FF編 第二章
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翌日、授業にも身が入らないまま花織は放課後を迎えた。試合を見るかそれとも見ないか頭の中ではそればかりが占め、他を考える気にはなれなかった。仲の良い友人に相談することもできない。なぜなら半田は元からのサッカー部であり、さらにマックスも今回助っ人として試合に参加するという話を、直接彼から花織は聞いていた。そして言わずもがな、秋はサッカー部のマネージャーである。
はっきりと自分の意思が決まらないまま、花織はグラウンドからは死角になっている場所からグラウンドを見つめる。サッカー部のユニフォーム姿に身を包んだ風丸を視界に捕えれば、ふっと微笑みが浮かぶ。サッカー部のユニフォーム姿も素敵だった。その微笑みは花織がやはり風丸を心から好いているのだということを悟らせる。
「月島……?」
微かに聞こえた自分の名前に花織はその声の主を探す。花織のやや後方にはどうやら先客がいたようだった。白く逆立った髪、鋭い目つきと浅黒い肌そして端正な顔立ち。転校生の豪炎寺修也だ。
「豪炎寺くん?」
「ああ」
「豪炎寺くんも見に来てたの?」
花織がそう問いかけると、豪炎寺は花織から視線を逸らし俯いてしまった。気まずい沈黙が二人の間に走るが、それは長く続かなかった。すぐに校舎の外から大きな音が二人、いやその場にいた全員の意識を集める。校門の前には大きな車とも何とも言えない乗り物が止まっていた。
「あれは……」
帝国のサッカー部の……。花織は顔を顰めて制服のスカートの裾を握りしめる。心臓がドクンと大きく音を立てた。車のようなその乗り物の扉が大きな音を立てて開くと中から帝国の一般生徒、そしてサッカー部有志が現れた。
その先頭を切って堂々と歩くあの人の姿を見つめた花織は痺れるような胸の痛みに目を細める。久しぶりだ、あの人の姿を見るのも。マントにゴーグルなんて最初はおかしいと思ってたのに。
❀
風丸は辺りを見回して己の想い人を探す。どこかにいないのか、花織。この頃、全くと言っていいほど全く彼女と話をしていない。自分の取った行動を思えば仕方ないことだが、花織が納得してくれるまでそっとしておこうと思ったのが間違いだったのだろうか。それでもどこかで期待していたのだ。
もしかすると、花織は自分の試合を見に来てくれるのではないか、ひょっとすれば自分だけを彼女が応援してくれるのではないかと。だがやはり自分の一方的な想いではダメだったようだ。風丸は気持ちを切り替えて帝国サッカー部の面々に目を向ける。誰が花織の想い人だろう。
グラウンドに着いて早々、帝国学園サッカー部のキャプテン鬼道有人は円堂に許可を取り、試合前のアップを始めた。しかしそれは円堂たち雷門サッカー部とは全く格が違うものだった。風丸は酷く不安な気持ちに包まれる。人数も揃っていないこのチームで勝てるのだろうか。
「円堂くーん!」
壁山がトイレに消えた後、木野が新しい部員を連れてきた。目金か、風丸の不安な気持ちは増長する。アイツは運動が苦手だったはずだが。いやしかし、これで雷門イレブンは十一人揃ったわけだった。風丸はため息を吐く。こんなことで本当に大丈夫なのだろうか。
「どうしたのかな?」
花織がぽつりと声を漏らした。豪炎寺がちらりと視線を向ける。試合開始時刻はとうに過ぎているはずなのに一向に試合が始まらないのだ。巨体の少年が校舎の方へと駆けて行っていたがそれが原因だろうか。
「豪炎寺くん」
「……なんだ?」
豪炎寺は短く返事を返す。花織は以前、豪炎寺と話したときから気になっていたことを唇から音として吐き出した。
