FFI編 第二章
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ヒロトたちと話をしたことにより、集合時間はぎりぎりになってしまっていた。早く来ていてよかったと思いながら花織は急いで部室の戸を叩き中へと入る。中には秋と春奈、夏未と雷門サッカー部のマネージャーと響木監督の姿があった。全員が何やらの紙を手にしているところを見ると、どうやらもう説明を始めようとしていたところらしい。
「月島か」
「すみません、遅れました」
時間的には集合時間の二分前、間に合ったかと思ったがそうではないようだ。花織は頭を下げて秋の隣へと立つ。荷物を机に置き、用意されていたプリントを手に取る。そして申し訳なさそうに俯き響木監督による説明再開を待ったが、一向に始まる様子はない。不思議に思った花織が顔を上げると秋が花織に微笑みかけた。
「花織ちゃん、まだ遅刻じゃないよ」
「凄くぎりぎりだったけれどもね」
秋と夏未が花織に言葉を掛ける。ふたりの言葉に花織はほっとして胸をなでおろした。その表情にも安堵の色が滲む。
「そっか、よかった……」
さすがに集合初日で遅刻というのはあまりにも情けない。特に今から行われる説明の内容が、花織の考えているものであるならばなおさらだ。花織は部室の時計を見上げる。黒い秒針が丁寧に時を刻んでいる。心臓がどきどきと音を立てる。強い緊張のせいか、十一時を通り過ぎる秒針の音が大きくかちりと響いたような気がした。
「よし、じゃあ説明に入るぞ。すでに知っていると思うが、少年サッカーの世界大会。フットボールフロンティアインターナショナル。通称FFIの開催がされる。お前たちはFFI日本代表のマネージャーとして選出されたのだ。お前たちの各自宅に書類が届いていたはずだ」
定刻を過ぎると同時に響木監督が説明を始める。花織はそっと荷物から自宅に届いていた封書を取り出した。やはりこれは本当だったのだと思うと胸にこみ上げるワクワク感が止まらない。花織はそれを落ち着けるように髪を耳にかけて響木監督の言葉に耳を傾ける。
「マネージャーの仕事は選手たちの練習、合宿期間中の生活のサポートを行うことだ。お前たちは改めて説明せずとも重々わかっているだろう。だから選ばれたのだ」
秋、春奈、夏未、花織がマネージャーとして選ばれたことには二つの理由がある。一つは実績、一つは学校からの認可だ。
まず本来ならばマネージャーといえど十分な審査が必要だ。マネージャーといえど日本代表の選手たちのいるベンチに入ることができるのだから、志願する人間は多くいることだろう。本当に代表の選手たちをサポートするに十分な能力があるか、見極めなければならない。だが花織たちがそれをせずともこうして選ばれたのは地上最強のチームをサポートしたという実績があったからだ。
彼女たちは彼らとともに旅をし、十分なマネジメント能力が認められている。
そしてもう一つ。マネージャーとして活動するということは日本代表の選手たちと生活を共にすることであり、その分学校には通学できない。いわば休学の状態となる。選手たちは日本代表として活躍するのだから、休学期間中の単位は保証されているがマネージャーはそうではない。本来大会に出るために絶対不可欠な存在ではないからだ。
しかし”そういうこと”に理解のある雷門理事長が特別な計らいをしてくれ、マネージャーとそして戦略アドバイザーも選手と同列に扱うことを取り決めてくれたのだという。
「言っておくがこれは強制ではない。お前たちの中には勉強を優先したいものもいるだろう。よく考えて決めてくれ」
規約、注意事項など必要な説明を終えた後、響木監督が告げる。花織は神妙な顔をして話を聞いていた。日本代表サッカー選手のマネージャーなんてもう二度とできないだろう。こちらから願い出たいほどの申し出だが、花織は少しだけ迷っていた。
「マネージャーとして日本代表の選手たちと共に世界の頂点を目指してくれる者は、選考試合当日までに誓約書を俺のところまで提出に来てくれ。選手が決まり次第、大会本部に提出しなければならないからな」
「はい」
四人ともそろって響木の言葉に返事をする。マネージャーであったとしても皆気合の入った表情だった。彼女たちもまた日本を背負って戦うメンバーとなるのかもしれないのだから当然だ。
「では選考試合について説明する。選考試合は二日後だ。現在代表候補は二十二名。ここから十六名まで絞り込む。代表候補を二チームに分け各々の実力を見る。お前たちの手元にある紙にメンバー編成が書いてある」
響木の言葉に花織たちはいっせいにプリントに視線を落とした。急いで選手の名前を確認する。花織はBチームの選手の中に風丸の名前を見つけて思わず頬を緩めた。
❀
驚きの時間が続けば時間は早足で過ぎていった。あの後選手たちにもマネージャーに説明された内容とほぼおなじ内容の説明がなされ、選考試合の日程とチーム編成が発表された。
