脅威の侵略者編 第十七章
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結局、花織は吹雪の心の悩みを解消できなかった。
勿論そんなにすぐに彼の心を縛り続ける鎖を解くことなどできないとは分かっているが、花織はもう自分がどうすればいいのか分からない状態だった。吹雪の為に自分が何をできるだろう、考えても話を聞いて傍に寄り添うことしかできない。それ以上の彼の悩みを解決するような助言は花織にはできなかった。
そんな花織の悩みの上にさらには風丸に対する心配も募る。今日も彼に会うことができなかった。……本当に嫌われてしまったのかもしれない。花織は鞄の紐をぎゅっと握る。彼は明らかに自分を避けている。仕方のないことだとは分かっていても、やはり堪える物がある。
「花織!」
帰り道、花織が俯いて考え事をしていると、衝撃が背中に走った。花織はその衝撃によろめき思わずふら付いてしまう。自分の背中を叩いた人物を振り返れば、笑顔を浮かべたリカが花織の背後に立っていた。
「リカちゃん……、どうしたの? 今日は円堂君の家に泊まるんじゃなかったの?」
「せやで。でも時間あるし、久しぶりに花織と女子トークでもしたい思うて。ダーリンもどっか行くところがあるみたいやしな」
なるほど、と花織はリカの言葉に納得する。リカは強引に一之瀬に付きまとっている様に見えるが、一応彼のプライバシーは尊重できる人だ。だからこそ、今みたいにたとえ見知らぬ地であっても彼から離れ、時間を潰すこともあるのだろう。
「ちゅーわけや、花織! 一緒に可愛いカフェでも行かへん? お勧めの店とかあったら教えてーな!」
がしっと花織の肩を抱いてリカがウィンクをしてみせる。花織はそんなリカの明るさにふっと笑った。偶にはそういうのもいいかもしれない。そう思いながら花織は頷いてリカの言葉に答えた。
数十分後、二人は稲妻町ではそこそこお洒落なカフェで女子トークを繰り広げていた。初めは日頃の愚痴、一之瀬の魅力についてなどリカが話題を提供する形で対話は進んでいた。
「アレは傑作やったわ! 鬼道も全く気付かんかったしな」
「ふふふっ。でも本当に木暮君っていろんな意味で度胸があるよね。……そういうところは尊敬しちゃうかも」
くすくす、と花織が思い出し笑いをしながら言う。彼女たちは今、今日の練習の終わりに木暮が鬼道のマントに悪戯をしていた、という話で盛り上がっていた。それはチームにとっても、花織にとっても衝撃的な出来事であったため、花織は思い出すと思わず笑ってしまう。そんな笑みを零している花織をみつめて、リカは安心した様に笑った。
「……ちゃんと笑えとるんやな」
「え?」
花織がリカの言葉にきょとんとする。リカはカフェラテの入ったカップを持ち、一口飲む。そしてせや、と花織の言葉に反応した。そして花織の驚いたような表情を見て笑って見せる。
「ウチ、ずっと心配やったんや。花織が無理して笑ろうとるんやないかって。……さっきも風丸の所に行った帰りやったんやろ?」
リカがちらりと花織がテーブルの上に置いている携帯電話に視線を落とした。リカと花織はナニワの地下で話をして以来、彼女が一之瀬と一緒に居ることも多いせいか話す機会がたくさんあった。リカの目に映る、風丸と過ごす花織は羨ましいほど幸せそうだった。
でもあの日、風丸がキャラバンを去ってしまってから花織は酷く落ち込んでしまった。いつの間にか彼女は以前の通りに笑うようになったが、その表情からも風丸がいないことに対する寂しさの様なものを感じていた。花織がそれを徐々に隠すのが上手くなっている様な気がしたから、リカは花織が心配だったのだ。
自分一人で悩みを抱え込んでいるのではないか。無理に笑っているのではないだろうか、そう思うととても放ってはおけなかった。友達みんなはひとりのために、ひとりは友達みんなのために。それが、彼女が所属するチーム、CCCのモットーだ。彼女の信念でもある言葉。
「風丸には会えたん?」
「……ううん、まだ」
リカが心配そうに花織の顔を覗きこめば、花織は俯いて静かに首を横に振った。花織が注文したミルクティーからゆらゆらと湯気が立ち上っている。会うどころか、連絡すら取れないのだ。リカはそんな花織を見つめて眉を顰めた。風丸の事情は知らないが、どうしてこんなに悲しそうな顔をする恋人を放ってどこかにいけるのか。風丸だって花織が好きで好きで堪らないことは付き合いの浅いリカにだって分かるのに。
「こないに花織が心配しとるんやから電話ぐらいせえっちゅうのにな。……戻ってきたらウチがガツンと言ったるで」
