉を呟いた彼女の深刻そうな表情を見て、花織の悩みが取り除けていないことを吹雪は悟る。
……少しでも君の不安を取り除けたらと思ったんだけど、逆効果だったかな。
「無理はしないでね」
ぽんぽん、と吹雪が花織の頭を撫でる。大丈夫だよ、と笑う彼女。決して今の状態が大丈夫ではないことを吹雪も、花織自身もよくわかっていた。