脅威の侵略者編 第十五章
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イプシロンに勝利し、残すはジェネシスだけになったかと思われた。しかし違った、新たなチームエイリア学園ダイヤモンドダストを名乗る、マスターランクチームが現れたのだ。
雷門との戦いでサッカーの楽しさを知ったデザームらイプシロンは彼らの目の前で追放され、消されてしまった。
まだまだエイリア学園の脅威は終わらない、もしかしてまた新たなチームが現れるかもしれない。そんな不安は尽きないがチームは明るかった。豪炎寺がチームに戻ってきたからだ。
豪炎寺が戻ってきたおかげで、チームの特に豪炎寺を知る者たちの喜びは大きかった。圧倒的な強さでフィールドに現れた彼を見た時、初めて帝国学園と試合をしたときのことを思いだした。あの時も豪炎寺は途中から試合に参加し、シュートを決め実力を見せつけたのだった。
皆が寝静まってしまってから、花織はじっと携帯に向かう。豪炎寺が戻ってきた旨を風丸にも伝えたいと思った。彼も少なからず消息不明になっていた豪炎寺のことを心配していただろうし、きっと豪炎寺が戻ってきてくれたことを知れば喜んでくれるだろう。……もしかしたら彼が戻ってくる足掛かりにもなるかもしれない。
そんなことを思いながら花織はメールを打ち込む。普段はあまり携帯に触らないためか、メール作成には時間が掛かってしまうのだ。一つ一つ、風丸のことを思いながら、彼を急かす言葉を決して使わないように言葉を選ぶ。
「花織」
メールを必死に打ち込んでいると不意に名前を呼ばれた。花織は顔を上げて名を呼んだ人物を確認する。花織を呼び、彼女のことを覗き込んでいるのは今日戻ってきたばかりの豪炎寺だった。
「豪炎寺くん。……キャプテンと話してたんじゃないの?」
花織は座り込み、膝を抱えたまま首を傾げた。数十分前にテントを抜け出した際、キャラバンの上から円堂と豪炎寺の声が聞こえた。久しぶりだから積もる話もあるのだろう、花織はそう思い邪魔をしない様にとこっそりテントを出て、キャラバンから少し離れた場所に腰を下ろしていた。
「アイツはキャラバンに戻ってる。先刻、誰かがテントから出ていく音が聞こえて気になった。……多分、花織だと思った」
「ふふ、豪炎寺くんは耳がいいんだね」
豪炎寺の言葉に花織は表情を綻ばせた。フットボールフロンティア決勝戦の数日前、学校で合宿をしたときも花織は抜け出しを行っていた。その時もこんなふうに豪炎寺に見つかって彼が声を掛けてくれた。彼女はそれを思い出したのだ。
「隣、いいか」
「うん、どうぞ」
花織の隣に豪炎寺が腰を下ろす。当たり前のことだが、豪炎寺と話すのは久しぶりだ。先ほど鬼瓦刑事から話を聞いたのだが、豪炎寺はエイリア学園に妹を人質に取られ、脅迫されていたらしい。だからチームを離れ、沖縄の土方の元で身を隠していたのだと聞いた。きっと孤独で、辛い戦いだったに違いない。
「豪炎寺くん」
「なんだ?」
「お帰りなさい。豪炎寺くんがチームに戻ってきてくれて嬉しいよ」
抱えている膝に顔を付け、豪炎寺を覗き込みながら花織が言う。豪炎寺は一瞬きょとんとしていたが、フッと口元に笑みを浮かべた。静かな海が二人の眼前に広がっている。空には大きな月が浮かんでいて、水面をキラキラと輝かせている。波の音が潮風と共に頬を撫でた。
「……豪炎寺くんはずっとひとりで戦ってたんだね。それでも豪炎寺くんは戻ってきてくれた。豪炎寺くんを悩ませていたこともちゃんと解決して……、だから凄く嬉しいんだよ」
花織は海を眺めながらぽつりぽつりと呟く。そう、豪炎寺は戻ってきてくれたのだ、以前よりも遥かに強くなって。花織はその事実に彼のことを思った。彼もきっと戻ってきてくれるはずだ。決して強くなっていなくてもいい、ただいつも通りのあの頼もしい笑顔を浮かべていてくれれば。
