脅威の侵略者編 第十三章
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気が付くと花織はキャラバンの一番前の席、いつも鬼道と塔子が座っている席に横たわっていた。痛む頭を起こして花織は外を覗く。今何時だろう、私は何をしていたんだっけ? 記憶が曖昧ではっきりとしなかった。どうしてここに居るかもあまりよくわからない。キャラバンの中には誰もいないようだ。花織はキャラバンの扉を開いて外へ出ようとする。するとそこにはチームの全員が集まっていた。
「花織、気が付いたか」
いち早く花織がキャラバンから出てきたことに気が付いたらしい鬼道が花織の名を呼んだ。花織はこのただ事ではなさそうな状況に困惑する。メンバーの表情も心なしか暗いような気がした。花織はキャラバンのステップを降り、何があったのかを鬼道に尋ねようとする。だがそれよりも花織に掛けられた質問の方が早かった。
「花織ちゃん! ……本当なの? 風丸くんがイナズマキャラバンを降りたって」
「……‼」
秋が叫んだ言葉に花織の表情が強張った。忘れていた一連の記憶が一気に蘇ってくる。風丸がキャラバンを去った時のこと、花織に対して言った言葉、表情、その瞳も。あの後花織は呆然とそこにへたり込むことしかできなかった。どれくらいか時間が経って鬼道が自分の所へ駆け寄ってきてくれたことは覚えている。だがそれ以後の記憶はない。でも恐らく鬼道がキャラバンまで花織を運んでくれたのだろう。
「一郎太くん……」
頭が痛い。鈍く、殴られたように痛む。花織は俯いた、やっぱりあれは夢ではなかったのだ。
「……私、引き留められなかった」
ジワリと涙が目に滲む。鬼道がもういいと花織の肩を抱き寄せた。壁山がショックを受けた様子で花織や栗松、円堂の様子を見ている。鬼道は花織の身体を支えたまま、監督を呼び見据えた。
「監督、本当なんですか? 風丸は……」
「ええ、すでに東京に戻ったわ」
花織の心臓がどくんと音を立てた。風丸がここを去り、花織が気を失ってから何時間たったかは分からない。だが少なくとも風丸が東京に帰ってしまうくらいの時間は経ったようだ。花織は俯く。淡々とした瞳子の言葉が胸に刃のように突き刺さった。
「どうして止めなかったんですか⁉ ここまで一緒に戦ってきた仲間なんですよ‼」
秋が瞳子に意見した。花織はハッと顔を上げる。彼は監督に直接話をしてるのか、だとしたら秋の言うとおりどうして止めてくれなかったのだろう。花織は瞳子の言葉を待つ、瞳子の言葉は花織の逆鱗に触れる物であった。
「サッカーへの意欲を無くした人を引き留めるつもりはないわ」
「‼」
選手たちがざわめく。花織は俯いたまま奥歯を噛みしめ拳を握った。今なら監督に殴り掛かっても仕方がないと思った。花織はふつふつと込み上げてくる怒りを何とか飲み込もうとする。花織の感情は今、荒波のように荒れ狂っていた。今爆発させてしまったら自分でも何を言ってしまうかわからない。それでも瞳子の言葉は花織の心を逆撫でした。
「私はエイリア学園を倒すためにこのチームの監督になったの。戦力にならなければ出ていってもらって結構」
ぶちん、と花織の中で堪忍袋の緒が切れる音がした。視界が涙で潤んだ。いつも必死に努力を重ねていた風丸の姿がぼやけた視界に浮かぶ。花織はポケットに入っているノートを握った。彼のことで一杯になっているノート。花織が試合中に気づいた点を纏め、それをハーフタイムや休憩時間に共有した。決して最初から意欲が無かったわけではない。
「ああそうだったな! アンタは勝つためならどんなことでもする奴だもんな! 吹雪が二つの人格に悩んでいるのを知りながら使い続けるくらいな‼」
花織よりも先に土門が激昂して叫んだ。花織の勘尺玉が爆発するのは時間の問題だった。その瞬間は瞳子が発した次の言葉で訪れた。
「練習を始めなさい、空いたポジションをどうするのか考えるのよ」
いつものようにクールに言い放ち、瞳子がその場を立ち去ろうとした時だった。花織は顔を上げてキッと瞳子を睨み付けた。彼女はいつもの彼女ではなかった。まるで使い捨ての駒のように自分の恋人である風丸の存在を放り捨てた瞳子へ酷く激怒していた。
「監督」
彼女の声は震えていた、それは悲しみにではなく怒りでだ。花織は一歩一歩瞳子に向かって足を踏み出す。花織を支えていた鬼道が引き留めようとしたが花織はそれを振り払った。チームのほとんどのメンバーが花織の動向に注目していた。誰もが今の瞳子の言葉を非道だと思ったから尚更だ。しかも瞳子が今、あっさり切り捨てた風丸を誰よりも愛している人物の前で。
「監督にとって一郎太くんたちは、代替の利く部品か何かですか?」
瞳子は花織を無表情で見つめていた。対して花織はいつになく敵意丸出しの目で監督を睨み付けている。元々この人のやり方は気に入らなかったのだ、花織は腹の底から湧き上がる怒りでこぶしを震わせる。今、この人を世界中の誰よりも嫌悪したかもしれない。
「自分にまるで過失がないみたいな言い方。……吹雪くんのことも、一郎太くんのことも貴女には監督としてできたフォローがあったんではないですか? いいや、……それだけじゃない」
花織の目からあふれ出した涙が花織の頬を伝う。その表情は怒りを孕んでいながらも、一部の人間にはどこか悲しげなふうに見えた。花織は涙を拭いもせず、声を荒げて叫ぶ。いつもの大人しい彼女の姿とはかけ離れた姿だった。
「染岡君の怪我を知りながら酷使させて、いらなくなったらキャラバンから外す。豪炎寺くんのことも理由を特に説明しない。相手チームであるからと佐久間くんや源田くんの身体のことすら気にしない。……貴女は監督としての義務すら放棄している‼」
花織はこぶしを握って目一杯叫ぶ。
「一郎太くんたちは貴方の命令で動くチェスの駒じゃない‼ 雷門の皆はエイリア学園を倒す道具なんかじゃない‼」
花織は先ほどの監督の言葉が許せなかった。ひとりひとり、皆個性ある人間だ。悩みもするし、落ち込みもする。風丸だって、吹雪だってそうだ。その人間を戦力にならない者はいらない、といってまるでごみのように放り、代替品を嵌めこむ。イナズマキャラバンは歯車で動くおもちゃでは決してないのに。
「私は貴女を……、貴女をキャラバンの監督だなんて認めたくない‼ 私の大切な仲間を指揮する人だなんて認められない‼」
花織はありったけの声で叫んだ。それが瞳子にどう映ったのかは分からない。しばしの沈黙の後、瞳子は花織に言葉を放った。それはいつも通り、冷たくて端的な言葉だった。
「……結構よ、なら貴女も出ていけばいいわ。エイリア学園を倒すのは遊びじゃないの、貴女がいつまでも離脱した選手に固執するなら貴女にもチームを離れてもらうわ」
「……っ‼」
花織は悔しそうに目を伏せた。この人には何を言っても分からないのだ、花織は唇を痛いほど噛みしめて監督に背を向けた。もう何を言ったって仕方がない。花織は監督の顔を見たくなくてその場から駆けだした。誰かが自分を引き留めるような声を掛けたが、その声に彼女の足が止まることは無かった。