脅威の侵略者編 第十三章
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花織がどこかへ走り去ってしまってから、監督の声で練習が再開されることが決まった。しかし、キャプテンの円堂が完全に戦意喪失してしまい、練習から離脱してしまっていた。チームは練習に集中できていなかった。練習に参加していてもミスばかりで、パスなども全く繋がらない。
次第に空は曇りはじめ、雨が降り出した。
花織は知りもしないことなのだが、偶然にも花織は、風丸が円堂に別れを告げた場所へときていた。暗い海が目の前に広がっている。花織はそこに座り込んでぼうっと暗い水たまりを眺めていた。雨はざあざあと激しく花織に降り注ぐ、花織の涙を覆い隠す様に。
「一郎太くん……」
大好きな恋人の名前を呼ぶ。頼りがいのある優しい彼、いつでも花織の傍にいて花織を支えてくれた。なのに花織は風丸を支えることができなかった。花織は風丸の悩みを察して助けることができなかったのだ。自分は幾度となく、彼に助けられてきたのに。
頭があまり働かない、花織はびしょ濡れになった髪をぐしゃりと握った。風丸がいなくなった。その現実がまだ夢の中にあるようで実感できない。こうやってここで彼を待っていれば彼が戻ってきてくれるような、仕方ないなと言いながら自分の手を引いてくれるようなそんな気がしていた。もう彼はこの地にはとっくにいないというのに。
花織は自分を責めたかった。責めようと思ってもまだ何も、全てが漠然としすぎて何も思い浮かばない。一つ一つ自分の過失を整理すればいいのだろうが、そのはけ口が無い。花織はまだ混乱しているのだ、それだけ風丸の離脱は彼女にとってショッキングだった。先ほど監督に怒鳴った内容も今になっては意識しないと思いだせない。
「花織」
雨の中で自分の名前が呼ばれた。自分の名前に花織は振り返る、彼が自分を呼んでくれたのではと思った。でも違った花織を呼んだのは花織に今、傘を差しかけてくれている一之瀬だった。その後ろにはリカと土門もいる。
「花織、何してるんや! こないな所に居ったら危ないやろ!」
リカが座り込んでいる花織の視線に合わせるように背を屈めた。花織はぼんやりと三人を見上げる。酷い雨で花織は全身びしょ濡れだった。黒髪からも止めどなく雨のしずくが滴っている。
「風邪ひくで、一緒に戻ろうや。皆アンタを心配しとる」
リカが花織の腕を引っ張った。実の所、花織が失踪したというのはチームの中でも若干薄れている案件だった。花織があの場を走り去った後、円堂が練習を拒否したことがチームを揺るがせていた。それでも彼女と親しい友人が花織のことを放って置くわけがなかった。マネージャーたちは円堂に掛かり切りだが、リカに一之瀬そして土門はこうして花織を迎えに来てくれた。
「……私」
「話、ちゃんと聞いたるさかい戻ろや。な?」
リカがいつもより優しい穏やかな声で花織に言う。そして花織の腕を引っ張り、花織を半ば無理やり立たせた。花織はフラフラと立ち上がる。俯いていて、雨が降り注いでいても花織が涙を流していることは三人には明白だった。
三人は陽花戸へ向かって歩き出す。一之瀬と土門は黙って傷ついている花織を見ていた。いつになく花織はボロボロだ。以前風丸の言葉に傷ついた彼女を見たことがあるが、今の彼女はその比ではないと思った。
「辛いなあ、花織」
「……うん」
「監督も酷いことばっかりやし」
「……うん」
「風丸が出てってもうて、一番傷ついとるのはアンタやのにな」
「……」
間を繋ごうとリカが花織に気遣う言葉を掛けた。リカは情に厚く、案外気遣いのできる少女だ。しかし花織はというとそんなリカの慰めの言葉に"うん"という生返事しか返さない。どこか上の空で話を聞いているのかいないのか……。とにかく彼女は平静ではないのだということは一之瀬にも土門にもわかった。
歩いて十五分程度で陽花戸中学に戻ってきた。雨が降っている為練習は中止になっており、皆キャラバンに戻ってきた。花織はリカに引きずられ、キャラバンの中へと戻る。キャラバンの中にはほとんどの選手がそろっていた。
「花織ちゃん!」
全身ずぶ濡れの花織を見て秋が彼女に駆け寄る。春奈も心配そうにタオルを持って花織に駆け寄ってくる。秋がそれを受け取ると花織の髪にタオルを掛けた。花織は心ここに在らずのようで、まるでガラス玉のような瞳をしている。
「大丈夫?戻ってこないから心配してたんだよ。円堂君もずっとあのままだし……」
「円堂君……?」
ボンヤリとした口調で花織が秋の言葉に反応する。花織は自分が立ち去った後にチームで何があったかを知らなかった。あの後円堂が練習を拒否したことを。秋が簡潔に経緯を花織に話す。花織はぴくりと眉を動かして目を伏せた。
あの監督のもとで、風丸を無下に扱った監督のもとでプレーもマネジメントもしたくない、出て行こうとも思った。でも今自分がそんな決断をすればキャプテンの円堂がきっとそれを気に病んでしまう。彼は風丸の幼馴染だ、彼の離脱にサッカーができなくなるほど心を痛めてくれている。そんな人を益々苦しめるようなことはできない。
「そっか……。ごめんね、迷惑かけて。……私はもう大丈夫だから」
消え入りそうな声で言い、花織は弱々しく微笑む。大丈夫でないことなど目に見えていた。目に見えて彼女は風丸の喪失に傷ついていた。だがチームの全員が彼女に対して何を言うこともできなくて口籠る。花織はタオルを首に掛けて席に置きっぱなしにしていた自分の荷物を手に取る。
「……私、着替えてくるね」