「そうか。……俺も雷門に戻れて嬉しい。離れていてもずっとチームのことを考えていた」
彼女と同じように海を眺めていた豪炎寺は一瞬ちらりと花織の表情を見た。潮風が彼女の髪をサラサラと靡かせる。月明かりに照らされたその横顔はいつもの柔らかい笑顔を覆い隠すような寂しさがチラついている。どうして彼女はこんなに物寂しげなのだろうか、豪炎寺には円堂から聞いた話で思い当たることがあった。
「花織」
「なに? 豪炎寺くん」
「円堂から今までのことを聞いた。どんな特訓をしてきたか、どこでどんな新しい仲間が加わったか、誰がチームから去ったか」
チームを去る、その言葉に花織の瞳が揺れたのを豪炎寺は見過ごさなかった。豪炎寺はどうして花織がここに座り込んでいるのか気になっていた。単純に眠れないのであれば以前のように彼女は散歩をするのではないか、そう思った。しかしこの美しい景色を見に来たのかもしれないという可能性もある。だがきっとそうではない理由を豪炎寺は悟っていた。
「風丸からの連絡はないのか」
答えは彼女の手の中にある携帯電話にあった。豪炎寺が来るまで、花織はずっと携帯の画面を見ていた。それだけではない、消灯前も彼女は人目に付かないところで何度もポケットの中に入っている携帯を気にしていた。豪炎寺の記憶ではもちろん学校だったから、という理由もあるが彼女が携帯電話を扱っている姿をほとんど見たことは無い。その花織がずっと携帯を手放さない理由、それは彼からの連絡を待っているからに違いない。
「……うん。円堂君から聞いた?……一郎太くんがキャラバンを降りてからもう一週間以上も経つんだよ。なのにまだ連絡がないの、電話は切られちゃうし、メールも返事はないし」
「……」
花織は強がって笑って見せながら言う。彼に今は休息が必要なのはわかっている。だから連絡を急くつもりはない、返事も無理に返してくれなくてもいい。でも何の返事もないのは、それはそれで心配だ。だから返事が欲しいとも思ってしまう。
「嫌われちゃったのかもしれないな……、私何もできなかったから。連絡されるのも迷惑だと思ってるのかもしれないね」
「何もできなかった?」
豪炎寺が花織の言葉を繰り返す。風丸や染岡たちがチームを去ることになってしまったことの顛末は円堂から聞いている。それを聞いていると花織にどうこう出来た話だとは思えなかった。だが、花織の言う何もできなかったとはいったい何なのだろう。
「うん。……豪炎寺くん、フットボールフロンティア決勝戦前の合宿で、夜中に私と話した時のこと覚えてる?」
「ああ」
「悩んでる選手の力になりたい。悩んでいる選手がいたら力になって、一緒にその悩みを脱却できるようにする……。あの時、豪炎寺くんに宣言したから私そうしようと思った」
そんな話を確かにした、豪炎寺はあの時の記憶を思い返す。あの時花織は今まで自分がチームを振り回した分、チームに貢献したいと言った。悩める選手の為にマネージャーという立場からサポートをしたいと。
「でも私は、一郎太くんの悩みに気が付けなかった。誰よりも彼の傍にいたはずなのに、彼の心が追いつめられてキャラバンを去ってしまうのを止められなかった。鬼道さんは彼がきっと悩んでいることを私に隠してたんだって言ってたけど……。それでも気づかないといけなかった」
花織はずっと気にしていることを口にする。そう、鬼道はああいって庇ってくれたが花織は自身に過失があったと思っている。花織が俯く。豪炎寺は黙って花織の独白を聞いていた。
「吹雪くんのこともそう。一郎太くんがチームを去ってから、私は特に彼の力になりたいと思ったの。一郎太くんと同じ悩みで栗松くんがキャラバンを降りてしまって、私吹雪くんは絶対にそこまで追い詰めさせないと決意した。……でも、吹雪くんにも」
花織はハッとした様に我に返った。こんなことをチームに戻ったばかりの彼に話すべき内容ではない。彼が黙って話を聞いてくれるものだから、ついつい心内を口にしてしまった。花織は立ち上がってズボンについた砂を払う。
