脅威の侵略者編 第十七章
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エイリア学園の脅威は終わったのだ。
吉良は逮捕され、ジェネシスの選手や瞳子も帰るべき場所に帰った。ジェミニストームやイプシロンの子どもたちも無事に保護されたという。これから警察の調査が入り、おそらくエイリア事件の全貌が明らかになるだろう。吉良星二郎がヒロト達の手を借りて更生してくれることを願うばかりだ。
「……またね、月島さん」
瞳子と去っていくヒロトが円堂に別れを告げた直後、微かな声で言った。花織はそれに気づいたが、他のメンバーは気づかなかったかもしれない。花織は去っていく基山ヒロトの背中を見つめて思った。この人がこれからは自分の為にサッカーができるようになればいいなと。そして彼がいつか、円堂たちと一緒にサッカーを楽しめる日が来ることを祈った。
さて花織は今、風に靡く髪を抑えながら今までのことを思い返していた。エイリア学園のすべてを彼に報告しなければならないが、どうやって文章を纏めればいいのかわからない。とにかく全部解決したことを伝えて後からじっくり彼に話そうか、などと彼と再会した後の事ばかりを考える。
早く稲妻町に戻りたいな、そう思いながら花織はちらりとキャラバンを振り返る。エイリア学園からの脱出時、キャラバンを無理させ過ぎたせいでどうやら一部故障してしまったらしい。そのせいで今、円堂たちはキャラバンを降り、芝サッカーを楽しんでいた。春奈と夏未も参加している。秋はその様子を眺め、花織は座って携帯を片手に楽しそうな彼らを見ながら何を彼に伝えようかと考えていたところだ。
「花織さん」
そんな花織に吹雪が声を掛けた。いつになく晴れ晴れとした表情の吹雪、ジェネシスとの試合で自分の心に決着をつけた彼は何だか不思議と髪型も変わり雰囲気も違う気がする。花織が吹雪を見上げれば、吹雪は花織に微笑みかける。
「花織さんに話があるんだけど……、いいかな?」
「うん。構わないよ」
花織は吹雪の申し出を快諾し、自分の脇に置いていた鞄を持って立ち上がる。そして二人はキャラバンの裏へと回った。
キャラバンを隔てた先で円堂たちが練習している。ワイワイと騒ぐ声は僕を救ってくれた大事な仲間。吹雪は目の前に立つ少女を見ている。少しの沈黙の間、吹雪は花織をじっと見つめていた。意志の強い目と綺麗な黒髪。他の誰かを好きでありながら、自分を見ていてくれた優しい人。
「もう、悩んでないね」
吹雪が黙って花織を見つめていると花織はクス、と微笑んで吹雪に言った。
「すっきりした顔してるよ、士郎くん」
花織の言うとおり、今まで悩んでいたことが嘘のように吹雪の表情は明るかった。彼の首元にマフラーが無いのが何だかとても新鮮だ。吹雪は花織の言葉に大きく頷いてみせる。
「うん、もう大丈夫。ちゃんとわかったんだ、僕は一人じゃないんだって」
吹雪はそっと自分の左胸に触れた。僕の周りには僕を支えてくれる仲間がいて、ここにはずっとアツヤがいてくれる。もう寂しくはない。やっと前を見て進んでいける。でもそれができるのもこの目の前にいる少女の助けがあったからかもしれない。
「花織さん、ありがとう」
吹雪が花織を見据えて微笑んだ。その微笑には今までにない穏やかさがある。
「ずっと僕の傍にいてくれて。僕の手を握っていてくれて、僕の名前を呼んでくれて……」
ふわふわと風が吹雪の髪を揺らす。今ならわかる、たとえ彼女の一番が他の誰かだったとしても。彼女が傍にいてくれたことでどれだけ自分が救われていたか。彼女が直接の打開のきっかけになったわけではない。でも彼女がいたから吹雪士郎でいることができた。
「君がいてくれたから僕は、ここに居られた。……君には感謝してもしきれないよ」
「私は何もできなかったよ。……全部は士郎くんが頑張ったから解決したこと。私は仲間として当然の事しかしてないもの」
