FFI編 第八章
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「あれ、月島じゃないか?」
そういって鬼道に声をかけたのは長い時間をかけてペンギンのキーホルダーをやっと選び終えた佐久間だった。鬼道と佐久間は一緒に買い物に来ていたのだが、佐久間のペンギン好きには辟易するほど土産選びには時間がかかってしまった。
鬼道は佐久間の視線を追う。視線の先には憂い顔でアクセサリーを眺めている彼女の姿があった。いつも側にいるはずの男の姿はなく、どうやら一人の様子だった。鬼道は黙って花織を見つめている。隣に立っていた佐久間が鬼道の方を叩いた。
「声かけろよ、鬼道。気になるんだろ」
「いや、だが……」
彼女は風丸とデートをしているのかもしれない。それを邪魔するのは野暮だと思う。だが沈黙して彼女の姿を見ていても彼女の恋人がやって来る気配はない。じれったそうに佐久間が鬼道の背中を押す。
「俺、ちょっとやっぱりさっきのペンギンを連れて帰ろうと思う。だからそれまで行ってろよ。そこにアイスクリームパーラーもあることだし一緒に食べて待っててくれ」
気の遣える男、佐久間はそういってじゃあ行ってくるからと鬼道を残してその場を去っていった。佐久間は鬼道の恋心を知っている。だからこその行動だった。鬼道はふう、とため息をついて彼女を見つめる。声をかけるのは何故だろうか少し緊張した。
「花織」
「! ……鬼道さん」
鬼道が声をかけると彼女は少し驚いたように顔をあげた。手にしていた男物のネックレスを棚に戻し、鬼道を向き直る。
「鬼道さん、お一人ですか?」
「ああ。佐久間が土産を買い忘れたと走っていってな。ちょうどお前の姿が見えたから声をかけた。お前こそ一人なのか」
「はい、実は……」
肩を竦めて花織がふっと微笑んだ。どうしてだろうか、鬼道にはその微笑みが寂しそうに見えた。何も言わずに鬼道は花織の手を取る。
「そこにアイスクリームパーラーがある。お前さえよければ、佐久間が来るまで一緒に話さないか?」
「私は構いませんけど……」
花織は困ったような表情を浮かべて鬼道を見つめる。鬼道の提案が嫌なわけではないのだが、佐久間はすぐに戻ってくるのではないだろうかと言いたげだった。鬼道はぐいと彼女の手を引く。
「なら行くぞ。俺のことは気にしなくて良い」
鬼道と花織はアイスクリームパーラー近くのパラソルデスクに掛け、それぞれダブルのアイスクリームを買い、それを話ながら食べた。カップの中のアイスクリームがなくなったころ、鬼道はようやく意を決し、花織に聞きたかったことを尋ねる。
「今日は風丸と一緒じゃないんだな。春奈がお前を買い物に誘ったが断られたといっていたから、てっきりアイツと一緒なのかと思ったのだが」
「一郎太くんはキャプテンと一緒にお出掛け中です。なんていうか……その、誘い損ねてしまって」
バカみたいですよね、と花織が自嘲ぎみに笑った。鬼道はわずかに眉間に皺を寄せる。普通こういうときは風丸の方が花織をデートに誘うのが定石ではないだろうか。風丸は意外とそういう部分が鈍いのかもしれないと鬼道は思った。
「だから一郎太くんにいつもの感謝の気持ちを込めて、サプライズでプレゼントでも買おうかなって思って。一人に買い物に来たんですけど……。なかなか決まらなくて」
しゅん、とした様子で花織が鬼道に包み隠さずすべてを語る。鬼道はそんな彼女が何故自分のものでないのだろうかとゴーグルの下で目を細める。花織のその寂しげな表情の理由は風丸への贈り物が決まらないからではない。
おそらく、片時でも良いから風丸と休暇を過ごしたかったという本心を押さえているからに違いないと鬼道は思った。だからこそ、胸の中で煮えたぎるほど風丸一郎太という男を心の底から羨ましいと思う。
「男の人って何を貰ったら嬉しいですか?」
花織は首を傾げて鬼道に問いかける。鬼道は真顔で花織の言葉に即答した。
「俺であれば、花織がくれるものなら何でも嬉しい。お前が俺のために悩み、決めてくれたものなら何だってそう思う」
鬼道は紛れもない自分の本心をのべた。花織は大きく目を見開いて、そして少しだけ頬を赤らめて俯く。
「お前も風丸がくれたものなら何だって嬉しいだろう?」
そう補足して本音を一般論で掻き消そうとした。花織は少し考えるような表情をして、鬼道を見つめた。
「そうですね。私も自分のために彼がくれたものなら何だって嬉しいです」
