FFI編 第六章
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備流田さんの経営しているスポーツショップで買い物を終えたときにはすでにとっぷり日が暮れていた。吹雪にあんなことを言われて逃げ出すように飛び出してきてしまったけれど、買い物の量が意外と多く付き合ってもらった方が良かったかと後になってから後悔した。どちらにせよ、あんなことを囁かれた後で平静を保ち吹雪と一緒に買い物などきっとできなかっただろうけれども。
あの言葉をしばらくは気にはしていたものの、自分が好きなのは風丸一人なのだからと思ってしまえば吹雪は髪型やリップを褒めてくれたのに、という風丸に対して少しじれったい感情を抱いた。気づかないのか、気づいてくれているのなら少しくらい触れてくれてもよいのに、と思う。あのハプニングの前にだってふたりで話す時間はあったのだから。
やっぱり、私に飽きちゃったのかな。
花織は結構、あの時の不動の言葉を気にしている。倦怠期、という言葉も。花織の中は不安だらけだ、なぜか日々風丸との目に見えない距離が離れていってしまっているような気がする。俯きながら花織が考え事をしているとチリンチリンという自転車の音と、数人の人影が花織の前に立ちはだかった。
「ねえ、そこのカノジョォ」
間延びした聞きなれない声に花織は足を止めて身構える。目の前には紫色の短ランの下に黒いパーカー、そのフードを被った桃色の髪の男が立っていた。それに付き従うように数名の男たちが立っている。見るからに不良ですと言わんばかりのいで立ち。
「へえ~、かなりの上玉じゃん。カーノジョ、今から俺らと遊ばねえ?」
ガラの悪そうな様子。吹雪も言っていた、最近ここらに何故か不良が多いと。彼らもそれに類する人物らしい。逃げようと花織が足を何とか動かそうとするが、既視感のある光景に足が竦む。
桃髪の少年はニヤニヤと笑いながら立ち尽くす花織の肩を抱いた。花織の持っているビニール袋が、がさりと音を立てる。
「いいねえ、震えちゃって可愛いジャン。サテンでも入ってさあ、ゆっくり話そうぜえ?」
「や、やめてください!」
何とか花織が震える手で少年を突飛ばす。後ずさって多少距離はとった。だが足は震えている。うまく走れる自信はない。
「ってぇ、何すんだこのアマ!せっかく優しくしてやろうってのによお」
「……っ」
がさがさ、とビニールが揺れる。この荷物だ。抱えては走れない。逃げきれない。その時ふわりと音も立てずに花織の肩がそうっと抱かれた。花織はびくりとして身を縮める。
「待たせて悪かったね。探したよ」
聞きなれない、でもどこかで聞いたような声。花織は恐々と自分の肩を抱く人物を見上げた。そしてはっと目を見開く。美しい長い金髪がさらりと夜風に揺れる。花織を見つめた赤い瞳は花織に優しく微笑みかける。
「あ、貴方は……」
「安心して。ここは僕に任せて」
美しい彼は左腕で花織の肩をその顔に見合わない力で強く抱き寄せて囁く。こんなところで出会うなんて微塵も考えていなかった。あまりの驚愕に花織は驚きを隠せず目を見開く。
「何だてめえ、やんのか⁉」
「この子の連れだよ。……全く、美しくないね。怖がる女性を無理やり連れまわそうとするなんて」
「何だと? お前ら、やっちまえ‼」
不良の男の一声で彼らの連れが花織らに向かって駆けだす。美しい少年は右手を天に向けてしなやかに上げた。
「ヘブンズ・タイム」
❀
「助けてくださってありがとうございました」
窮地を脱した花織は自分を助けてくれた少年に丁寧に頭を下げた。目の前に立つ人物。そう、それはかつて雷門とも戦い、また共にエイリア学園とも戦った世宇子中学のキャプテン、亜風炉照美ことアフロディだった。
「でもまさか照美くんとこんなところで会うなんて」
「僕も君があんな輩に絡まれているのを見て驚いたよ、鉢合わせることができてよかった」
花織とアフロディはそれほど親交が深いわけではない。だが、全く接点がないというわけでもなかった。花織とアフロディは共にキャラバン生活をしていた時に一度だけ話をしたことがある。あの時は花織が気落ちしていてそれを彼が励ましてくれたのだ。
