FFI編 第二章
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翌日、花織は例の文書を持って雷門中へと向かっていた。はたしてこの文書に書かれていることは事実なのだろうか。昨夜はそのことばかりが気にかかってあまり眠れなかった。
昨日のうちに両親にはこの件をまだ詳しい説明はないがと話した。正直言ってあまり良い反応が得られたとは言えない。マネージャーになるということは、選手たちと行動を共にするということであって、その分の勉学が遅れてしまうということに他ならない。良い経験にはなるだろうけど……、とは言ってくれていたものの、ほんの三か月前地上最強チーム結成の旅に出ていたこともあって花織の勉強が遅れるのではないのかと心配なのだ。
何にせよ、説明を受けてみなければ分からない。十分な説明を受けてから決めるべきことだ。
花織はようやく通いなれた道を通って雷門中へと向かう。時刻は現在十時三十分、おそらく集合十五分前には雷門中に到着できるだろう。
「花織さん」
急に自分の背後から自分の名前を呼ばれて花織は驚く。聞き覚えのある声に彼女は振り返った。そしてあっと声を上げる。花織と同じくらいの背丈の少年。ふわふわの銀髪で、彼の穏やかな深緑色の目は花織を柔らかに見つめている。右手を上げ、朗らかに花織に声を掛けた彼は変わらない微笑みを浮かべていた。
「えっ、士郎くん⁉」
「久しぶりだね、元気だった?」
吹雪士郎。彼は北海道にある白恋中学サッカー部のエースストライカーだ。イナズマキャラバンに参加し、ともにエイリア学園と戦った。以前花織とも色々なことがあったが、イナズマキャラバンに参加しているときから彼とは親しくしている。彼について名前呼びなのはその名残だ。今でもメールでのやり取り程度は時々している。
「うん。でもどうして士郎くんがこんなところに?」
「響木監督に呼ばれてね。雷門中に行く途中だったんだ」
ふんわりとした表情で吹雪は笑う。響木監督の呼び出しで遥々北海道から東京までやってきたというのに彼は微塵も疲れを見せない。ふと花織はその言葉に引っ掛かりを感じた。風丸と同じで吹雪も響木監督に呼ばれている。あの話、これはいよいよ本当なのかもしれない。
「花織さんはどこにいくの?」
「私も雷門中に。ちょっと用事があって」
詳しいことは何も語らずに言葉を濁す。吹雪は花織の返答に嬉しそうに笑った。
「じゃあ一緒に行こう。道は覚えてるつもりだったけど、ひとりでちょっと心細かったんだ。……それにせっかくだしね」
吹雪は少しだけ含みを持たせたような言葉を告げる。吹雪にとって花織は大切な友人。……いや違う、そんな単純ではない。花織は吹雪の恩人で、想い人だ。たとえ叶わないとわかっていてもその気持ちは変わらない。
「ふふ、そうだね。一緒に行こうか」
彼の言葉の真意には気づかず、彼の提案に頷いて花織は歩き出す。三か月というのはそう長い時間ではないはずなのに、随分と長い間あっていなかったような感覚だ。花織が吹雪の顔をちらりと見れば、花織と目が合った吹雪はにっこりと笑った。
「一番初めに会えたのが花織さんでよかった。……ずっと君に会いたかったから」
❀
雷門中に到着し、花織は吹雪と別れる。吹雪たちは体育館に集合なのだが、花織たちは部室に集合なのだ。おそらくマネージャー候補に先に話が通るのだろう。
花織は半ばFFI開催を確信しつつあった。何しろ吹雪を送り届けた体育館には綱海や立向居、木暮など共に地上最強を目指した選手たちが既に集められていたのだ。そしてみんな口を揃えて響木監督に呼ばれた、という。これはもはやそうとしか考えられない。
時刻は十時四十五分、そろそろ部室に向かわなければならない。花織はワクワクする気持ちを抑えて部室へと向かう。他にはどんな選手が集められるのだろうか。日本代表、ということは日本のトップレベルの選手が集められるわけだ。
