脅威の侵略者編 第十六章
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花織は吹雪の手を引いて、あまり人目に付くと所は避けようと雷門中の敷地内、イナビカリ修練所へとやってきた。ここは地下であるため復興作業には関係なく、何よりきっと今日は誰も来ないだろう。本当は部室やキャラバン内で話すのが良いのだろうが、部室はまだ工事が終わらないし、キャラバンは鍵が閉められてしまった。
「こんなところでごめんね。でも、ここなら誰にも気を遣わずに話せると思うから」
内部にあるベンチに吹雪を誘導しながら花織が困り顔で笑って見せた。吹雪は花織に連れられるがままここへ来て、ベンチへ腰かける。広い修練場に二人の足音が消える。花織も吹雪の隣に腰かけて吹雪の顔を覗きこんだ。
「……花織さん」
吹雪は俯いて花織を呼ぶ。花織は黙って吹雪の言葉を待った。
「……花織さんは、どうして僕の話を聞いてくれるの?」
吹雪が今にも消えてしまいそうな声で言う。吹雪にとっては花織が今、ここへ連れてきてくれたこと自体が疑問だった。自分を心配してくれる彼女に先日も酷い言葉を掛けたばかり、チームにとってもお荷物になった。それなのに彼女は今日も自分の隣に寄り添って笑い掛けてくれていた。何故だろうか、吹雪にはわからないことだった。
「どうしてって……、士郎くんが悩んでるのを放っておけないからだよ。一人で士郎くんを苦しませたくない。ただそれだけ」
「……アツヤは」
花織の言葉を遮って吹雪が静かに語り始めた。花織は口を噤む、吹雪の言葉を一言一句聞き逃さない様にしっかりと集中した。
「アツヤは僕に言った、……僕じゃ完璧になれない、僕が消えればいいって。みんなも、アツヤとのフォワードとしての力を求めてることに気付いた。……僕はアツヤになろうとした、アツヤになれば完璧になれるって思ってた。……でも」
吹雪は静かに自分のうちに秘めている気持ちを語る。彼はアツヤになりたかった。元々吹雪が雷門へ勧誘されたのはストライカーとしての力を認められたからだ。だからシュートを決められなければ自分がここに居る意味は無かった。今でもそう思っている、チームにとって完璧な存在でなければ僕は存在している意味がない。だからアツヤになりたかった、今までずっと敗れることの無いシュートを持っていたアツヤに。
ただその一方でアツヤにすべてを委ねるのは怖かった。アツヤになることで、本当の吹雪士郎がどこかへ行ってしまうような気がした。でも皆が必要とするのはアツヤだった、僕はアツヤになろうとした。そのときのことだ。
「君の声が、僕を呼んだ。君に名前を呼ばれるたびに僕はアツヤの中から呼び起された。……君が笑い掛けてくれて、僕を呼んでくれることは、僕が求められてるのかもしれないっていう一縷の希望だった。僕が僕でいることを許されているような気がした」
アツヤになろうと決めた朝、花織が自分の手を握って士郎、と呼んでくれた。だから吹雪はアツヤにはなりきれなかった。士郎で居てもいいのかもしれない。そんな希望が彼の中に芽生えた。だが一方で花織の悲しげな微笑に気が付いた。士郎にもアツヤにもすぐに分かった。花織が自分の奥に誰を見つめているのか。
「でも、アツヤの笑う声が聞こえた。君が本当に心配しているのは僕じゃないって。心の底では君も選手としてアツヤを必要としているんだって」
吹雪はマフラーを握る。花織がどんな顔をして聞いているのかを見るのが怖くて下を向いた。
「チームに必要なのはアツヤだった。でもそのアツヤも完璧じゃなかった。……僕は必要のない人間だ」
吹雪は自分を縛る言葉を繰り返す。
「僕はサッカーができない。完璧じゃない、このチームに必要ない。なのに君は僕に今でも笑い掛けてくれる。あんなことを言ったのに……」
どうして、花織に問いかけるその声は消えるほど小さかった。二人の間に沈黙が流れる。吹雪は花織の方を見ることができなかった。
きっと花織はこんな自分に呆れているだろうと思った。その時、吹雪のマフラーを握る手にそっと温かい手が添えられた。吹雪は目を見開く。目の前には膝をつき、吹雪の手を握って彼を見上げている花織の姿があった。
「……だって、仲間だから」
花織は吹雪に微笑み、吹雪の頬に右手を添えた。吹雪は大きく目を見開く。花織の手は温かで優しかった。花織は吹雪の目を見つめながら静かに吹雪に語りかける。
「確かに士郎くんの言うとおりだよ。私は士郎くんを心配しながら、貴方のことを私が悩みに気づけないでキャラバンを去ってしまった彼の姿を重ねてた」
紛れもない彼女の本音。吹雪は目を逸らしてしまいそうになる。やはり花織さんは僕を見てくれていたわけではないんだ、僕はいなくてもいい人間だった。吹雪はますます殻に閉じこもろうとする。だが花織の手が吹雪の頬を撫で、彼の手を強く握った。吹雪が心を閉ざそうとするのを引き留めようとする。
「でもだからといって、士郎くんがどうでもいいわけじゃない。だって士郎くんは大切な仲間だから」
仲間、その言葉に吹雪の瞳が一瞬光を映す。仲間、その言葉が静かに吹雪の胸の中に響く。今の僕を仲間だと呼んでくれるのだろうか、花織の声は優しく吹雪の胸に滑り込んでくる。
「私は自分の仲間である士郎くんを一人にはしたくないんだよ」
どくん、と心臓が大きく音を立てた気がした。花織さんは、僕を心配してくれているんだ。この手に声に、そして瞳に嘘はない。彼女の瞳は大きくて優しい。吹雪は花織を見つめる。花織はゆっくりと立ち上がって吹雪の頭を自分の胸の中に抱き寄せた。
「ゆっくりでいい、士郎くんの気持ちを教えて? ……私にできることなら力になるから」
胸がズキズキと痛む感覚が僅かにある、しかし吹雪は柔らかい胸の中の心地よさに包まればそれは些細なものだった。息をすれば温かな良い匂いがした。柔らかな心臓の音が聞こえた。いつぶりに誰かの温もりをこんなに近くで感じただろう。
暖かくて優しくて吹雪の目からは涙が零れた。