FF編 第二章
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「よぉーし、じゃあ今日の練習はここまでな!」
円堂の言葉に一斉にマネージャーが動く、花織も先日その一人となった。円堂と秋に花織がマネージャーになることを伝えれば二人も、また他の部員たちも花織のマネージャー参加を歓迎してくれた。
「ほらほら木野先輩はキャプテン、月島先輩は風丸先輩のところに行ってくださいね!」
ドリンクを準備する秋と花織を急かすのは、前回の帝国戦で花織を心配してくれた青髪の少女、元新聞部の音無春奈だ。春奈は先日の試合でサッカー部に惚れ込み、正式にマネージャーとしてサッカー部に入部をしていた。春奈の明るい言葉に押された花織はドリンクを風丸の元へと運ぶ。
「一郎太くん、お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
風丸にタオルとドリンクを手渡し、短く言葉を掛けた花織は他の部員たちにも同じようにドリンクを配っていく。
「はい、半田くん。マックスくんもちゃんと水分取らなきゃダメだよ」
「あ、サンキュ」
「わかってるよー。そのくらいは」
マックスと半田は花織がマネージャーになることを、他の部員たちよりもより一層歓迎してくれた。やはり仲が良いからだろうか、ほんの少し声を掛けただけでも話が弾む。
二人の掛け合いにくすくすと笑みを零す花織を見て風丸は不機嫌そうに顔を顰める。しかしそれを見逃さなかったのか、花織が半田たちのところから離れ、風丸の元へと戻る。
「どうしたの? 一郎太くん、元気ないみたい」
花織が不安げに風丸の顔を覗き込むと、風丸は顔の前で手を振って否定する。
「な、何でもない。ちょっと考え事をしてただけだから、心配するなよ」
「そう……?」
風丸の言葉に納得できず、花織は心配そうな表情を見せる。しかし、風丸が何ともないというのだからと渋々彼の元から離れ、ベンチにて学校に戻る準備をする秋の隣に立った。
「秋ちゃん」
「どうしたの?」
「みんなの調子、どうかな? ……一郎太くんは元気がないし、染岡くんも気が焦ってるみたいだから心配」
選手たちが使い終わったタオルに手を伸ばし、再び秋の隣に花織は並んだ。
「そうだね。……他の人たちは大丈夫かなって思うけど、風丸くんには気が付かなかったかも」
秋が考えるような表情をしていれば、いつの間にやら戻ってきた春奈がニコニコと明るく笑いながら花織の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですよ! 風丸先輩は花織先輩のことで元気がないだけですから!」
「え? 私……?」
花織はわけがわからず、小首を傾げると春奈は花織の両手を掴んだ。そして楽しげに掴んだ腕を上下に振る。
「そうですよ! ふふふっ、いいですねぇ~! 青春ですねぇ~!」
「音無しさん……」
春奈の様子に秋が苦く笑った。
❀
楽しい女子トークに花を咲かせていればいつの間にか学校にての片付けも終わり、残すは帰るのみとなった。
「一郎太くん、帰ろう?」
花織は部室の前で円堂と話している風丸に声を掛けた。風丸はきりのいいところで円堂との話を終わらせると、花織へ笑顔を向けて円堂と別れた。その様子に花織は申し訳なさそうに風丸を見つめる。
「ごめんね、邪魔しちゃったかな」
「いや、大丈夫だ。とりとめのない話だったし」
一瞬、ふたりの間に沈黙が走る。どことなく居心地の悪い空気だ。花織は一刻も早くそれを解消しようと風丸へと言葉を掛けた。
「あのさ……」
「あの……」
しかしそれは風丸の声と重なり、夕闇の中へと消えていく。花織が驚いて風丸の方を向けば、風丸も同じような表情をして花織を見つめていた。風丸の髪がゆらゆらと揺れる。
「花織から言っていいぞ」
「ううん、別に大切な話じゃないの。……一郎太くんどうぞ」
「いや、いいんだ」
暫しふたりの譲り合いが続く。花織はこれでは埒が明かないと、何度目かの彼の勧めでようやく彼に質問をした。
「今日なんでもないって言ってたけど、調子悪そうだったから。……大丈夫?」
花織がそういって心配そうに風丸を見つめれば、風丸は驚いたような、しかしどこか照れくさそうにそっぽを向く。よほど想定外の質問だったのだろう。彼は目に見えて動揺していた。
「あ、ああ……大丈夫だ。何でもないんだ」
ただ嫉妬をしていただけ、風丸はそんな情けないことを花織に知られたくないと思い、事実を隠そうと返答をした。しかしそれが裏目に花織の心をちくりと刺激する。私には言えない事だろうか、花織はそう思う自分に嫌悪を感じた。何しろ、彼に対する隠し事が多いのはきっと自分の方なのだから。彼が多少何かを隠していようとそれを嫌だと思うのは不公平だ。
「そう……? でも何かあったら言ってね。やっぱり心配だから」
「ああ」
風丸の笑顔にどこか切なさを浮かべて花織がはにかむ。心配なのは本心、好きだから心配に決まってる。花織は風丸との会話が途切れると浅く息を吐く。私は、一郎太くんだけを好いているのかと問われても頷ける自信が無い。所詮、自分はそんな狡い人間だ。
花織が自分に嫌悪を感じている真っ最中、彼もまた自分の行動に嫌悪していた。練習中にまさか嫉妬していて機嫌が悪かっただけ、など格好悪くて言えるはずもない。自分の好きな人が半田やマックスと話しているだけでこんなに苦しくなるなど、なんと了見の狭い男だろうと思った。
しかしそれでも、不安で仕方ないのだ。帝国学園と試合をして……、いや鬼道に会ってから花織が自分の目の前から突然いなくなってしまいそうだ。そう心のどこかで感じている。
花織が試合を止めたとき、思わず息が止まりそうになった。嬉しかった、試合を見に来てくれ、そのうえ自分の身を案じてくれたのだと。しかし、その花織の前に立ったのは帝国学園のキャプテン鬼道だった。
どこか自分に対して向けられるものと似た視線を、花織は鬼道に向けていた。また、鬼道も明らかに他の人間に対してとは違う表情を花織に対して見せていたように感じる。それを見たのを引き金にしてだ。花織を奪われたくなくて焦りが止まらないのだ。どれだけ自分を抑えようとしても風丸の中は不安でいっぱいになった。
風丸は花織の自分を好いてくれているという証明の言葉が、決して本心でないことは悟っていた。もちろん彼女の気持ちは嘘をついているわけではないが、すべてが正しいかと問われるとそうとも言えない。自分だけに彼女の愛が向いているわけではない。そう分かっていたとしても風丸は花織を手放したくない、その気持ちだけしか持ち合わせてはいなかった。