FFI編 第十章
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午前中のハードな練習が終わり、選手たちは昼食を食べに合宿所内へ戻る。秋と冬花と目金は合宿所内で昼食の準備を、花織と春奈は外でグラウンドの整備と片づけを行っていた。花織はグラウンドにブラシを掛けながら一人悶々とした気持ちを抱えていた。
昨夜、冬花と風丸が仲良くしている姿を見てしまってからやけに二人が仲良くしているように見えてしまう。しかもそれは何となく錯覚ではないと花織は考えていた。
なぜならば二人は昨日までは、普段交わしもしなかった言葉を掛け合っていたりしたからだ。それだけではない、何やら意味深な目配せをしている場面もあった。
花織は風丸をよく見ている。練習中だからということに加え、昨晩のモヤモヤとした気持ちを残したままだったから余計に今日は彼を見ていた。そして何やら仲良さげな二人を見て、不愉快な気分を抱いている。そしてそんな自分に嫌悪していた。
自分だって冬花のように風丸以外の選手と語らうし、笑い合う。当たり前のことだ。風丸はそれに対してどう思っているのか花織は分からないが、彼は花織に他の選手と話すことをやめろと言ったことは一度もない。
――――余裕を持って、しゃんとして。風丸選手の恋人なら。
花織は立ち止まって深呼吸をする。心に余裕がなくて、幼いからいけない。風丸のことになるとどうしても客観的に物事を見ることができなくなってしまう。
花織は自分自身に対して深くため息をついた。風になびく横髪を耳に掛け、再び歩く足を再開させようとしたその時だった。
「カオリ‼」
遠くから自分を呼ぶ声。花織と、近くでボール入った籠を押していた春奈もその大声にきょろきょろとあたりを見回して声の主を探した。声の主はすぐに花織の視界に入ってきた。空色の髪にバンダナを巻いた、褐色の肌の少年。
「花織先輩、知り合いですか?」
明らかにこちらへ向かって歩いてきている少年を見ながら、春奈が花織に問いかけた。花織の名を呼んでいたのだから、そう思うのが正しい。花織は何故ウィンディがここにいるのだろうと戸惑いつつも春奈の問いかけに頷く。
「うん……、一応」
さらさらと長い髪を靡かせてウィンディが駆けてくる。その表情は花織を見つめ、嬉しそうに綻んでいる。彼は花織に駆け寄るとぎゅっとブラシを持っていない花織の左手を握った。
「カオリ、久しぶりだな。会いたかった」
そう言ってさりげなく花織の頬に右手を這わせる。花織はウィンディの唐突な行動に困惑して微苦笑を漏らす。
「ウィンディ……、今日はどうしたの?」
花織はブラシを地面に置いて、右手でさりげなく頬に添えられたウィンディの手に触れて、そっと彼の手を下す。ウィンディは花織の両の手を強く握って真っすぐな目で花織を見つめた。
「カオリに会いに来た。カオリ、どうしたんだ? ずっと走ってないのか? 全然会えないから心配だったんだぞ」
ウィンディは悲し気に眉間に皺を寄せてじっと花織を見つめている。ウィンディはずっと、朝花織に出会ったあの日から、花織に出会えることを願って走っていた。花織が来ないかとセントラルパークで足止めして待ちわびる日もあった。だが彼女は一向に姿を見せなかった。だからここまで会いに来たのだ。
「ごめんね。今ちょっと事情があって走れなくて……」
自分が走らないことでウィンディを心配させてしまったのか、そう思い花織は申し訳なさそうにウィンディに謝罪する。本当は花織だってウィンディに会う、会わないは関係なく朝のランニングをしたいのだが、風丸と鬼道から口を酸っぱくして禁止を言われているからずっと控えている。影山がこの島にいる以上、どうしようもないことだった。
「カオリが元気ならそれで構わない。今日、顔が見られて安心した」
穏やかに微笑んでウィンディが言う。花織は少しどきりとした。花織を見つめるウィンディの瞳が、自分を優しく見つめる風丸に似ていた。花織は面映ゆそうに俯く。
「ありがとう、ウィンディ。気に掛けてくれて」
花織が柔らかくウィンディを見つめて微笑んだ。ウィンディはその表情に胸がきゅんとときめくのを感じる。褐色の肌に赤みが差す。ウィンディは思わず照れて、花織から目を逸らしてしまう。
微笑むと一層可愛らしい、さすが俺の運命の人だ。そんなことを思いながらウィンディはにやける口元を必死に堪える。何とか気持ちを落ち着け、花織に視線を向けた。
「俺がカオリに会いたかっただけだ、なんてことはないさ。……それより、午前の練習は終わりか? 終わりなら、今から俺とデートしようぜ」
「……えっ」
花織がきょとんとした表情を見せる。そういえば、前回別れるときにデートに誘いに来る、とそんなことを言っていたことを思い出した。冗談ではなかったのかと花織は困り顔でウィンディを見つめた。
「ウィンディ、私は……」
「グラウンド整備が終わっていないのか? だったら俺が代わりにやる。花織は出かける仕度をしてきてくれ」
花織の断りを入れようとする言葉は聞く耳を持たないようで、ウィンディは彼女の言葉を遮った。むしろ花織の手を離し、花織が先ほどまで使っていたブラシを手に持つ。
「ちょっと待って、ウィンディ……」
引き留めようと花織がウィンディの手に触れる。その時、ウィンディの背後に彼よりも濃い青髪の少年が駆けてくる姿が見えた。花織はハッとする、そして花織のその表情を見て何かを悟ったウィンディも背後を振り返り、そして嫌そうに顔を顰めた。
