脅威の侵略者編 第十二章
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吹雪はあの後、救急車によって陽花戸中学の近くの病院へ搬送された。幸いにも彼は軽い脳震盪で済んだようだ。花織は傷だらけの吹雪の顔を見つめる。今日の彼はいつにも増しておかしかった。いつになく病んだふうであった。
彼のベッドをチームメイト達が囲む。彼らはどうすることもできずにベッドに横たわる吹雪を見つめていた。
「俺たちがいけなかったでヤンス。俺たちが止められなかったから、吹雪さん無理をして……」
栗松が申し訳なさそうに俯いた。確かにディフェンス陣は相手を止められなかった。だがそれは出場選手のほとんどが同じだ。奴らのボールをカットできたのは唯一鬼道だけだった。それに吹雪がおかしかったのは今日始まったことではない、と花織は思う。その考えを肯定するかのように春奈が戸惑いながら声を上げた。
「あの……っ、吹雪先輩本当にボールを取りに行っただけなんでしょうか?」
「どういう事?」
「私、少し怖かったんです。あの時の先輩の顔……」
夏未が春奈の言葉に疑問を感じたようで質問をする。春奈は少し口籠った後それに答えた。チーム内でどよめきが生じる。確かに、という声がいくつか上がった。花織も彼の表情を思い返す。春奈の言うとおり、見たことの無い表情をしていた。何とも言い表せない、ただ恐ろしい形相だったことは覚えている。
「それにイプシロンと戦った時も。ボールを持ったら感じが変わるのは何度かありましたけど、あの時は妙に気持ちが高ぶってたような」
自分の感じていた近頃の吹雪の異変を語り始めた。円堂がハッとした様に声を上げる。花織は円堂に視線を向けた。何か思うことがあるらしい。
「実は俺、イプシロン戦の後に吹雪に聞かれたんだ。"僕、変じゃなかった?"って……。でも俺、何か上手く答えられなくて」
花織は円堂の言葉に口元を手で押さえた。"僕、変じゃなかった?"聞き覚えのある言葉だ、花織がイプシロン戦の直後に吹雪に問われた質問だ。花織は背筋にさっと冷たいものが走るのを感じる。吹雪はずっと悩んでいたのだ、花織が思うよりも深刻に。そして吹雪は花織に話そうとしてくれていた。
花織は昨日吹雪が自分へと注いでいた視線を思い出す。…………ずっと助けを求めていたのだ、彼は。
「キャプテン……。私……」
「花織?」
花織は震える声で呟いた。花織の隣に立っていた鬼道が彼女の震えた声と、ショックを受けたような表情に気が付いた。どうしたんだ、と鬼道が花織に囁く。花織は静かに自分の中に秘めていた吹雪の違和感、そして最近の出来事を話した。
「私も、キャプテンと同じ質問をされました……。イプシロン戦が終わった直後に。私、ずっと吹雪くんが悩んでるんだって気づいてて……。でもはぐらかされたり、タイミングが合わなくて話が聞けなくて……。だけど私が、もっと早く話をちゃんと聞いていれば」
花織が両手で顔を覆う。そうであれば、こんなことにはならなかったんじゃないだろうか。自分のせいだろうか、と花織は自責の念に駆られた。それにより込み上げそうな涙をぐっと飲み込む。鬼道は何も言わずにそんな花織の背中をさすった。そして俯き言葉を紡ぐ。
「監督は、何か知ってるんじゃないですか」
皆の視線が瞳子監督へと向かった。監督は気まずそうに目を逸らす。円堂が念を押す様に彼女に言葉を掛けた。
「何か知ってるんですか。……監督!」
円堂の言葉の後、数秒の沈黙があった。瞳子は一度目を伏せて静かに息を吐いた。そして雷門イレブンのメンバーを気まずげに見据える。瞳子は吹雪士郎の過去について語り始めた。
「吹雪くんには弟がいたの」
吹雪士郎にはアツヤという名前の弟がいた。ジュニアチームで士郎と共にサッカーをしていた弟だ。士郎がボールを奪い、アツヤが決める。完璧なディフェンスフォワードコンビだったそうだ。小学生チームに属していながら彼らの名前は有名だったらしい。
