FFI編 第五章
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今日は珍しく休養日であった。風丸は今日、緑川と一緒に買い物に行くと言っていた。いつの間にやら合宿の間に二人は仲良くなっていたらしい。休みといってもマネージャーは買い出しだったり洗濯だったりと色々用事が あるわけであるから、全く休みではない。
花織は秋と春奈に買い出しを任せて一人で溜まった洗濯物を干していた。選手の人数分洗濯物はあるわけで、それはそれは結構な量だ。花織ひとりでやるには多すぎるくらいだが、冬花の姿が見えないから手伝いを頼むこともできないでいた。
だが、冬花がそこにいたとしても花織は手伝いを頼まなかったかもしれない。
花織は冬花という存在を測りかねていた。というのも、彼女が円堂の幼馴染のフユッペである可能性を考えていたからだ。
円堂と幼馴染、それはすなわち風丸とも幼馴染ということになる。一度さりげなく風丸に冬花のことを知っているか尋ねたことがある。その時風丸はフユッペと円堂が呼んでいた女の子と遊んだ記憶 はある、と言っていた。でもその少女と冬花は苗字が違うらしく、風丸は別人なんじゃないかと言っていた。
花織は選手のユニフォームの皺をパンっと伸ばす。だが苗字が変わることなんてこのご時世よくあることだ。彼女がそのフユッペかもしれないことには変わりない。
彼女は自分の知らない彼を知っているかもしれない。たったそれだけ、そんな小さなことで”フユッペ”という未知の人物に嫉妬している。子供じみていて、醜い嫉妬だとわかっている。それでも冬花がもしかして自分の知らない風丸を知っているのかもしれないと考えると妬ましいのだ。花織は風丸の、ここ半年ほどの事しか知らないのだから。
可愛らしく守ってあげたい女の子を、そのまま表したような美少女の冬花。きっと幼少期も可愛かったに違いない。もしも彼女が風丸の初恋の人だったら、なんて僅かな可能性を考えてしまうと酷くモヤモヤした。その感情をぶつけたくなかったから、花織はうまく冬花と接することができないのだ。
花織の大きな欠点、それはとても嫉妬深いところだ。必死に包み隠そうとするが、本当は何においても一番でありたかった。今はそれが風丸にとっての一番で、風丸にとって相応しい一番の人間でありたいと願っている。これは風丸と似ているところでもあった。
「お、おい!どうしたんだよ、フユッペ!」
「……?」
花織は彼女の名前を呼んだその声に洗濯物をつかみ損ねる。今のはキャプテンの声だ。彼の姿を探してきょろきょろとあたりを見回す。すると校門の方に円堂と手を繋いで、いや円堂の腕 を引っ張って校外へ出ていく冬花の姿が見えた。
「冬花さん……」
二人してお出かけだろうか。手を繋いで、なんてまるで恋人同士みたい。
「……」
花織は自分の服の胸元をぎゅっと握りしめる。今見た光景で溜飲が下がりそうになった自分がとても嫌な人間に思えた。自分は友人である秋の想いを知っていて、それを応援している立場なのに。少なからず今は、おそらく彼女が風丸を好きなわけではないのだと安堵してしまった。
洗濯籠から青いユニフォームを取り出す。彼の色、背番号は二番。彼のユニフォーム。脱水はしたものの、まだ湿り気の残るそれを胸の中でぎゅっと抱きしめる。
嫌われるかな、こんな自分を知られたら。
私より魅力的な人なんてきっと一杯いるから。胸の中にいつも抱いている不安をまた仕舞い込んで、花織はユニフォームの皺を伸ばす。考えなければいい、胸の中に仕舞っていれば誰にも気づかれないはずだ。
「手伝おうか、花織」
すっと横から花織のものではない手が洗濯籠へと伸びる。突然現れた手に花織が驚いて顔を上げれば、そこに立っていたのは鬼道だった。鬼道さん、と花織が驚きの声を上げれば彼はフッと口元に笑みを浮かべた。
「窓の外からお前の姿が見えてな。春奈たちは買い出しでいないんだろう」
「はい……。でも大丈夫です、鬼道さんは折角のお休みなんですからゆっくり休んでください」
鬼道の手から洗濯物を受け取ろうと花織が手を伸ばす。だが、鬼道は譲らなかった。花織をゴーグル越しに見つめてそっと伸ばされた彼女の手を握る。
「ならば俺の話に付き合ってくれ。一人で退屈していたところでな。その代わりと言っては何だが、マネージャーの仕事を手伝おう」