「ごめんね、こんな話しちゃって……。もう戻ろう、明日も早いし」
「花織」
豪炎寺が座ったまま花織の腕を引っ張った。花織は豪炎寺を見る。彼は厳しい目をして花織を見上げていた。
「それで、どうしたんだ?」
「え、と……」
「俺でよければ話を聞く。……誰かの悩みを解消したいと思う人間がそんな顔をしてたんじゃ、誰の悩みも解決できない」
花織は俯いて豪炎寺から視線を逸らした。全くその通りだと思った、豪炎寺の言うことは正しい。これからの事を考えても花織が一人で悩みを抱えたままでは、きっとチームに入らぬ迷惑が掛かるばかりだ。
花織は再び豪炎寺の横に腰を下ろす。そして吹雪に言われた言葉、そして自分の気持ちを彼に話した。
「吹雪くんのこと、知ってる?」
「話には聞いた」
「そっか」
花織は豪炎寺に包み隠さず自分の気持ちを話してしまうことを決めた。花織にとって豪炎寺とは何よりもサッカーに対して真摯で、そして公平な人だ。きっと彼ならば花織に対して正当な評価を下してくれるだろう。
花織にとって風丸のいない今、もっともよき理解者となるのは間違いなく鬼道だが、何せ鬼道は花織に甘いのだ。絶対に花織を庇う評価しかしないし、何より鬼道に風丸絡みの内容を自分から話すのは気が引ける。
「……私、吹雪くんの悩みを知って彼の力になりたいと思った。チームメイトとして、マネージャーとして彼の力になれたらって思った。……でも私、無意識のうちに一人悩む吹雪くんの姿を一郎太くんと重ねてた」
花織は膝を抱えて顔を埋める。豪炎寺は何も言わない。
「私、もちろん吹雪くんの力になりたいって思ってる。でもそれだけじゃなくて吹雪くんの力になりたいって言う気持ちの根底に一郎太くんに対する想いがあったの。彼が戻ってくる場所を守りたい、彼の為にチームを守りたいって思い」
花織を知る者ならば容易に想像ができる内容だった。花織はいつだってそうだ、自分の大切な人が一番になりがちなところがある。悪くはないことだが、チームのマネージャーとしては少々問題だ。今まではそれをカバーするほどの行動力があったから問題にはならなかった。
「それを吹雪くんに指摘されたの。"お前が心配しているのは、吹雪士郎じゃない"って。私の気持ちは、吹雪くんを益々傷つけてた」
今日の試合で吹雪は完全に心を壊してしまった。きっと未然に防げたはずなのに、花織がきちんと吹雪の心を理解できれば、彼は今日あんなことにはならなかったかもしれない。
今日、彼はデザームの"必要ない"という言葉で壊れた。
元々、花織は吹雪がチームで必要とされることを望んでいるのではないかと思っていた。吹雪"士郎"として、アツヤのフォワードとしての人格だけではなく、吹雪士郎としてチームに認められたいのではないかと。だからこそ彼のことを苗字でなく名前で呼んだのだ。自分はちゃんと吹雪士郎を心配しているのだ、と示したつもりだった。
吹雪は花織が自分の先に風丸を見ていることを悟っていた。それに気が付いたのは吹雪が崩壊してしまう数十分前、それまで花織は彼を苦しめていたのかもしれない。
彼はとうとうボールを蹴れなくなるほどに傷ついてしまったのだ。練習でゴール前にセンタリングされたボールを前に動くことができず、立ち尽くしてしまっていた。彼は言った、"チームのお荷物になっちゃったね"と。花織は吹雪に声を掛けることができなかった、自分が今まで吹雪を苦しめていたのだと思うと、彼にどんな顔をして声を掛ければいいのかがわからなかった。
「全部私のエゴなのかもしれない。吹雪くんの傍にいようとすることも、こうやって一郎太くんに連絡を取ろうとし続けるのも。皆にとっては迷惑でしかないのかな」
花織の手の中で携帯電話が揺れた。花織の目にジワリと涙が浮かぶ。花織のメールや電話は、風丸を今も追いつめているかもしれない。そう思うと心苦しくて堪らなかった。
