脅威の侵略者編 第十二章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
吹雪士郎はチームメンバーから離れた場所で、恋人に笑い掛ける少女を見つめていた。唯ひとり遠くから彼女のことを見つめている。自分のトレードマークであるマフラーを強く握り、彼は彼女に視線を寄せていた。月島花織、吹雪は彼女をじっと見つめていた。気付いてほしいと言わんばかりに。
今日の練習試合、吹雪は絶不調の中にあった。というのも、吹雪は自分をコントロールできなくなり始めたのだ。段々と自分の中にある"もう一人の自分"が暴走するようになり始めた。吹雪士郎ではない、彼の分身の様な存在に。
吹雪は士郎としてシュートを打ちたかった。しかしもう一人の自分がそれを譲らない、そして仲間たちももう一人の自分に期待をしているようだった。でもその期待に答えられなかった。仲間たちは目に見えて落胆しているような気がした。いつもの吹雪なら、という言葉を彼に対して投げかけた。
今日の試合は何とかもう一人の自分を抑えてプレーした。そのせいで自分の目指す完璧とは程遠い結果を残してしまった。どうしたらいいのだろう、もう一人の自分に、次は自分が、士郎としてシュートを打つと宣言してみた。実際どうなるかはわからない。
――――花織さん……。
吹雪士郎は目で助けを乞う。もう一人の自分に気が付いてくれた彼女なら、自分にいつも優しく接してくれる彼女なら、自分を助けてくれるような気がしていた。
それだけではない、彼は花織に助けてほしいと願っていたのだ。
――――花織さん……。
自分の口からは到底話すことはできない。彼女の恋人の牽制もあるし、何より自分から話をしても理解してもらえないような気がした。だから気づいてほしいのに。じっと視線を花織に注ぎ続ける。花織の視線が時折心配そうに吹雪の方へ向かうが、彼女はさすがに恋人を振り切ってまでは吹雪の元に来てくれない。吹雪は不安げな瞳を静かに伏せる。
――――僕に気づいて。
誰にもそう言えないで吹雪は座り込んでいた。
❀
夜、消灯時間を過ぎてから花織はピッチや侵入を許可されている範囲内で陽花戸の校舎を歩き回っていた。普段なら練習をするはずなのだが、そうもいかない。花織は吹雪士郎を探しているのだ。先刻、といっても一時間ほど前、夕食後に風丸そして土門や一之瀬、リカたちと歓談している時のこと。やけに吹雪から視線を感じた。彼はじっと花織のことを見ているようで、ずっとマフラーを握り締めて花織に縋る様な視線を向けていた。ただ事ではないような気がした。ちょっと断りを入れて吹雪と話すべきだったとも思うが、抜けるタイミングが見つからず今に至る。
吹雪が以前のように一人で練習をしていないだろうか、トイレに引きこもっていないだろうか。そう思って花織は吹雪のいそうな場所を探し回ったのだが、どうやら今日はキャラバンの中で早々に就寝しているようだ。話を聞くのは明日にした方がいいかもしれない。明日の夕方は特に予定もないし、ゆっくり話を聞く時間もあるだろう。それにこの間、吹雪が言い掛けた言葉も気になる。
"花織さん……。今日の僕、変じゃなかった?"
あの時の言葉、吹雪は自分が不調であると自覚している。そしてそれを客観的に認めてほしい様な節がある。でもそれ以上は分からない。彼が花織にどんな答えを望んでいるのか、それによって彼が何を聞きたかったのか。花織にはわからないのだ。でもきっと吹雪は人に言えない何かを抱えている。自分がそれを聞くことで吹雪が楽になるのなら、それを聞くのがマネージャーとしての自分の務めだと花織は思う。
それとも、一度鬼道に相談してみるべきだろうか。花織が気付くようなことに鬼道が気付いていないとは思えない。実質チームの指揮を執っていると言える彼にまずは意見を聞いてみるのが得策だろうか。花織は一人考えを巡らせる。そんな彼女の背後に一つの陰が忍び寄った。
「こんばんは、月島さん」
聞き覚えのある声、ぞわっと花織は肌が粟立つのを感じた。勢いよく声の主を振り返る。整った顔立ちに赤い髪、北海道そして京都で出会った不思議な、そして不審な少年だ。花織は驚き、思わず後ずさる。唐突に現れたこの人物に対して花織は明らかな恐怖を感じた。
「何で、貴方が……」
ここは福岡だ。北海道からも京都からもかなり距離が離れているはず。それなのにここに彼がいるというのはどう考えてもおかしい。やはりストーカーか、でもなぜ。雷門中をストーカーして意味があるだろうか。雷門イレブンをストーカーすることで意義があるといえるのは雷門中のファンか、それとも……。