「鬼道さん……」
鬼道は花織よりも何枚も上手だ。花織が困ったように笑う。でも正直救われたような気がした。今一人で作業を続けていたらきっと気持ちが沈むばかりだった。
「ありがとうございます、鬼道さん」
やはり鬼道有人は月島花織という人間をよく理解している。
❀
鬼道と久々に話をゆっくりとして、花織の不安もかなり解消された。女は悩みがあるとき話を聞いてもらいたがるものだという。花織は直接彼に悩みを相談したわけではないのだが、ただただ普通の 世間一般的な会話をすることで気持ちが解れるのを感じていた。鬼道は花織を公平な立場から評価してくれて、それでいて彼女を持ち上げるのが上手い。だから自然と彼女の機嫌も良くなっていた。
今日も湯上りに風丸の部屋を訪れる。約束は特にしていないが、毎日こうしてこの時間に会うことにしているのだから約束など必要なかった。いつも、そうなのだから。花織が戸を叩けば少しして風丸が戸を開ける。
「花織」
風丸は花織を見つめて微笑もうとした、がその前に彼は硬直した。何かに反応して彼は少しだけ頬を赤くする。その理由は彼女の赤みが差した頬だったり、例によって惜しげもなく晒された白い肌だったり、彼女が使っている石鹸の匂いだったりした。
「一郎太くん、時間いいかな?」
さらりと流れる髪を抑えて彼女が首を傾げる。美しい黒髪は恐らく乾かしたのだろうが、まだ少ししっとりとしている。風丸は今この状態の彼女を自室に上げ、何もせずに無事に部屋に帰すことができる自信がなかった。もうすでに堪えがたい衝動が首を擡げ始めている。風丸は目を逸らしてすまない、と呟いた。
「今日はもう寝ようと思うんだ。ちょっと疲れててな」
「あ、そうなんだ。体調は大丈夫? 食事はとれた? ……顔、少し赤いみたいだけど」
咄嗟の嘘を風丸が付けば花織は心配そうに風丸の顔を覗き込む。白い首筋、そしてシャツの中の白い果実がちらりと見えた。
「……っ」
風丸の額に触れようとした花織の手を避けて風丸は部屋に引っ込む。今、花織に触れられるのはまずいと思った。ただでさえ、彼女が身動きしただけでよい香りが鼻腔をつくのに。
「だ、大丈夫だ。寝てれば治るから」
おやすみ、といって彼は逃げるようにぴしゃりと扉を閉めてしまう。花織は伸ばした腕を静かに下した。変な様子だった、あんなの初めてだった。花織は酷く困惑していた、おそらく彼女が考えるにわざとではないとはいえ、触れようとしたことを拒絶されたのが思いのほかショックであった。
「一郎太くん……」
私が嫌われるような何かをしてしまったのだろうか。まず考えたのはそれだった。なぜなら風丸が花織に対してこういう態度を取るときは本気で花織を遠ざけたいときだけなのだから。閉ざされた扉を見つめて大きな瞳が揺らいだ。今朝も、今日の練習もいつも通りに接していたはずなのに。
「なあにしてんの、花織チャンよお」
呆然と立ち尽くしている花織を呼んだ のは普段、花織にもチームメイトにも関わろうとしない不動明王だった。いやらしくにやついた表情で、花織をじろじろと見ている。どうやら今の一連の流れを見ていたようだ。
「何、風丸クンに拒絶されて泣いてるワケ? よっぽど好きみてえだな、彼氏サマのことがさ」
「……っ」
潤んだ瞳を不動から逸らして花織は俯く。事実であるから何も言えなかった。風丸に拒絶されたことが胸に響いている。それだけ彼のことが好きなのも事実だ。黙り込んでいる花織の肩を不動は強引に抱き寄せる。驚く間もなく、彼は花織に低く囁いた。
「ま、風丸クンは違うみたいだけどなあ? そりゃ日夜ずっと一緒にいりゃ、飽きも来るだろうよ」
意地の悪い言葉、彼はそういってにやつきながら ぽんと花織の肩を叩いて自室へ戻っていった。普段なら気にも留めない不動の嫌味な言動が、今の花織の心には重くのしかかっていた。”飽き”その言葉がとても怖かった。不動の言う通り、風丸は自分といることに飽きてしまったのかもしれない。
「……」
どうしよう。とぼとぼと部屋へ戻りながら花織は思う。今日は勝手に練習をする気にもなれなかった。ぐるぐると頭の中で風丸に拒絶された瞬間と、不動の言葉が回る。布団に潜り込んでも彼女の不安は治まらず、堪らなくなって花織はこういう方面で頼りになるであろう親友にメールを打ち込んだ。