リカがこぶしを顔の前に出してぎゅっと握りしめる。リカが前に風丸と話した時、彼は確かにこういった。"花織のことは俺が離さないから"と。どんな理由があってもその言葉を破って花織を不安にさせている風丸は女心的に許せない。だが怒りに燃えるリカを見つめている花織の表情は穏やかだった。
「大丈夫だよ、ちゃんと自分で言うから。……リカちゃん」
「ん?」
花織はリカに微笑みかける。花織はリカが自分を心配してここに来て話をしようとしてくれたことを悟っていた。いつも明るくて優しいリカと一緒に居ると、心の底から勇気で満たされるような気がした。
「ありがとう、心配してくれて」
「何言うとるん、ウチら友達やもん!当たり前やろ!」
ばん、とリカが胸を叩いて声を張った。そしてすぐに店内で声を張りすぎて注目を浴びてしまったことを気にするそぶりをみせる。花織は短い付き合いの自分をこんなに心配して、堂々と友達だと宣言してくれるリカの存在を頼もしく感じた。自分は恋人だけではなく、仲間や友人にも恵まれている。
「せやから、ちゃんとダブルデートの約束も忘れんといてな! 風丸が戻ってきたらすぐに行くで!」
びしっとリカが花織に指を差す。花織は風丸が戻ってくることを前提として話をしてくれるリカの言葉を嬉しく思いながら、笑顔で首を縦に振るのだった。
❀
あれから一時間後、花織は帰る方向の違うリカと別れて帰路に付こうとしていた。リカと居る間は楽しくて、笑顔の零れる時間が過ごせた。今抱えている悩みをすべて忘れていられた。しかしひとりになると考えてしまう、風丸のこと、吹雪のこと、もちろんチームに関することも。
時間が遅くなってしまったせいで、辺りは暗く街灯にも光が灯っている。人通りも時間のせいか少なくて、心細さを感じてしまう。そんな夜道を花織は俯き、考え事をしながら歩く。その時に感じたぞわりと背中から突き刺さる様な視線と人の気配。彼女は思わず足を止めた。以前にも感じたことのある、この感覚。花織は振り返る、しかし誰もいない。花織の中には声にならない恐怖がこみ上げた。
嫌な気配がして花織は走り出そうと前を向く。だがその花織の前に黒づくめの服を着た、三人の大柄の男が道をふさぐようにして立っている。花織は息を飲んで後ずさる、この人物たちから明らかに異様な雰囲気を感じた。
「月島花織さんだね」
三人は同じような容姿をしていたが、その中心に立っていたスキンヘッドの男が嫌な笑いを浮かべて花織の名を呼ぶ。花織は恐怖に足が竦むのを感じた。前にもこんなことがあった、後ろ手に縛りつけられ車に乗せられそうになった記憶。あの時の恐ろしい記憶が花織の中に蘇る。
「……っ」
当時のことを思いだし、花織は震えながら後ずさった。だが男たちはどんどん花織と距離を詰めてくる。そして花織に手を伸ばした。
「我々はエイリアに賛同するものだ。エイリアの為、君に雷門に居られると困るんだよ。……だから私たちと一緒に来て貰おうか」
エイリア、その言葉に花織は怯えながらも思考を巡らせた。どうしてエイリア学園が私を?花織は雷門にとって戦力になる人物ではない。マネージャーとしても秋らには劣る。特に優れているわけではないし、エイリアの秘密を知るわけでもない。思い当たる節はないのだ。……ヒロトと何度か密会していることを除けば、だが。
「お……、お断りします」
花織は震える声で答える。男たちはそんな花織の返答を嗤った。そして花織の腕を掴もうと冷たい声と共にずいと手が伸びてくる。
「君に拒否権はない」
頭の中で一刻も早くここから逃げなければと警鐘が鳴っている。花織は逃げ出そうとした。だが足が動かない、以前も感じたこの恐怖に完全に足が竦んでしまっている。このままでは、あの時と同じように……。動け、動け動け……! 花織は自分の足を動かそうとする。逃げられない、そう思った瞬間に彼女は自分にとって誰よりも頼りになる人物の名を叫ぶ。
「助けて、一郎太くん……っ」
ぎゅっと目を瞑ってあの時自分を救ってくれた救世主の名を呼ぶ。青い髪の彼が助けに来てくれることを心の底から祈った。
「花織‼」
名前を呼ばれると同時にぐっ、と背後から勢いよく手が引かれた。黒づくめの男たちは虚を突かれたような顔をしている。花織は声でそれが誰だかわかった。花織の腕を引かれるままに足を何とか動かした。花織の腕を掴み、花織を走らせているのはこの人だ。
「鬼道さん……!」
「逃げるぞ! 来い!」
彼はどこから現れて、どうして花織が危険だとわかったのだろう。そんなことは分からなかったが花織はとにかく鬼道の言葉に頷いた。後ろから追手が迫っている。鬼道は路地を駆け抜け、入り組んだ道を何度も行き来した。花織は手を引かれるまま鬼道に合わせて走る。そして鬼道は十分に男たちを引き離すと花織を勢い良く抱き寄せ、物陰に身を隠した。