「……っ‼」
花織は少年の正体について一つの疑惑に行き着いた。そしてさっと表情を青ざめさせる。少年は張り付けた笑顔で花織に歩み寄りながら話し始めた。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。僕は円堂君の友達なんだから、君とも友達ともいえるんじゃないかな。ね、月島さん」
「……貴方、本当にキャプテンの友達なんですか?」
花織がじりじりと後ろに下がりながら少年に問いかける。少年は花織との距離を詰めながらそれに答えた。
「友達だよ。……さっき俺たちのチームと試合する約束もしたしね。明日の十二時、ここのグラウンドで」
とん、と花織の背中が校舎の壁に当たった。もうこれ以上下がれない。花織は辺りを見回した、人は誰もいない。障害物はないから何かあっても逃げられそうではある。
遠くから何やら音が聞こえるのは円堂がタイヤを使って練習している音だろうか。さっき約束をしたというのもあながち嘘ではないのかもしれない。だが試合、という言葉で花織はほとんど少年の正体に確信を持った。
「私は」
「……」
「私は貴方が、エイリア学園の者だと思います」
花織は声を絞り出すと同時に逃げ出す準備をした。少年の足がぴたりと止まる、表情は少し花織の言葉に驚きを浮かべているようだった。少年はふふ、と笑を零す。その次の瞬間には花織は少年に追い詰められていた。顎をぐいと持ち上げられ、じっと少年は花織の顔を覗きこんだ。一瞬の出来事に花織は動くことはおろか、声を上げることもできなかった。
「君、思ったよりも察しがいいんだね。円堂くんは全くそんな事、疑わなかったんだけど」
少年は楽しそうに笑いながら花織の頬を撫でる。少年が何を考えているのか、花織にはさっぱりつかめない。ただ分かるのは、今自分が危機的状況に置かれているのだということだ。
「でも気づくのが遅かったね。君は今、俺の手の中だよ。君を肉体的にも精神的に傷つけることができる。…………君の大切な人を傷つけることだって簡単だ」
少年は不敵に笑う。少年にはこの少女のことは筒抜けだった。彼女を取り巻く交友関係、彼女に寄せられている幾多の想い、執着、そして嫉妬。彼女は面白い人物だ、円堂とはまた違った意味で。
この少女の存在は雷門の選手たちの中核を簡単に揺らがすことができる。興味深い人物、何がそんなに彼らを惹きつけるのかとても興味がある。恐らく、父さんに知られればこの少女は一瞬で消されるだろう、目障りな雷門イレブンを葬るために。
でも、何だかそれはとてももったいない。彼はそう思った。少女がフィールドを駆けていた姿を思い浮かべる。そして今、手中にある彼女の瞳を見つめた。
警戒と恐怖で自分を見つめる大きな瞳。恋人に接するときは幸せそうにきらきらと輝き、慈愛に満ちるくせに。その瞳を俺の手で揺るがせたら……、そう思った。
「何を……っ」
花織は自分の顔に触れている少年の手首を掴む。大切な青い髪の彼のことが頭を過った。彼だけには妙な真似はさせない。そう思って少年を睨んだ。少年はふふ、とまた楽しそうに笑う。そして花織の首に両手を這わせ、軽くその細く白い首を締め上げた。
「……う、く」
花織は息のできない苦しさに目を伏せた。このままでは、ともがいてみるがびくともしない。花織は段々と思考が薄れゆくのを感じる。息苦しさに彼女の目じりから涙が零れた。このままでは殺されてしまう、とそう思った。
だが少年は花織の首からぱっと手を離す。花織はやっと得られた酸素にせき込み、その場に蹲った。少年は花織の傍に背を屈める。
「冗談だよ、サッカー以外では何もしないさ。…………それに明日になればわかるよ。もう手遅れかもしれないけどね」
「……貴方は、一体……っ」
花織は立ち去ろうとした少年の左腕を掴む。目には生理的に溢れた涙を浮かべて少年を睨み付けている。図らずも少年はその彼女の表情に動揺した。だがそんな動揺は包み隠して少年は笑う。
「名前を名乗ってなかったね。俺はヒロトっていうんだ、よろしく。……またね、月島さん」
花織の目じりにたまった涙を拭ってヒロトと名乗った少年は立ち去っていく。花織は今の彼とのやりとりにしばらく呆然としたまま動くことができなかった。とにかく明日、本当に今の少年、ヒロトがエイリア学園のメンバーなのか、先ほどの言葉が本当なのかを確認するまではこの事実を誰にも告げることはできないと花織は思った。