FF編 第二章
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サッカー部は大丈夫だろうか。花織は軽くストレッチをしつつ、サッカー部のことを気にしていた。いくらなんでも半田たちがサッカーができなくなるのは可哀想だと思う。
話しに聞けば今はあれほど締まりのない部になってしまっているのだが、去年までは部員三人でも必死に練習をしていたそうだ。だからこそ、半田たちがサッカー部が部活をできなくなるのは理不尽だと思った。しかしだからと言って花織に何ができるわけでもない。
その時、ちらりと目の端に大きな看板が入った。ゆっくりとそちらへ目を向ければサッカー部のユニフォームに身を包んだ円堂が、すでに練習に入っていた風丸と話をしているようだ。花織が気になって風丸の方に駆け寄ると円堂はすでに大きな看板を持って走り去ってしまった。どういうことだろう、ユニフォームを着ているということは廃部は免れたのだろうか。
「一郎太くん、円堂くんどうしたの?」
花織が風丸に問いかける。すると風丸は何故か花織から目を逸らしつつ、その問いかけに答えた。
「ああ、ちょっとな」
「何かあった?」
花織が風丸の顔をそっと見つめる。心配そうな彼女の表情に、風丸は少しだけ顔を赤くして花織を見た。だが諭すように花織の肩を叩いて、花織の横をすり抜ける。
「何もないから、大丈夫だ。さぁ、走ろうぜ」
「うん」
少し解せない面持ちをしたまま、花織は風丸の後についていく。今日は大きな夏の記録会の選手発表の日だ。だからこそ、いつにも増して練習の時間が無い。もっとも花織は女子陸上部なので関係が無いけれども。
花織の男子陸上部への練習参加は事実上、許可が下りていた。先日のあの事件の後、監督や顧問たちの間でも、あの環境で花織を女子陸上部に置いておくのは避けておくべきだと感じたのだろう。
だからこそ、花織は練習時のみ男子陸上部に身を置かせてもらい、彼らと同じ練習量をこなしていていた。風丸の様子は気になるが、今は練習が大切だ。特に風丸は今回の大会の出場選手に選ばれるかどうかの瀬戸際なのだから、今日は成果を出しておかなければいけないだろう。
部活が終了した後、一度男子陸上部部室に陸上部の面々は集められた。無論、花織は女子陸上部のため関係はない。しかし風丸が選ばれるかどうかはとても気になった。
「じゃあ今日は、来週の大会の選抜メンバーを発表するぞ。月島は後から先生に確認してくれ」
「はい」
男子陸上部キャプテンの言葉に花織は返事をする。そして陸上部の男子メンバーの一番後ろに立って選抜の発表を待った。選手が落ち着いているというのに花織の方が落ち着かない様子でちらちらと風丸に視線を寄せている。
次々と三年生の先輩方の名前が呼ばれていく中、花織は風丸の名前が呼ばれるのを待つ。三年生の最後の大会だ、もしかすると例え全国クラスの実力があったとしても、風丸の名前は呼ばれないかもしれない。花織はぎゅっと目を瞑って祈る、どうか風丸が選ばれるようにと。
「じゃあ短距離な。……風丸、西野……」
風丸、と名前が聞こえた瞬間、花織はばっと顔をあげた。まるで自分のことのようにじわじわと喜びが湧きあがってくる。きっと彼も喜んでいるだろうと花織は風丸の方へと視線を向けたが彼は嬉しそうにするでもなく、ただ真剣に何か考え込んでいるようだった。どうしたのだろう、花織の顔も自然と曇る。彼は今日の練習の時からずっと難しそうな顔ばかりしていた。
「以上だ。じゃあ各自……」
「先輩!」
唐突に風丸が大声を上げる。それに驚いて一斉に陸上部の選手たちが風丸を見た。風丸はふっと小さく息を吐くと真剣な面持ちで言葉を紡いだ。
「俺、辞退します」
ざわり、と部室内に衝撃が走る。部室にいた選手たちが唖然として風丸を見た。あの宮坂もあんぐりと口をあけ、風丸を凝視している。花織も動揺を隠せないまま、こぶしを握り締める。何故、どうして、という言葉が心の中で反芻する。
「今から監督にも申告してきます。……すみません、先輩」
風丸は選手たちの輪を抜けて扉の方へと向かった。思わず花織も風丸の後へ着いて部室から出る。彼が不可解な行動をとった理由を知りたかった。風丸の元へ駆け寄り、花織は風丸の手首を掴んだ。
「一郎太くん、辞退ってどういうこと?」