そう呟きながら彼女は首に下げているネックレスに触れた。ナニワランドで風丸が贈ったはじめてのプレゼント。鬼道は少し憎々しげにそのネックレスを睨むが、花織はそのゴーグルの下の視線には気づいていない。
「ありがとうございます、相談に乗ってくださって……」
微笑みつつ花織が鬼道に礼を述べる、だがその途中で笑顔と彼女の言葉が消えた。大きく目を見開いて鬼道の背後を見つめている。鬼道が振り替えればそこにはファンであろう多くの女子に囲まれている円堂、ヒロト、そして彼女の恋人の姿があった。
「……」
鬼道の隣の椅子ががたん、と揺れた。鬼道が振り替えれば花織が寂しげな表情を浮かべて立ち上がっていた。何かを買ったのであろう、紙袋をもつ手が微かに震えている。
「そろそろ佐久間くんも戻ってくるでしょうし、私も買い物に戻ります。鬼道さん、お話聞いてくださってありがとうございました」
「花織……‼」
鬼道が慌てて立ち上がって花織を引き留めようと手を伸ばしたが、彼女はこの場にいたくないと言わんばかりの速さでこの場を立ち去った。花織が立ち去ると同時にどこかでふたりの様子を見ていたらしい佐久間が鬼道のもとへと駆けてくる。
「鬼道、月島はどうしたんだ?」
「アレだ」
苦々しい表情をしながら鬼道が顎で円堂たちを指し示す。佐久間はその光景を見て何となく彼女がこの場を去ってしまった理由を察した。
「風丸……。月島とデートじゃないんだな」
「ああ。花織はひとりで買い物に出て、アイツへの贈り物を考えていたらしい」
ゴーグルの中から妬みのこもった視線を鬼道は風丸に送る。自分があの男の立場にあったなら、花織にあんな顔をさせたりしないのにと久々に思った。
❀
「花織……?」
風丸は押し寄せるファンだという女の子たちの対応をしながらちらと視界に映った少女に気を取られた。今そこのパラソルテーブルから去っていった黒髪の少女がどうにも彼女に重なって見えた、というよりも彼女だと思った。
でもどうしてこんなところに、木野たちと一緒に買い物に行ってるんじゃなかったのか?
風丸は疑問に思いつつもファンの子たちの対応を他所にしてふらりと彼女が居たかもしれない場所へ向かう。彼女が居たテーブルの近くから、彼女の姿を探す風丸に声がかかった。
「誰を探しているんだ」
低めのその声はチームメイトのものだった。腕を組んで風丸を見据えている鬼道の声だ。鬼道の隣には佐久間もいる。心なしか鬼道の方は機嫌が悪いような気がした。
「あ、いや……。ここに花織がいたような気がしてさ」
我ながら花織の事ばかり考えていると風丸は頭を掻きながら鬼道の問いかけに答えた。鬼道は眉間に皺をよせ、ため息交じりに呟いた。
「気のせいじゃない。さっきまで花織はここにいたぞ」
「えっ……?」
「一人で何か悩んでいるようだったな」
鬼道が自分と彼女が二人で過ごしていたことは包み隠して風丸に告げる。風丸は目を大きく見開いて鬼道を見た。花織はひとりで行動しているのか。木野たちとは一緒じゃないのか?様々な疑問が頭の中を巡る。そして最後には彼女との昨日のやり取りを思い出した。
”あ、あの……、一郎太くん”
何か言いたげだった花織の言葉を遮った円堂の言葉を、風丸は先に聞いた。そのあと要件を聞こうとしたが、花織は何でもない、と誤魔化していなかったか。
あれはもしかして、今日俺を……。
あくまで推測だ、都合の良い解釈かもしれない。それでも今、風丸は自分の彼女に会いたいと思った。会って真相を確認したいと思った。
「鬼道、花織がどこに行ったか知らないか?」
「さあな。……ふらりとあてもなく歩いていったからな。まあ、セントラルパーク内にはまだいるんじゃないか?」
「……わかった」
風丸は凛とした表情で鬼道の言葉に頷いた。探そう、まだそう遠くまでは行っていないはずだ。風丸はまだファンにもみくちゃにされている円堂に適当な理由を述べて走り出す。残された鬼道は深くため息をついてマントを翻した。
「鬼道、いいのか」
「構わない。花織の恋人はアイツだろう」
自分では彼女を慰めることはできない。鬼道はそんな自分の無力さに酷くやるせなくなる。
夕日が海に沈もうとしている。あたりをオレンジ色に染めていて、水平線の向こうに太陽がゆっくりと飲み込まれていく様は圧巻だ。花織はひとりでセントラルパークの海岸に掛けて夕焼けを眺めていた。
先刻の出来事が目に焼き付いて、思考回路がネガティブに染まって嫌になる。ファンに囲まれるくらい、あったってしょうがないのに。優位だったイギリス代表に勝利してイナズマジャパンはさらに世界に認められた。雑誌の取材だって来ているほど、ファンがいない方がおかしい。