「月島さん」
またも背後から声を掛けられる。花織は振り返った。今度花織の視界に映ったのは赤い髪の少年だ。緑色の目が花織をじっと見つめている。穏やかな雰囲気を身に纏う少年に花織は見覚えがあった。
「! ……ヒロトさん!」
「やあ、また会えたね」
彼は花織に優しく微笑む。彼は元エイリア学園ザ・ジェネシスのキャプテン基山ヒロト。エイリア学園最強の戦士だと言われた少年だ。かつては雷門イレブンとは敵対していた人物である。しかしそんな彼は敵対していたころ人目を盗み、花織に会いに来ていたことがあった。
花織ははじめ、彼に強く敵対心を抱いていたが、徐々にその気持ちを払拭していった。そして星の使途爆発後には再開の約束をし、瞳子たちと去っていった彼が今目の前に立っている。
「お久しぶりです。元気でしたか?」
「うん。君も元気そうでよかった。……でも君の大切な彼の姿が見えないね、今日は一緒じゃないんだ」
ヒロトはいたずらっぽく笑い、花織を見つめる。ヒロトは花織と風丸の関係を知り、花織がどれだけ風丸を好いているかも知っている人物だ。彼の指摘に花織は困ったように笑う、少しだけ彼の言葉に頬を赤らめた。
「一郎太くんは今キャプテンたちと買い物に行ってて……。でも響木監督に呼ばれてるって言ってたから、もう少ししたら来ると思いますよ」
「ふーん、円堂くんたちもか……。じゃあ今がチャンスかな」
ぽつりとヒロトが呟いた言葉に花織が首を傾げる。
「チャンス?」
「うん、君に近づくチャンス」
ヒロトは頷く。そして花織に一歩歩み寄った。じっと花織を見つめる穏やかな目が真剣なものになる。ヒロトはさりげなく花織の左手を取る。花織は突然の出来事に動揺し、目を見開いた。
「俺、君のこと諦めてないから」
ヒロトがはっきりと断言する。彼の強い眼差しはそれが嘘ではないのだということを物語っていた。
ジェネシスとの決戦前夜、ヒロトは花織の家を訪れた。自らの父のために自分を捨てる覚悟をするために。彼は花織と密会する中で彼女の芯の強さに惹かれていたのだ。基山ヒロトとしての未練を断ち切るためにあの時花織に想いを告げた。
しかしエイリア学園無き今、彼はもうグランである必要はない。これから彼は基山ヒロトとして生きていける。だからこうして響木監督から連絡を貰い雷門へ来ることになったと決まった時、今まで敵として戦ってきたすべての人と新しく関係を築こうと決めた。円堂たちと、そして今目の前にいる、敵対している頃からも”基山ヒロト”として恋心を抱いたこの少女とも。
「君には随分失礼なことを言ったし、酷いことをした。きっと嫌われても仕方がないと思う。……でも君が許してくれるならまた君と一から関係を築きたい。敵としてじゃなく一人のサッカープレイヤー……、いや友人として」
「ヒロトさん……」
花織はじっとヒロトを見つめる。グランだったころ、特に出会ったばかりのころは、花織は彼のことが嫌いだった。不気味で、急に花織の前に現れては花織を煽るようなことばかり言う人物だったからだ。でも風丸がキャラバンを離脱してしまってからの彼は、落ち込む花織を励まそうともしてくれた。それに真実を知ってしまえばわかる。本当の彼は優しくて聡明で、他人想いの人だ。花織は微笑む、今のこの人とならきちんとした友人関係を築けると。
「ちょっとヒロト、俺のこと忘れてるでしょ」
そのとき二人で話し込んでいたヒロトと花織の間にムッとしたような声が割り入る。彼らははっと我に返ってその人物を振り返った。花織はさりげなくヒロトから手を退ける。ヒロトはああ、とその少年を見て笑った。
「ごめん緑川、彼女が居たからつい」
「いいけど。でもちゃんと紹介してくれるんだろうな」
眉を顰めて緑川と呼ばれた少年がヒロトを見る。緑色の髪のポニーテール。中性的な顔立ちだがどこか花織は彼に見覚えがあるような気がした。緑川という名前に聞き覚えはないからおそらく初対面のはずだが……。