その時に花織はアフロディのことを照美くんと呼ぶようになった。花織の主観として彼をあだ名で呼ぶのはしっくりこなかったし、彼の苗字はどんな敬称をつけようと面白い呼び名になってしまう。だからこそ、間をとって彼のことを花織はさほど仲が良くないにも関わらず照美くん、と呼んでいた。
「月島さん、君はイナズマジャパンのマネージャーをしているんだったね」
「はい、そうです」
「夜道は危ない。それにまたあんなのに絡まれてはいけないから、僕が雷門中まで送るよ」
さり気無く花織の手から荷物を全部受け取ってアフロディは花織を呼ぶ。迷惑を掛けてしまうことに少しだけ迷ったが、先刻のような目にまた遭っても敵わないので、彼の言葉に甘えることにした。
「ありがとうございます。……照美くん、時間は大丈夫なの?」
花織が心配そうに歩きながらアフロディを見上げる。彼は結構背が高い。花織は見上げなければ彼の顔を見ることができない。
「さあ、大丈夫ではないかもしれないね。時間に煩い者も多いから。でも君を一人で帰すわけにはいかないからね」
ふふ、と口元に手を添え、美しくアフロディが微笑む。時間が煩い者、という表現に花織は多少引っ掛かりを感じたのだが、家族か兄弟だろうと自分の中で納得してごめんなさい、と彼に謝罪した。
「気にしないで。それより月島さん」
さあっと夜風が吹き抜ける。彼の金糸のような髪が舞い上げられ、それはそれは神々しく見えた。実際、彼は神ではないのだが、それでもかつて神を名乗っていただけの神々しさを持っていると花織は思う。
「君はとても綺麗になったね。とても魅力的でプシュケーのように美しい」
「ふふ、美の女神アフロディテを捩った呼び名を持つ照美くんにそんなことを言われると変な感じがするね」
花織は少しだけ面を伏せて静かに呟く。
「女神に例えるなら私はヘラかな。……嫉妬の化身のような人間だから」
「ふふ、また君は思い悩んでいるんだね。それも彼のために」
アフロディがふんわりと笑う。中性的なその微笑はまるで美しい女性が微笑んでいるかのように錯覚してしまう。花織は彼の言葉に苦笑してうん、と頷いた。
「私はいつも彼を想ってるの。馬鹿みたいに嫉妬深くて、彼の心を独り占めしていたいの」
子供みたいでしょう、と花織が肩を竦める。アフロディはそんな彼女を見ていて今度はそこまで深刻な悩みではないのだな、と察した。前回の時の彼女はアフロディに対してかなりぎこちない作り笑いをしていた。でも今は心のままに表情が出ている。
「風丸くん、だったね。彼はとても果報者だな、君みたいな人にこんなにも想ってもらえて」
「そんな……」
花織が首を振って否定する。アフロディは意味深に微笑み、さてとと呟いた。
「楽しい時間はもう終わりのようだよ。とても残念だけれどね」
気が付けば、もう雷門中の正門に到着していた。花織はアフロディに改めて礼を言い、買い物した荷物を受け取る。アフロディはじっと花織を見据えてやはり口元には微笑みを湛える。
「照美くん、本当に今日はありがとう」
「気にしないで。僕は君と過ごせて楽しかったから」
ひらひらと顔の前で手を振って彼は綺麗に笑む。花織は彼を見上げて首を傾げた。
「次はいつ会えるかな」
彼は神出鬼没だ。どこに住んでいるのかも知らないし、今どうしているのかも結局この帰り道で聞かなかった。思えば花織の話ばかりをしていたような気がする。彼は何も自分を語りたがらないのだ。アフロディはふふ、と微笑んで花織の頭の上に手を優しく置いた。
「近いうちに会えるよ、君はイナズマジャパンのマネージャーなのだから」
彼の言っている意味が分からず花織は再び首を傾げる。アフロディは柔らかく花織の髪を撫で、右手でくいと彼女の顎を持ち上げた。
「おやすみ。彼によろしく、月島さん」
背の高い彼が少しだけ背を屈め、花織の額にキスをした。花織が驚いて目を真ん丸にすると、アフロディはそれではね、と優美に手を振って去っていった。