FFI編 第五章
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翌朝、花織は風丸に言われた通り緑川と話をしてみようと、いつもよりも早起きをしてスポーツ飲料の入ったボトルとタオルを準備した。また念のために今のうちに済ませておけるマネージャー業務も予め終えておく。
はたして、彼が今日も練習をしているのか、起きてカーテンを開けたときにはまだ窓の外に彼の姿がなかったからわからない。でも本当に何か思い悩むことがあるのならば少しだけでもいいから打ち明けてほしい。
夜が明け、ようやく日が昇り始めた頃、花織はグラウンドへでた。花織が眼を凝らさずともその姿はすぐに捉えられた。いた。花織は階段を下りてピッチへと向かう。
今日はボールを使い障害物を避けてドリブルを行う練習をしているようだ。練習の邪魔をしないように花織は、声は掛けずにベンチに座る。緑川が準備したのであろうドリンクボトルとタオルが乱雑に放置されている。花織はそれを整えて、静かに緑川の練習を眺めていた。
花織がやってきて十五分ほどたったころ、緑川の足が止まった。膝に手をついて息を切らしている。休憩に戻ってくるのかもしれない。花織はそう思った。彼のプレーを見ていて感じたのは、彼は今力任せにがむしゃらに突っ走っているということだ。自分の身体の無理なんて全く考えていない。緑川が顔を上げる、そしてようやく花織の姿がそこにあることに気が付いたようだった。驚いたように目を見開いて、ずんずんとこちらへ向かって歩いてくる。
「おはよう、緑川くん。今日も朝から練習してるんだね」
「……月島さん」
肩で息をして、滴る汗を手の甲で拭いながら緑川がベンチに座っている花織を見下ろす。花織が彼にタオルを差し出せば無造作に彼はそれをひっつかんだ。
「君は今日も早起きだね。俺のことは放っといて、っていったじゃん」
ぶっきらぼうに緑川が吐き捨てる。いつものように明るくてお調子者な雰囲気ではない。苛立ちを孕んだような、きつい口調で花織に言葉を掛けた。花織はただ微笑んで緑川を見上げる。
「放っとけないよ、仲間だから」
「情けも過ぐれば仇となる。本当に俺のことはいいから、大丈夫だから」
緑川はタオルを放り投げて練習に戻ろうとする。花織はその手を掴んで引き留めた。汗で濡れた緑川の手が花織の手に収まる。緑川は振り返って花織を睨んだ。花織はあくまでも穏やかにだが真剣な目をして緑川を見据える。
「本当に大丈夫な人はそんな顔しない」
「……っ」
緑川が深く眉間に皺を寄せた。苛立ちを隠しきれずに花織の手を払いのける。
「君に何が分かるっていうんだ‼ 選手でもないのに!」
「緑川くん……」
「仲間? それでもレギュラーを取り合わなきゃいけない。メンバーに選ばれなきゃ意味がないんだ。本当の意味での仲間になるには、それ相応の実力が必要なんだ‼」
ありったけの声で緑川が叫ぶ。花織は少なくともそれが彼の本心であることを悟った。やっぱり緑川は悩んでいたのだ、自分の実力不足を感じて、朝も夜もがむしゃらに突っ走り続けている。
「それでも、そんなに自分を追い込んでいたらきっといつか身体を壊す。最近、食事も喉を通ってないんじゃない? カタール戦の時だって足の筋肉が疲労で痙攣してた。ねえ緑川くん、緑川くんは……」
「もういい‼ 余計なお世話だ!」
緑川は自分が持ってきたタオルを引っ付かみ、合宿所へと向かって走っていった。残された花織はその場に立ち尽くして困った顔をする。これは思ったより手ごわい、というより彼は私を信頼してくれていないようだ。今まで相談を受けてきた風丸をはじめとする人間は自分を信用してくれていたから話を受けやすかったが、緑川とはそこまでの付き合いでもない。
緑川は自分に自信がないのだと思う。だから自分のプレーをすれば大丈夫なのだと元気づけたかった。だがもう、花織の口からそれはできないだろう。
「ごめんね花織さん、うちの緑川が酷いことを言ったみたいだね」
唐突に花織の背後から声が聞こえた花織は驚いてくるりと振り返る。ヒロトだ、彼もユニフォームにすでに着替えており、おはようと改めて挨拶をする。
「……っ、ひ、ヒロトさん? 何でここに」
「外に二人の姿が見えたから降りてきたんだ。大丈夫だったかい?」
ヒロトが心配そうに花織の顔を覗き込んだ。綺麗な緑色の瞳が花織を覗き込む。花織は頷いて合宿所の方に視線を向ける。
「私は大丈夫だけど……。緑川くん、ちょっと悩みがあるみたいで」
「みたいだね、最近食事もあんまりとってないようだし。さっきの様子を見てると、かなり切羽詰まってるようだ。ねえ、花織さん」
ヒロトがさりげなく花織の肩に手を触れる。花織はヒロトに視線を戻した。ヒロトはいつもの穏やかな表情の中にも真剣さを交えて花織に語り掛ける。
「緑川のこと、俺に任せてくれないかな」
「ヒロトさんに?」
「うん。……大丈夫だよ、そんな顔しないで」
緑川のさっきの苛立ちっぷりを見ていたためか、花織の不安が表情に出ていたようだ。彼は選手でもない花織にはわからない、と言っていたが、選手であるヒロトに何か言われても刺激してしまうのではないかと思ったのだ。だがヒロトはフッと口元に微笑みを浮かべて花織を見つめる。
「おひさま園出身の俺たちは兄弟みたいなものだから」
その言葉には説得力があった。失念していたが、ヒロトと緑川はただ単に仲が良いわけではない。身寄りのない子供たちを預かる保護施設、おひさま園で共に育ってきた友だ。花織は頷いてヒロトの意見を呑む。
「うん。……でも何かあったら相談してね」
「もちろん。俺は頼りにしてるから、花織さんのこと」