「もちろん。緑川、彼女は雷門中のマネージャーの月島花織さん」
「初めまして」
ヒロトの紹介に合わせて花織は頭を下げる。すると緑川はクスクス、と笑った。思いにもよらない反応に花織が怪訝な顔をする。すると彼はニッと笑ってポニーテールを揺らした。
「実は初めましてじゃないんだよね」
「え?」
「俺のこと、わかる?」
まるで花織を知っているような口ぶり。ますます花織は混乱する。そんな花織の心境を悟ってか、緑川は唐突に前髪とポニーテールを両手で持ち上げる。特徴的な髪形、にやりと笑ったその表情。花織はあっと声を上げる。
「レーゼっていえば、わかるかな?」
「えっ、嘘……」
花織が驚愕に声を漏らした。思わず彼を凝視してしまう。レーゼとはエイリア学園ジェミニストームのキャプテンで、雷門中を破壊した張本人。冷徹な性格で雷門イレブンを馬鹿にしたような言動をとっていた。目の前の明るい少年とは似ても似つかないキャラクターだったはずだ。
「レーゼって、そんな性格でしたっけ……?」
「まあ、宇宙人の時はキャラ作ってたから。俺の本当の名前は緑川リュウジ。これからは緑川でよろしく」
明るく笑い飛ばしながら緑川がいう。花織は戸惑いながら緑川を見る。雰囲気も言動もまるで別人のようだ。表情に困惑の色を見せる花織に、緑川は突然ずいと近寄る。そしてじいっと品定めをするかのように花織を見つめた。
「それにしても。ヒロトが夢中になってる女の子が雷門いるっていう話は聞いてたけど……。まさか君だったとはね」
「え?」
「君のことはよく覚えてるよ、奈良での試合前はあんまりに目立ってからね。あの二人はあまりに過保護っていうのかな。……ああ、ヒロトのライバルのことだけど」
緑川はくくくっと面白そうに笑いながら、花織を面白そうなものでも見るような目で見つめている。花織は、始め緑川の言っていることがわからず顔を顰めたが、彼の”奈良での試合前”という言葉で彼が何を言いたいのかを悟った。
彼が言い示しているのは恐らくジェミニストームとの二戦目、奈良のTV局での試合のことだろう。あの時は雷門の選手が十人しかおらず、花織が十一人目として出場するかで揉めたのだ。花織自身は試合に出ると主張したのだが、彼女を大切に思う二人が彼女の出場を認めないと声を上げた。確かその時レーゼは、呆れを交えたため息をついていた。花織はそれを思い出して少し恥ずかしくなった。
「そんなこと、覚えてなくても……」
「いや、だってかなり印象的だったからね。元々君は色々な意味で目立っていたし」
緑川はそう言いながら目の前の少女を眺める。セミロングの黒髪に白い肌。優し気で柔らかな印象を見せる黒い瞳。大人し気な雰囲気は大和撫子という言葉に遜色ない。それでいて中学生にしては育ちすぎたプロポーション。可愛らしい少女が揃う雷門のマネージャーの中でも、やけに目を引いた。
そして敵という立場からでも見えた、彼女に恋情以上の想いを寄せる男の存在。特に先ほど例に挙げた二人はかなり花織に熱を上げている。ヒロト曰く、彼女はそのうちの一人風丸という男子と交際をしているらしいが、それでも彼女を慕う男子は増えるばかりだとか。うっかり恋に落ちれば厳しい、そして負け確定のレースに巻き込まれることは間違いない。
「ヒロト、よっぽど頑張らないとこの子を落とすのは無理だと思うよ。永遠に磯鮑の片思いで終わりそうだ」
「ああ。だから俺は遠慮しないよ。何に対してもね」
少なくともこの会話は想い人の前で繰り広げるものではないだろう。花織は困ったような表情を浮かべる。だがそれでもにっこりとヒロトが緑川と花織に微笑みかけた。朗らかな笑みだったが、彼の瞳はとても挑戦的だった。彼のエメラルドグリーンの瞳は静かな闘志を燃やしている。
「花織さん。俺たち体育館の場所が分からないんだ。よかったら案内してくれないかな?」
ヒロトの態度は彼女に対する親愛を孕んでいた。君を名前で呼ぶことで、少しは俺たちの距離を払えるだろうか。