でもそれすら嫌で、ファンサービスだとしても握手だったり、一緒に写真を撮ったり、微笑みかけることすら妬ける。ああなんでこんなに嫉妬深いんだろう。
――――日本代表、風丸選手の恋人なら。
我儘なんて言わずにもっと広い心を持って、いつも笑顔で優秀で誰よりも速くて……。そうでなければ釣り合わない気がする。どうして今まで気にならなかったんだろう。
今までは自分の気持ちばかりに目がいっていたからだ。選べる立場でもないのに二人の間で揺れていた。だから今になってやっと彼の周りを取り巻く人間の存在に気が付いた。
なんで私みたいな普通の女の子が彼の恋人の座に座り続けていられると思っていたのだろう。
”でも女の子が花織だけじゃないって気づいたら、風丸他の子に乗り換えちゃうかもね”
ここにきてマックスの言葉が胸に響く。潮風に長い黒髪が靡いた。それを手で押さえながら花織は目を伏せた。
もっと頑張らないと。一郎太くんに釣り合うような、どこに出しても恥ずかしくないようなマネージャーでいないと。胸の中でそう決意する。そうするしか自分を安心させる方法はない。
「花織‼」
突然名前を呼ばれて花織は声の主を振り返る。花織は大きく目を見開いた。そこには今、ここにいるはずのない青い髪の彼が息を切らせて立っている。額には汗を浮かべてじっと花織を見つめている。
「一郎太くん……」
心地よい波の音がふたりの沈黙を見守る。花織は少なからず戸惑っていた。髪を抑えて、風丸を見つめる。何故、彼がここにいるのだろう。
「どうしたの、何かあったの?」
「花織……」
風丸はさらさらと髪を揺らして花織の元に歩み寄る。そして静かに花織の手を取って、そのまま何も言わずに花織を自分の胸に抱いた。花織は訳の分からない彼の行動に戸惑う。
「一郎太くん……、どうしたの?」
「すまなかった。気づかなくて……」
えっ、と花織が声を上げて風丸を見上げる。風丸はじっと花織の髪を撫でながら花織を愛し気に見つめて自分の憶測を語る。
「俺の間違いじゃなかったら、なんだが……。花織、昨日俺を誘おうとしてくれてたのか?」
「……」
「俺が円堂と約束してたから、気を遣って何も言わなかったんじゃないか」
風丸は花織の幼稚な誤魔化しを見透かしている。花織は何も言わずに俯いた。彼の言葉は正論だが、ここで頷きたくなかった。それが理由で今まで一人で過ごしていたなんて、いじけているみたいで子供っぽいと思った。それは風丸の恋人として相応しくないと、そう思った。
「花織」
決して肯定はしない花織のことを見つめて風丸は花織の頬を撫でる。花織は困ったように微笑んで違うよ、と風丸の言葉を否定する。
「もちろん、一郎太くんと過ごしたい気持ちはあったよ。でも私、今日は元々買い物の用事があったんだ。……ごめんね、心配かけちゃったね」
本当のことは言わずに花織がさらりと嘘をつく。本当は風丸と過ごしたくて堪らなかったくせにありもしない事実を述べて風丸を安堵させる。風丸は花織の言い分にそうなのか?、と半信半疑の様子だった。
「うん。……一郎太くん、遅くなっちゃうけど今から私とデートしてくれる?」
花織が風丸を見上げて少し首を傾げた。風丸は頷く。
「もちろんだ。どこか行きたいところがあるのか?」
「ううん」
花織は風丸の胸に身体を預ける。彼の温もりを感じながら沈みゆくサンセットを眺めた。風丸もつられて彼女の視線を追った。真っ赤な夕日が海に飲み込まれていく。
「もう少しだけ、このままでいい……?」
ぎゅっと風丸のジャージの胸元を握る。風丸は一層花織の腰を抱いてああ、と花織の言葉を受け入れた。花織は風丸がどこにもいかないように彼のジャージにしがみ付く、そんなことしかできない。それでも彼は遠い。
誰よりもカッコよくて、優しくて頼りがいがあって。誰よりも速い人。私の何より大切な人。彼はどんどんひとりで先を走って行ってしまう。こんなに近くにいるのに、彼は遠い。
「花織」
風丸が花織を呼ぶ。花織が顔を上げれば風丸の右手が花織の顔を持ち上げた。柔らかい感触が唇に残る。彼はいつもの優しい微笑みで花織を見つめる。
「好きだ」
「……私も、一郎太くんが好き」
今は自分を好いてくれるこの人が離れていかないように、繋ぎとめていられるように。相応しい人間であれるように。花織はそんなことを思いながら、彼のジャージを握りしめる。風丸はそんな花織の手にそっと触れて自分の手を握らせた。