FFI編 第九章
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ウィンディ・ファスタ。予期せぬライバルの出現に風丸はモヤモヤとした感情を久しぶりに抱いていた。チーム内にいる彼女を慕う人間は半ば自分を応援しているような部分もあって、まだ容認できた。彼女の自分を大切に思う感情を知ってここのところは寛大でいられたと思う。
あのあと真っすぐ宿舎に戻り、花織がウィンディと今までどういうやり取りをしたのかを花織に問い詰めた。聞いてみれば早朝自主練中にすれ違って話をしただけだというではないか。その時の花織は特に奴に特別な感情を抱いている様子もなかった。察するに、勝手にアイツが花織に恋心を抱いているだけらしい。
だがそれでもウィンディは風丸にとって脅威であった。何しろ日本人にはない大胆さで花織に詰め寄っている。花織は押しにはあまり強くないし、どんな巧みな話術で花織をウィンディが惑わすか分からない。あれだけ本気で風丸に張り合ってきたということは、何に惹かれたのかは知らないがそれだけ花織に対しての想いが強いということだ。極力遠ざけていたいというのが風丸の本音だ。
「風丸くん」
真剣な顔で思い悩む風丸にふんわりとした声が掛かった。風丸はその声の主を見上げる。声同様にふわっとした銀髪の少年は先日復帰したばかりの吹雪だ。吹雪はにこにこして風丸を見つめている。
「どうした吹雪、必殺技の事か?」
最近、吹雪と風丸は次の試合に向けてと連携必殺技の練習をしている。そのせいか一緒にいることも多くなった。吹雪も花織を慕っているライバルで、かつては吹雪のスピードと花織への気持ちに風丸は酷く嫉妬したものだが、よく話してみるとやはり良い仲間だ。……アイツとは違って。
「ううん。風丸くんが怖い顔してるから気になってね」
「ああ、そうか……」
風丸は吹雪の言葉に微苦笑を漏らす。よっぽど先日の件が印象的で頭に残っているのか、あの自分によく似た憎々しいライバルのことを考えてしまうのだ。そのおかげで練習に気合が入るのは良いのだが、どうにもモヤモヤする気持ちがあってすっきりしない。
「気合が入ってるのはいいんだけど、入りすぎててもいけないからね。気分転換できるものを持ってきたよ」
「気分転換?」
「うん、絶対に悩みなんて一瞬で吹き飛ぶと思うな」
そんなことを言いながら風丸の隣に吹雪は掛ける。そして彼は自分の携帯電話を取り出して何やら弄り始める。携帯の先についているのはイヤホンだ。
「はい。これ耳に着けて」
吹雪はその白いイヤホンの右側を風丸に差し出した。風丸は言われるがまま、イヤホンを耳に装着する。吹雪は携帯の画面を風丸の前に差し出して風丸の方に身体を寄せた。
「じゃ、再生するね」
ぽちりと吹雪が携帯電話の決定ボタンを押す。すると画面にはある人物が映し出された。それを見て風丸は思わず吹き出してしまう。画面に映ったのは髪を下ろし、ピチピチのユニフォームを身に纏った自分自身だった。
『雷門イレブン、お前たちはダークエンペラーズの記念すべき最初の相手に選ばれた。さあ、サッカーやろうぜ、円堂』
動画の中の風丸がどや顔で円堂を挑発している。風丸は卒倒しそうになった。片手で顔を覆ったが、その顔は耳まで真っ赤になってしまっている。己の黒歴史を恥じる表情だった。
「吹雪、これは……」
「全国生放送してたらしいね、これ。紺子ちゃんがドラマの再放送を毎週録画してる枠にたまたま撮れてたみたい」
ここじゃないや。などと言いながら吹雪は携帯を一時停止してまたボタンを弄り始める。彼はこれを見ても何も思わないらしい。風丸は恥ずかしさで死にそうなのに。確かに今の悩みは吹き飛んでいった。
「で、僕にくれたんだ」
「何でそんなものを……」
「だって、僕に必要なものだったから」
いったい何に必要だっていうんだ。と風丸が唇を噛む。俺を辱めるための嫌がらせか、と風丸は思う。だが、そうではなかった。あ、ここかな? と呟いた吹雪は動画を再生させる。風丸は指の間から動画を見た。
画面にはやはりピチピチのユニフォームをきた風丸と、花織が映っていた。パンッと乾いた音、そして画面の中の花織が風丸の頬を叩く。これは。
『私は強さなんてどうでもいいよ。弱くたって一郎太くんと一緒にサッカーができれば、隣を走ることができればそれでいい』
花織が風丸の目を覚ますために、声を掛けてくれた時の映像だ。
『私は一郎太くんの速さだけを好きになったんじゃない。私が貴方を好きになったのは、貴方がどんな時でも私に優しくしてくれたから。廃部になりそうなサッカー部を救うため、なんていって助っ人に行ってしまうような仲間思いの人だったからだよ。私は真面目で努力家で、仲間思いで……。そして私と一緒に走ってくれた風丸一郎太が好き』
耳に届く彼女の声がドキドキと風丸の胸の鼓動を早める。今聞けば砂糖を吐きそうなほど甘い言葉だが、映っている花織はとても真剣に風丸に愛を叫んでいて、それがとても愛おしかった。自分を見つめて涙を流す花織を思うと今でも胸が熱くなる。
「僕はね、この時の風丸くんを見て笑えないんだ。一歩間違えればこっち側にいたのは僕だったかもしれないから」
シーンが移り変わり、動画の中で後半が始まった。吹雪は動画の再生を止めてイヤホンを外す。風丸も付けていたそれを外して吹雪に返した。吹雪は柔らかく笑んで風丸を見つめている。
「花織さんがね、君の大切な人が僕を支えてくれた。君の帰ってくる場所を守るために。君がいつ戻ってきてもいいようにって」
「花織が……」
花織を置いてキャラバンを去ってしまったあの後、花織はそんなことをしていたのか。風丸は拳を握る。自分を閉ざして雷門を遠ざけてしまったあの時、彼女がくれたいくつものメールは保存している。
「酷い人だよね、全部風丸くんのためなんだよ。花織さんって」
吹雪が微笑みながら言った。そう、彼女が吹雪のために施したすべては全部風丸のためだ。出会った時からずっと風丸しか見えていなかった。
「だから僕は風丸くんが羨ましいんだ。僕がどれだけ好きでいても振り向きさえしない彼女に、こんなに大切に思われてる風丸くんが」
そんな風に思っていたのか、風丸は少し目を大きく見開く。風丸は以前、吹雪の全てに嫉妬していた。吹雪が自分を羨むことなどないと思っていた。吹雪は携帯に視線を落とす。携帯の画面には停止された動画。祈るようにピッチを見つめる花織の姿が映っている。
「でもそれ以上に花織さんが幸せなら、それでいいかなって思ってるよ」
彼女は大きな優しさで吹雪を包み、暗闇に蹲る吹雪に寄り添ってくれた。優しさと、何より意志が強くて一途な彼女を吹雪は今でも恋い慕うと共に感謝している。だから彼女には誰より幸せになってほしいと思う。
「だから、幸せにしてね。花織さんの事」
「……ああ」
吹雪の言葉に風丸は力強く頷く。吹雪はふっと目を伏せて笑って携帯を閉じた。そしてゆっくりと立ち上がる。そして思い出したように風丸に告げた。
「僕はこの動画、君たちの結婚式で使うつもりだから。思い出の映像はばっちり僕に任せてね」