だがある時事故が起こった。サッカーの試合が終わった後、車で家に帰る途中雪崩に巻き込まれたのだ。運よく車から放り出された士郎だけが助かり、弟のアツヤも両親も彼はその事故で亡くしてしまったのだという。
その事故をきっかけにして吹雪の中にはもう一人の人格が生まれた、弟のアツヤの人格だ。人は大きなショックを受けると稀ではあるが人格が分離することがあるらしい。吹雪はそうなった、彼の中にもう一人の吹雪、吹雪アツヤが生まれた。
「それじゃあもしかして、エターナルブリザードは……」
「アツヤくんの必殺技よ」
一之瀬が話の中で悟った疑問の答えは、全員に衝撃と罪悪感を植え付けるには十分だった。
「でも、本当にそんなことできるんスか?二つの人格を使い分けるなんて……」
「難しいでしょうね。だから吹雪くんはエイリア学園との過酷な戦いで微妙な心のバランスが崩れてしまったのかもしれない」
淡々と瞳子が述べる。
「崩れてしまった……」
「ええ」
端的に、他人事のように返答をした瞳子に、秋が瞳を潤ませて振り返った。その瞳には明らかに瞳子に対する非難が含まれていた。
「ええ、って……、そんな。だったらどうして吹雪くんをチームに入れたんですか⁉ だって、監督は知っていたんですよね? 吹雪くんの過去に何があったか、だったら今日みたいなことが起こるかもしれないってわかってたはずじゃないですか⁉」
「⁉」
秋はこぶしを握って瞳子に怒りをぶつける。秋の言葉は正論だった。
「なのにどうして吹雪くんを? ……エイリア学園に勝つためですか? エイリア学園に勝てれば吹雪くんがどうなってもいいんですか⁉」
秋の言葉は瞳子を動揺させるに十分だった。いつもクールな瞳子の表情は自分が犯した失態に今気づいたように申し訳なさげだった。未だ怒りが収まらない様子の秋を一之瀬が止める。だが瞳子は毅然とした表情を取り戻し、冷酷に言葉を残して立ち去って行った。
「それが私の使命です」
瞳子の言葉の余韻が残る病室に、選手たちは立ち尽くしていた。吹雪は目を覚まさない。チーム全体に嫌な空気が漂っている。円堂が悔しげに拳を握り、床頭台を叩いた。
「何で気づけなかったんだ……。あの時俺が気づいていれば、こんなことにはならなかったんだ……‼」
円堂が己を責めはじめる。花織は何も言えなかったが、円堂に非があるというなら自分にはもっと非があると思った。自分は知りながら吹雪の悩みを放置していた。気付いていたのに、ちゃんと話を聞けなかった。花織が自責を感じて顔を背ける。その身体を何も言わずともしっかりと鬼道が支えた。彼には花織が何を思っているのかお見通しのようだった。
「やめろ! お前のせいじゃない!」
「でも‼ 俺が気付いてれば‼」
食い下がる円堂に鬼道が遮るように言う。
「これは、お前のせいでも花織のせいでも、ましてや監督のせいでもない。俺たちチームの問題だ!」
「チームの……?」
一之瀬の言葉に鬼道は頷いた。凛とした態度で彼は話し始める。
「俺たちはエターナルブリザードに頼りすぎていた。吹雪にさえつなげば点を入れてくれる。吹雪にとってそんな思いが、かなりの重圧になっていたに違いない」
鬼道の的を射た言葉はチームの中に浸透していった。円堂が吹雪、と彼を呼んで彼の表情を見つめる。彼は今も苦しげに眠っている。
「戦い方を考え直すべきかもしれない、吹雪の為に。そして俺たちがさらに強くなって、エイリア学園に勝つために!」
鬼道の言葉はチームメイトを奮い立たせた。次々に鬼道の意見に賛成する声が上がる。花織も少し鬼道の言葉に救われた。今までのことを悔いるのではなく、これから彼の為に何ができるかを考えよう、そう思えるほど心に余裕が生まれていた。
そしてようやく、花織は気が付いた。
自分の最も大切な人の姿が、この病室のどこにもないことに。