「豪炎寺くんってサッカー好きなの?」
ぴくりと豪炎寺の瞼が痙攣するように一瞬揺れた。
「別に……。何故だ?」
「だって試合を見るんでしょう、これから」
花織は首を傾げて問いかける。本心から言えば全くと言っていいほどそんなことは思ってはいない。きっと彼はサッカーが好きだったはずだ。でなければ以前のようにサッカーという単語に嫌悪の表情を見せることは無かっただろう。
「じゃあ逆に聞くがお前はどうなんだ」
「私は……」
花織が言葉に詰まったと同時に耳を劈くような試合開始のホイッスルが、二人の会話を止めた。二人の会話はそのまま途切れ、試合の方へと意識が向けられる。初めは雷門の調子が良いのか帝国相手に攻めているように見えて、観客も湧き立っている。しかし……。花織は強くこぶしを握り締める。
「帝国はこんなものじゃない……」
「……?」
豪炎寺が怪訝そうにちらりと花織を見た。花織はそんな豪炎寺には目もくれず、不安げに顔を顰めながら試合を見ている。何度も鬼道に誘われて練習を見ていたのだ、彼らの普段の動きがどの程度の物だったかくらい覚えている。今の動きはウォーミングアップにさえなってない。
染岡がシュートを放ったがそれは帝国学園ゴールキーパーの源田にあっさりと止められた。源田は鬼道に声を掛け、ボールを彼の元へと投げる。ボールを受け取った鬼道の口元はにやりと怪しく歪められた。ああ、彼だ、花織の心が大きく音を立てる。
「……始めようか、帝国のサッカーを」
鬼道の呟いた言葉によって彼らの本当のウォーミングアップが終わり、試合が始まった。それからの試合は、いや試合と呼ぶのが正しいのかすら観客には分からなかった。雷門は全くと言っていいほど帝国学園に歯が立たない。鬼道の発言、あれから数秒と経たないうちに雷門は一点リードされてしまった。キックオフが繰り返されるたび、それは目にもとまらぬ速さで帝国側の点数と化した。しかも帝国イレブンは点を取るだけでは飽き足らず、雷門イレブンの選手たちに危害を加え始めた。
「酷い……」
試合展開のあまりの酷さに花織は思わず顔を覆う。こんなのサッカーじゃない、そして事の発端は花織の想い人だ。いや違う、花織は首を振る。決して鬼道はこんなことする人ではない。最後こそ酷いものだったが帝国にいたあの一年間、彼は優しく声を掛けてくれていたのだ。
この試合だってそうだ、普通なら帝国は弱小チームなんて相手にしない。ならばこの試合展開も、総帥の指示のはず。なにも鬼道が悪いわけではない。そこまで考えて花織ははっと顔をあげた、どうして鬼道への擁護の言葉ばかりが胸の中に浮かぶのだろう。
風丸があれほど必死に頑張っているのだ、彼を応援しなくては……。しかし彼の姿は痛ましく、胸が焼けつくようにじりじりとした感覚を覚えた。知らず知らずのうちに花織の頬には涙が伝う。花織は呆然とただ試合に目を向けていた。
「月島。……大丈夫か?」
静かに豪炎寺が花織の肩に手を乗せた。豪炎寺もこの一週間で風丸と花織の関係は知っていた、だからこそ花織に同情した。ちらと花織が潤んだ瞳で豪炎寺を見上げる。彼自身も花織と同じく悲痛な顔をしていた。
「うん。……豪炎寺君も大丈夫? なんだかとても……、辛そうだけど」
「俺は……」
「デスゾーン、開始だ」
花織と豪炎寺の会話を遮る、帝国学園の鬼道の声が響く。その言葉に帝国選手は笑みを浮かべながらますます雷門を、円堂を傷つける。そして雷門選手を攻撃しながらも、鬼道はしきりに出てこい、と誰かに語りかけている。花織は涙を浮かべた瞳で豪炎寺に視線を向ける。先ほどから鬼道の声を聞くたび、豪炎寺は苦く顔を歪めている。まさか……。
「豪……」
花織が声を掛けようとした瞬間だった。