「どこに行った⁉」
近くで男たちが花織らを探しているようだ。鬼道は花織を庇うように抱きしめる。走ったせいで荒くなっている息を何とかこらえてあたりの様子を窺った。しばらく隠れていると男たちは花織たちを見つけきれず、他の場所を探しに行った。段々と男たちの足音が遠ざかるのを耳で確認しながら鬼道が花織に問いかける。
「大丈夫だったか?」
鬼道が花織を抱く手を緩め、花織の両肩を掴んだ。花織は何とか首を縦に振って見せる。衝撃の出来事に今まだ心臓がバクバクと音を立てていたが、気持ちは大分冷静になれた。そんな花織の様子に鬼道は安堵した様にホッと息をつく、彼も息が切れているようだ。
「でも、どうして鬼道さんがこんなところに……」
「先刻まで円堂たちと鉄塔広場で練習をしていてな。一足先に戻るところだったんだ。……花織、アイツらはエイリア学園の」
声を潜め、顔を険しくした鬼道の問いかけに花織は頷く。どうやら鬼道が花織を見つけてくれたのは偶然だったらしい。でも鬼道がここを通りかかってくれて本当によかった。でなければきっと今頃花織は無事ではない。
「やはりな。……鬼瓦刑事に聞いた、豪炎寺を脅迫していた者たちの特徴に当て嵌まったから、もしやと思ってな。だがなぜ花織を」
「……わかりません、思い当たる節はなくて。ただ……」
口籠って花織は俯く。ただジェネシスのキャプテンと時折会っている、という点は他の皆とは違う点かもしれない。可能性としてはジェネシスのキャプテンとしてヒロトが雷門イレブンへの報復を考え、花織を消そうとした、というのは無いとは言えないことだ。
そう思って花織は、せめて鬼道だけにはヒロトとのことを話しておいた方がいいだろうかと思った。鬼道ならば内密に、といえばチームには黙っていてくれるだろうし、客観的に今の花織の置かれている現状を把握してくれるかもしれない。
「ただ?」
「……私、ジェネシスのキャプテンと何度か会っています。彼の正体を知る前も、後も」
「⁉」
鬼道は花織の返答に目に見えて動揺したようだった。花織の肩を掴む手に力が籠る。自分にとって特別な人物がエイリアの人間と会っていたことが信じがたかったし、何より彼女が自分の知らぬ間に男と密会していたということに彼の心は揺らいだ。
「どういうことだ、花織?」
「ヒロトさん……、いえグランは時々ふらりと私の前に現れるんです。一度目は北海道、二度目は京都、そして福岡。……一郎太くんがいなくなってからもです。福岡と沖縄で」
ヒロトさん、普段花織はそう呼んでいるのか、自然と鬼道の眉間に皺が寄る。花織は続けた。
「でも別に特に何を話したわけではありません。初めは円堂キャプテンの話をして。……一郎太くんがいなくなってからは私を」
「お前を?」
鬼道が顔を顰めながら花織に問う。花織は俯き鬼道の問いかけに答えた。
「……私を、心配しているのだと言いました。……俺を嫌うのは構わないからこれだけは信じてほしい、そう言って」
「……」
鬼道は困ったようにため息をついた。彼女の性質、どうしてか男を寄せ付ける性質だがこれは本当にどうにかならないだろうかと思う。彼女には風丸という恋人がいるのだからいい加減落ち着いてくれてもいいだろう。彼女には風丸しか見えていないのだが、これでは風丸が嫉妬するのも無理はないといつも思ってしまう。
「でも今回のことはジェネシスの差し金ではないと思います。グランは以前言ってました、サッカー以外で私たちに何をする気もないと」
「……まあ、俺もそう思うが」
もしもジェネシスやヒロトの企みであるなら、おそらく花織を攫う機会はいくらでもあったはずだ。それほど何度もヒロトと密会しているのであれば。それにしてももう少し花織には警戒心という物が欲しいと思う。
「とにかく、エイリアを倒すまでは絶対に一人になるんじゃないぞ。……今日は俺が家まで送る」
鬼道は花織を庇いながら路地をでる。前回の事件よりは落ち着いている花織の様子を見ながら鬼道は思う。風丸のいない今、お前を守れるのは俺だけだ。俺がどんなときでもお前を守ってやる、と。
「……鬼道さん」
「なんだ?」
「守ってくださってありがとうございます」
花織は柔らかく微笑んだ。鬼道はいつも花織に言ってくれる、お前はどんな時でも俺が守ると。花織に想いを告げるたびに何度だって彼はそう言った。それを有言実行してくれた鬼道はやはり頼もしいと思う。……ただ少し、少しだけ寂しいと思ってしまったのは、花織が心から助けを求めていたのは風丸だったからかもしれない。