FF編 第二章
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「馬鹿だよな。俺も」
花織の背中を見つめて風丸は一人呟く。帝国の名を出せば花織を不安にしてしまうということは分かっていた。だがそれでも、風丸は円堂たちを助けたかったのだ。円堂とは幼い頃からの友人で、半田には先日の恩もある。もちろんそれだけではない、やはり円堂たちからサッカーを奪うのが妥当ではないと思うからだ。
しかし、彼の心の中でそれとは別にどこか欲のような感情があるのも確かだった。花織の想い人、その人物は帝国のサッカー部にいるのだろう。花織を想う者として、いや恋人として不謹慎ではあるが、そいつのことを知りたかった。己がこれほど恋焦がれる彼女に今も想われ続けている人物、それはいったいどんな人間なのだろうか。
風丸を置いて一人で家まで帰ってきた花織は部屋に入るなり鞄を放り、静かに床にへたり込んだ。何の因果だろうか。どうして花織の目から見ても明らかに弱小チームである雷門に、前回の全国覇者のチームが試合を申し込むのだろうか。
花織が何を言おうと風丸はサッカー部を助けに行くだろう。彼の身体が心配だ、何も起こらなければ良いが……。いやそれよりも、花織の心の中で何か燻るものがあった。
聞くところによれば試合は雷門中学のグラウンドで行わられるらしい、ということは来るのだ、帝国学園が雷門に。鬼道が雷門に……。花織は思わず首を振る。何を考えているのだろうか、私には私を想ってくれる大切な恋人がいる、それなのに鬼道のことを思い浮かべるなど彼に対して失礼だ。
しかし気持ちは収まらない。彼を忘れようとこの二週間、風丸の傍で過ごしたがふとした瞬間にあの人を想ってしまう。あの人なら何と言うだろう、あの人ならどうしただろう……。
自分の中で風丸の存在が大きくなっているのも事実だが、それと同時にあの人への想いも全くと言っていいほど褪せない。だから、こう思ってしまうのだ。あの人に、鬼道さんに会いたいと。最低だ、花織は顔を伏せる。自分を大切にしてくれる恋人がいるというのに。こんな狡い自分は消えてしまえばいい。そう思いながら花織は瞼を閉じた。
***
監督と話をつけ、先輩方にも事情を説明した後、風丸は彼の幼馴染がいるであろう鉄塔広場へと足を運んだ。彼、円堂守はそこがお気に入りなのだ。広場の階段を上っているとドンっと大きな音が辺りに響く。円堂だろうか、風丸は足を速めて高台へと登った。
先ほどの衝撃音の正体はやはり円堂だったらしい。大きなタイヤのぶら下がった木から数メートル離れたところに彼は倒れている。タイヤが振り子のように振れているところを見ると彼はこれに吹っ飛ばされたらしい。風丸はそんな円堂を見て、呆れたように肩を竦める。
円堂に歩み寄ろうと歩を進めているとふと視界の端に人影が映った。ちらりと目を向けた傍の草むらにはサッカー部員たちがこそこそと身を潜め、円堂の様子を窺っているようだった。なんだ、やっぱり人望あるんじゃないか。そう思いながら地面に倒れている円堂を風丸は覗き込む。
「むちゃくちゃだな、その特訓」
「風丸!?」
円堂が泥だらけになった顔で風丸を見上げた。風丸は円堂の背を支え、彼が立ち上がるのを手伝う。近づいてみて初めて気が付いたのだが、円堂は木に吊り下げられたものと同じくらいの大きさのタイヤを背負っていた。
「変な特訓、してるんだな」
「ああ、あれだよ」
そういって円堂はベンチの上に置いてある一冊のノートを指差した。そしてノートを拾い上げると風丸にそれを差し出す。ノートの表紙には何かよくわからないものが書かれていた。
「見てみろよ!」
ニコニコと泥だらけの顔を綻ばせて円堂は言う。その言葉に頷いた風丸はノートを開いた。中を開いてみると表紙同様、ノートのページには何が書いてあるかわからなかった。思わず眉間に皺が寄る。中に書かれている文章はミミズの這ったような字、と表現するのでさえ過剰評価かと思うような字で書かれていた。
「……読めねぇ」
円堂との付き合いは長いが、円堂はここまで酷い字を書いただろうか。疑問に思いながら風丸は円堂に問うた。
「お前……、これ読めるのか?」
「うん、読めるよ。シュートの止め方が書いてあるんだ」
「へぇ……」
風丸が感嘆の息を漏らせば円堂は頷いた。
「それ書いたの、じいちゃんなんだよね」
「じいちゃん?」
円堂の言葉に思わず反応する。円堂との間で彼の祖父の話題が出ることは初めてだった。風丸が首を傾げて円堂の方に視線を向けると、円堂は鉄塔を見つめて言った。
「ああ、俺が生まれる前に死んじゃってるけどね。昔、雷門サッカー部の監督だったんだってさ。その時作った特訓ノートらしい」
どこか遠くを見つめるような視線で円堂は呟く。それから円堂は風丸が最も気になっている帝国学園の話を始めた。
「帝国学園はスピードもパワーも想像以上さ。そいつらのシュートを止めるには、じいちゃんの技をマスターするしかないって思ってさ」
真剣に勝つことを考える円堂を見て風丸の口元が思わず緩んだ。やはり円堂はいつでもそうだ。ずっとこの芯の強さは変わらない。風丸は思う、正直サッカー部が機能しているのかさえ、今まで分かっていなかった。それでもキャプテンの円堂はこんなに一生懸命、頑張っている。勝てることを信じて真剣に勝負を挑もうとしている。
いや、円堂だけじゃないだろう。あの草の影に隠れてはいるが、他の部員だってきっとどこかで勝ちたいと、せめて自分で望んで始めたサッカーをしたいと思っているはずだ。
「お前、本気で帝国に勝つ気なんだな」
「ああ!」
最初は……。ただ、円堂を助けてやりたい。そして花織の想い人を知りたい、それだけだった。でも今は、純粋に円堂が魅せられたサッカーを自分もやってみたいと思った。花織の好きなやつも、サッカーをやってる。サッカーに魅せられて花織を傷つけたその人物も。ここに来てようやく風丸の決意が固まる。風丸は円堂に手を差し出した。
「お前のその気合い、乗った!!」