花織はそう言いながら髪を耳に掛ける。確かに花織が吹雪のためにできたことはほとんどない。ただ傍に寄り添って、話を聞いた。それだけだ。でもそれこそが彼の心が完全に壊れるのを踏みとどめたのかもしれない。何にせよ、吹雪にとってみれば彼女は重要な人物であるということには変わりない。
花織は急に思い出したように鞄のファスナーを開いた。その一番上に入っているものを取り出す。そしてそれを何も言わずに吹雪に手渡した。
「花織さん、これ……」
「暑い沖縄でもずっと着けてた大切な物でしょう? 拾っておいたんだ」
それは吹雪のマフラーだった。白いふわふわのマフラー。ジェネシス戦の最中、全てに気づいた吹雪はこのマフラーを取り去ることで過去に囚われていた自分を捨てた。そしてそのまま置き去りにしてきてしまったのかと思っていた。だがどうやら、試合の最中に花織が拾っていてくれたようだ。吹雪はマフラーを受け取る。そしてマフラーに視線を落とした。
「……、ありがとう。このマフラー、アツヤの形見なんだ。これがあるといつもアツヤを近くに感じられるような気がしてた」
吹雪が呟く。そう、だからこのマフラーを外すことができなかった。マフラーを取ってしまうとアツヤがどこかへ行ってしまうような気がしていた。
「でも、もう大丈夫。アツヤは僕の中に居てくれるってわかったから」
吹雪は目を伏せてそっとマフラーを抱きしめる。そしてマフラーの温もりを確認して、すぐに顔を上げた。その表情には笑顔がある。
「だから大切にしまっておくよ。もしも僕がまたダメになりそうな時、アツヤから元気をもらえるように」
吹雪はマフラーを握り締める。優しく自分を見つめてくれる花織を見て、彼は決意した。
……やっぱり言わないままにはできないね、アツヤ。
吹雪は心の中でこのマフラーの本当の持ち主に語りかける。今ここではっきりしておくべきかもしれない、このマフラーのおかげで勇気が出たのだから。
「ね、花織さん。僕、ずっと花織さんに言おうと思ってたことがあるんだ」
吹雪が唐突に話を切り替え、毅然とした表情で花織を見据える。花織は首を傾げて吹雪の言葉を待った。
「花織さん、僕は君のことが好きです。優しくて温かい君に僕は何度も助けられた。だから、これからも僕の傍にいてほしいんだ。これからもずっと」
言っても無駄だとわかっているが、言わずにはいられなかった。このキャラバンに参加してから、吹雪の中には花織に対する特別な感情があった。彼女が自分に気づいてくれてからは益々大きくなったこの気持ち。
いつか言おうと思っていた。エイリア学園を倒して、どんな形であれ自分の決着がついたその時に。
花織は吹雪の言葉に驚いたようで、少しの間何も言わなかった。まさか吹雪が自分に対してそんな想いを抱いているとは考えもしなかったようだ。だが彼女はすぐにその言葉の意味を飲み込むと少し悲しげに微笑む。そして吹雪の告白に対する答えを迷いなく告げた。
「……士郎くんの気持ちは嬉しいよ。でもごめんなさい」
さらさらと穏やかな風が花織の髪を揺らす。花織の気持ちは彼にしか向いていない。ずっと今も会いたいと願うあの人。
「私には一郎太くんしかいないの」
花織は微笑んですら見せる。それが嘘偽りの無い正直な気持ちだ。吹雪は彼女の答えに頷いた。
「うん、知ってる。それでも伝えたかったんだ」
白恋で花織と出会った時からわかっていた。花織が彼に抱いている並々ならぬ気持ちを。共に過ごす時間の中、君がどれだけ彼のことを想っていたのかを。その後、朝日の中で幸せそうに話すふたりを見て僕が割り入る隙はないのだということも。
「僕とはこれまで通り、仲間でいてくれたら。……それでいいから」
自分の気持ちが報われることは無いとわかっている。それでも自分を支えようとしてくれたこの人に感謝の意味を込めて伝えなければならないと思ったのだ。吹雪は花織の首に掛けられたペンダントの鎖を見つめる。
君の気持ちはどうやったって揺らぎはしないだろう。
「花織さん、風丸くんに早く会えるといいね」
「……うん」
花織が微笑む。吹雪が助けられてきたその温かく優しい笑顔で。