日本代表候補として呼ばれた選手はほとんど花織たちの知っているお馴染みのメンバーであった。花織個人としては一之瀬と土門が呼ばれていないことに疑問を抱いたのだが、察するにおそらく辞退したのだろう。数週間前、近々アメリカに戻る予定だと彼らが話していたことを思い出す。
見知ったメンバーばかりだといってもそれでも知らない人間もちらほらといた。そして問題因子となりそうなものも。選ばれた選手たちは世界と戦えるという喜びを表し、一部を除いてだが気合十分であった。
花織たちマネージャーもチームそれぞれに分かれ、あくまでも雷門中のマネージャーとして選手をサポートすることになった。秋と夏未はAチーム。花織と春奈がBチームを担当する。練習は明日からで花織たちBチームは帝国学園で練習することになっている。
「それにしても日本代表候補に選ばれるなんてな。花織は知ってたのか?」
帰り道、まだ驚きと興奮の冷めやまない風丸が花織に問いかける。選手たちは全くFFIの存在と今日呼ばれた理由について知らなかったらしい。だからこそ響木監督の発表には大歓声が起こったものだ。
「ううん。私も一郎太くんたちが知らされるほんの一時間前に説明を受けたんだ。一応マネージャー候補として」
「そうか。花織も……」
風丸は少し嬉しそうな表情を浮かべる。おそらく、とは思っていたが彼女はマネージャーとなるのか。彼女の実績を考えれば当たり前の事かもしれない。風丸自身花織のマネージャーとしての能力は知っているからチームにいてくれれば心強い。いや、それだけではないか。
風丸にとって彼女が近くで応援してくれればそれが何よりの力だ。サッカーをする風丸の隣にはいつだって花織の応援があった。花織がいてくれれば風丸は本領以上の力を発揮できるかもしれない。
「でも、少しだけ迷ってるんだ。私なんかが日本代表のマネージャーで本当にいいのか」
「え?」
彼女は迷いなくマネージャーになるのだと思った。考えもしなかった花織の言葉に風丸が彼女を凝視する。花織は少しだけ俯き、細い眉を困ったように寄せている。艶やかな黒髪が風に揺れ、彼女の表情を隠そうとしていた。彼女が隠そうとしている感情は紛れなく不安だ。
「何言ってるんだよ。花織はいつも俺たちを支えてくれてるじゃないか。それに監督に能力を評価されてマネージャーに選ばれてる」
マネージャーとしての仕事ぶりは監督のお墨付きだろう。それに風丸にとって不本意だが花織はチームメイトからの人気が高く、その柔らかな雰囲気から相談事を持ち掛けやすい。キャラバンに乗っていた時も彼女は選手の悩み相談に乗っていた。十分だろう。
「でも本当に日本代表を支える力が私にあるのか……。だって日本を背負って戦うみんなを一番近くで支えるんだよ。今までの中学校の部活のマネージャーと一緒にはできないよ」
風丸は花織の心情を察する。彼女は自分が思うよりも日本代表という立場に責任の重さを感じているようだ。風丸をはじめ選手たちは代表にまだ選出されていないからなのかもしれないが、責任よりも世界を相手に戦えるかもしれないという期待の方が大きかった。それに今まで練習して強くなってきたという自信がある。フットボールフロンティア優勝、地上最強チームの一員。誇れるだけの功績が残っている。
「花織」
風丸の手が花織を引き留めた。そしてじっと花織のことを見つめる。優しい黒の瞳。その中にはいつも曲がらない信念がある。他人を支える優しい思いやりがある。風丸のサッカーは花織とともにあった。だからこれからも花織と共に在り続けたい。
「俺は、お前にはいつも俺を支えてほしい。誰よりも近くで」
「だったら猶更……」
マネージャーとしてではなく、一ファンとして応援した方がいいだろう。花織が悩む点のもう一つは風丸が理由だ。風丸の存在は花織にとってどうやったって特別だ。他の選手と同列には扱えない。だが風丸は引かなかった。花織、と彼女の名前を呼び真摯に花織を見つめている。
「……お前は俺の彼女だけど、同時に今まで一緒に戦ってきた仲間だ」
「一郎太くん……」
どきん、と胸が大きく高鳴る。前向きな瞳。かつては一時期光を失った彼が、こうしてサッカーを楽しんでくれる。とても大切で、大好きな人。この人のために何かをしたい。自分ができるすべてをもって。
「俺は絶対に代表になる。そしてお前が信じてくれる俺のスピードで世界一を目指す」
花織は目を細める。私にできることは何か。マネージャーとして自分の持てる力をすべて使って、彼らの勝利に貢献することではないだろうか。それが何よりも彼のためになるかもしれない。
風丸がそっと花織の髪を撫でる。そっと顔を寄せて額を合わせた。
「だから一緒に戦おうぜ。世界一になるために」
「……うん」
きっとまだまだ力不足で、頼りないだろうけれど。それでも彼のために頑張りたい。ようやく花織はそう思えた。マネージャーとして日本代表を支える決心も。
「……選考試合頑張ってね。応援してる」