震える声で花織は風丸に問うた。同じ陸上をする者、いやスポーツをする者として風丸の判断は解せなかった。何故なら彼は今日も変わらず練習に参加していたのだし、なにか複雑な家庭事情を抱えているわけでもない。少なくともそれを仄めかすようなことはしていなかった。風丸は困ったように眉根を寄せたが、静かに花織の問いに答えた。
「花織。俺、サッカー部の助っ人に行くことにしたんだ」
花織の中でびりっと電流のようなものが走り、そしてその後に背筋に衝撃が駆けていくの感じた。助っ人? いやそれよりもどうしてサッカー部に……。
「そんな……、どうして?」
「もう決めたんだ。サッカー部は来週の試合に勝てないと廃部になる。だから円堂たちに協力してやりたいんだ」
円堂が今日声を掛けていたのはこのことだったのか。花織は眉間に皺を寄せる。円堂が今日行っていたのは部員勧誘だったのだ。しかしだからと言って風丸がサッカー部の助っ人に入る必要はないだろう。帰宅部なんて大勢いる。他にも暇な人間は山ほどいるはずだ。花織はやはり納得がいかないのか、風丸の腕を掴んだまま風丸に言い縋る。
「来週大会なんだよ? 中学生の大会で一番大きな大会で、選手に選ばれなかった先輩もいる」
自分の身を置いてまで先輩たちは一郎太くんを選んでくれただろうに、と花織が険しい顔をして俯く。風丸は花織の肩に手を置き、そっと彼女の顔を覗き込んだ。
「花織、俺は円堂たちを助けてやりたい。俺には来年がある、でも円堂たちは今度の試合で負けてしまえば終わりなんだ。……同じスポーツをやっている人間として放っておけない」
風丸の真剣な口調に花織は静かに目を開く。真摯な表情の風丸を見ていて花織は確かに風丸の言う事も一理あると納得した。花織はぎこちなく微笑む、私を助けてくれた優しい彼だ。そう思うのは当たり前の事なのだろう。
しかしどこかで不安な気持ちもある。サッカーだ、彼が助っ人に行こうとしている部はあの人も所属していたサッカー部。サッカーというスポーツはどこか人を虜にしていくような気がする。だからこそ帝国でもサッカー実力主義が蔓延していたのだ。
心のどこかで思ってしまう、一郎太くんもサッカーに取りつかれてしまったら。私のことを何とも思わなくなるのではないだろうか。今でも初恋を引きずり続けている花織が言えた義理ではないが、風丸にも嫌われてしまったら。そう思うと胸が締め付けられるように苦しい。
「サッカー、か……」
花織は風丸から視線を逸らしながら小さく呟いた。花織のその言葉に風丸がはっと息を呑む。花織の想い人については半田たちから聞いている。その男は帝国学園のサッカー部に所属していたと。花織は帝国学園にいたときの想い人と自分を重ねている。不安になっても仕方がないと風丸は思う。
「花織、そういうわけじゃないんだ。大丈夫だ、俺が花織を好きになったんだから」
諭すように風丸が花織に言葉を掛ければ、その言葉に少しだけ彼女は安堵した様子を見せた。花織は唇に込めていた力を緩めると小さく呟いた。
「対戦相手はどこなの?」
花織が仕方なしと容認を示すような微笑みで風丸を見つめれば、今度は風丸が気まずそうに花織から視線を逸らした。だが、隠しているわけにはいかない。放っておいても耳に入ってしまうことだ。
「帝国……、学園」
「帝国……!」
花織は思わず絶句した。帝国……。鬼道のいる、帝国学園。帝国学園サッカー部の事はサッカー関係者でなくとも、元帝国学園生であればやはり知っていた。
帝国学園のサッカーは、弱者を認めないサッカーを基本としている。負けたチームの学校を破壊し、選手を傷つけることなどザラだ。そんな帝国が人数も揃わない雷門サッカー部を弱者と見做さないことがあるだろうか。答えは火を見るより明らかだ。花織はこぶしをギュッと握る、身体は堪えきれずに震えていた。もしも風丸が怪我をしてしまったら? そんなの耐えられない。
「ダメ、帝国には勝てない……。お願い、やめて」
「大丈夫だから、な? 花織、落ち着け」
自らの腕を掴んでいる花織の手に風丸は触れ、安堵を促すように彼女に囁く。彼の柔らかな口調は確かに花織に多少の安心感を覚えさせたがそれでも花織はおさまらなかった。
「ごめん、少し一人にさせて。……今日は一人で帰るから」
「花織……!」
花織は風丸の腕を押しのけ、風丸に背を向ける。重たく暗い感情が花織の心の中を浸していった。