「だったら、これからお前はどうする。何もしないつもりか?」
「わからない、どうしたらいいのか……」
豪炎寺が花織を見る。花織は腕の中に顔を埋め、目を伏せた。もごもごとこもった声で返答をする。すると豪炎寺が彼女に質問を投げかけた。
「……お前は吹雪が心配か?」
「……え?」
脈略の無い唐突な質問に花織は驚いて顔を上げた。豪炎寺を見ると彼は厳しい表情をして花織を見ている。花織は眉根を寄せて何も答えなかった。豪炎寺が再び同じ問いを繰り返す。
「吹雪が心配か?」
吹雪が心配か、花織は豪炎寺の問いかけに対し真面目に考える。心配だ、とても。その気持ちに嘘はない。
「……うん、心配だよ。仲間だもの」
「風丸と、どっちが心配だ?」
どくん、と花織の胸が騒いだ。思わず豪炎寺から目を逸らす。花織の中ではその問いかけには明確に答えが出ている。即答できた質問だ。それでも口にするのはどうしても憚られる。いくら事実だとはいえ、どちらかなど答えられない。
「……そんなの、答えられないよ」
「花織」
花織がか細い声で豪炎寺を見ないで言う。豪炎寺は花織を呼んだ。花織の肩を掴んで振り向かせる。そしてじっと花織の目を見据えて彼は話した。
「お前にとって誰が一番大切で、誰が一番心配なのか。それがはっきりとしていて何が悪い。誰に何を言われようがそれは事実だろう」
豪炎寺には優先すべきものがある。すべてを同時に救おうなどとはきっと彼は考えない。現に彼は以前、妹の為にサッカーをやめた。今回は妹を人質に取られ、それを守るためにチームから離れた。花織が誰よりも風丸を大事に思うのにはそれと何か大差あるだろうか。
「……お前は鬼道を振ったんだろう。お前がずっと好きだった鬼道を受け入れなかったのは何故だ? 風丸が誰より好きだったからじゃないのか?」
「っ……それは、そうだけど」
花織は鬼道を振った、という豪炎寺の言葉に動揺した。豪炎寺が、彼が去った後のこと、鬼道と風丸しか知らないはずのことを知っていることに驚いたのと、豪炎寺からそんな言葉が飛び出したことが意外すぎた。花織は豪炎寺から目を逸らそうとする、だが豪炎寺は花織を逃がさなかった。真剣な顔をして花織を見つめている。
「その風丸を一番心配することに罪悪感を覚えて、お前は吹雪を放置するつもりか?」
「……」
「お前は選手と一緒に悩み、問題を解決していきたいと言った。その気持ちはもうないのか?」
花織は静かに首を振る。もちろん今でも一緒に解決していけたらと思ってはいる、ただ方法がわからないだけだ。花織の答えに豪炎寺は優しく微笑み花織の髪を撫でた。豪炎寺は以前から良く花織の髪を撫でる。その手が優しくて花織の心はゆっくりと温かくなった。
「だったら、それでいいだろう。お前ができることをすればいい。たとえばお前自身が悩んでいる時、誰かにしてほしいことを」
「豪炎寺くん……」
豪炎寺の言葉に花織は今まで自分の相談に乗ってくれた人たちのことを思いだす。鬼道を始めとするいつも自分を助けてくれる人たち、そして自分をいつも助けてくれた彼が自分に何を施してくれたか。
……皆、花織の気持ちを聞いてくれた。花織の気持ちに共感し、花織の手を握っていてくれた。
「お前のことは頼りにしている。マネージャーとしても、選手としても」
花織は何も言わずに微笑んだ。豪炎寺は人を鼓舞するのが本当に上手いと思う。実際花織の中で渦巻いていた蟠りは解消された。自分にできることをするしかない、彼の気持ちに共感し、自分も気持ちを伝える。それしか自分にできない。
「ありがとう……、豪炎寺くん」
静かに目を伏せ、豪炎寺に礼を言う。豪炎寺は大人びた微笑を浮かべ、花織の髪を再びくしゃくしゃと撫でた。月明かりにキラキラと花織の胸元のペンダントが光を反射させる。
「……風丸にもお前の気持ちはきっと届いている。だから大丈夫だ」