「チッ……、面倒なのが来たな」
ウィンディが苦々し気に呟く。ぽんと手を離してブラシを地面に置いた。全力のスピードで駆けてきた風丸は二人の前で立ち止まると宿的を冷たく睨みつける。
「お前、何をしに来たんだ。花織に何か用か?」
恐ろしく冷たい声だった。風丸は一足先に合宿所に戻っていたのだが、いつもよりも戻ってくるのが遅い花織を、時計を見つつ待っていた。そんなときに食堂へ春奈が慌ててやってきて言ったのだ。グラウンドで花織が、他国の選手に口説かれているようだと。
その言葉に驚く選手たちの中で、風丸はすぐさま立ち上がり合宿所を飛び出した。そんなことをする人間に思い当たる人物がいたからだ。風丸の予想は大当たりでグラウンドに立つ花織の傍には、自分とよく似た背格好の男が立っていた。
「俺はカオリをデートに誘いに来たんだ。邪魔をするな」
ウィンディが花織の前に仁王立ちをして言ってのける。風丸はその言葉に忌々し気に顔を歪めた。
「花織は俺のガールフレンドだって言っただろ。人の恋人を誘惑するな」
「俺はFFIの目的である国際間の交流をしているだけだ。了見の狭い束縛男に何を言われる筋合いもない」
バチバチと火花が散りそうな勢いで風丸とウィンディは睨み合う。ウィンディはともかく風丸は普段の落ち着きを払った態度とは違って、敵意を剥き出しにしている。花織はそんな二人に口出しなどできず、やはりおろおろとするしかなかった。
そのうちにわらわらと見物人ことイナズマジャパンの選手たちが春奈に連れられてやってきた。その中の数名はウィンディに対して険しい視線を向けている者もいる。ウィンディはそんな見物人を一瞥してふう、とため息をついた。
「人が集まってきたな。俺は早く花織と出かけたいのに」
少し苛立った様子でウィンディが顔を顰める。だが、風丸も一層険しい顔をして腕を組んでいる。このままでは埒が明かない。白黒はっきりつけたいウィンディはびしっと風丸を指さす。
「別に俺はオマエの意見は求めてない。だからカオリが行くと言えばオマエは黙って見送れ。カオリが行かないというなら今日のところは俺が引く」
風丸は一層眉間の皺を深くした、がウィンディの意見を聞いて初めて黙って頷いた。
「ああ、いいだろう。俺は花織の言う通りにする」
花織がこんな奴と出かけるわけがない。風丸にはその確信があった。そして風丸の思う通り、花織の心は決まっていた。だが。
「……」
花織の視界にふっと入ってしまった、冬花の姿。風丸を心配そうにじっと見つめている。他のマネージャーとは違う視線。風丸のことを酷く心配しているようなそんな雰囲気。
どうしてそんな目をするの、今まで一度も彼が怪我をした時だって。そんな目をしたことは無かったくせに。
「行こうぜ、カオリ」
ウィンディが花織を見つめて手を差し伸べる。だが花織の表情を見て、少しだけ先刻に比べ彼女の表情が陰ったことに気が付いた。彼女は自分でない、他に意識を向けている。
「カオリ?」
花織はハッと我に返る。そしてウィンディを、そして風丸を見た。彼女は申し訳なさそうに微笑む。その表情には何か申し訳ないという感情以外のものが含まれているのは明確だった。ウィンディはちらりと横目で一瞬風丸を見る。
「……ごめんなさい、ウィンディ。今日は気分が乗らないから」
花織が頭を下げ、ウィンディの申し出を断る。風丸を含めたイナズマジャパンのメンバーには結果は分かっていた。だがその言葉に違和感を覚えたものが数名いた。
いつもの彼女ならば気分が乗らないなどと、そんな曖昧な言葉で断ったりはしない。
「……そうか。分かった、また連絡する」
ウィンディは彼女の気分の変化を敏感に察して潔く引き下がる。グラウンドを立ち去る前、強く風丸を睨みつけて彼は走り去った。風丸はそれに反応して顔を顰める。
花織が気を遣ってやんわりした言葉を使って断ったのを良いことに調子付いている。大体連絡先も知らないくせにいったいどうやって連絡を取る気だ、そんなことを風丸は考えていた。
「みんなごめんなさい。お昼休憩中なのに騒がしくしちゃって」
ウィンディが去った後、花織はチームメンバーに謝ると集まっていた数名の選手が何事もなかったことを安堵して、またもしくは風丸のらしくない威嚇に驚いて、はたまた花織の異変を気に掛けながら合宿所へと戻っていった。
「花織、俺たちも戻ろう」
今度は風丸が花織に手を差し出す。花織は一瞬躊躇し、その手を見つめたがすぐに微笑んで首を振る。
「ごめんね、先に戻ってて。グラウンド整備がまだ終わってないの」
「手伝うよ、花織を一人だけにできないからな」
強く奥歯を噛み締める。今の私は、一人でグラウンド整備すらできない。マネージャーとして、彼の彼女として一人前じゃない。
「大丈夫」
少し強い口調で花織が言い、ブラシを拾い上げる。自分が情けない、花織は強くブラシを握りしめて自分の気持ちを押し殺す。何でもないような顔をして、風丸に気丈に笑う。
「もうすぐ終わるから。一郎太くんは午後も練習あるんだし、先にご飯食べてて。じゃないと休憩時間が無くなっちゃうよ」
私のせいで迷惑かけちゃったんだから。これ以上迷惑はかけられない。それに今は少しで良いから、一人になりたかった。何とか風丸を押し問答で諫め、先に宿舎へ向かわせる。一人残った花織は胸の中に残ったモヤモヤを抱え込んだまま、グラウンドへブラシをかけ始めた。