脅威の侵略者編 第十二章
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翌日、陽花戸中学サッカー部との練習試合が行われた。雷門の選手たちが念頭に置いたのは円堂の必殺技の修得だ。円堂大介の裏ノートに書かれていた必殺技、正義の鉄拳を円堂は習得しようと挑戦をしていた。その円堂をフォローしながら、彼らは練習を行った。
久しぶりにやってみても、見ていても楽しいサッカーだった。互いの技と技がぶつかり合い、かといって誰も傷つくことの無い試合だった。破壊だとか、勝敗だとか関係なくただ単純にサッカーを楽しむことのできた練習試合だったと言える。また円堂の必殺技への修得のフォローに入る選手たちを見て、陽花戸中イレブンも立向居勇気のマジン・ザ・ハンドの修得にチーム一丸となって取り組んだ。互いの成長を期待しての試合だった。全員が楽しいサッカーを久々にできた試合ではないかと思われる。
ただ一人、吹雪士郎を除いては。花織は風丸が楽しそうにボールを蹴る姿を見て微笑ましそうに表情を緩めていたが、反面絶不調の最中にある吹雪のことが気がかりだった。彼は、今日はシュートを一本も決めることができなかった。
シュートが止められたのではない、そもそもシュートを打つ前のミスが多く、シュートを打つことすらできなかったのだ。チームのメンバーは単純に吹雪を不調なだけだと思っているようだったが、花織はそうは思えなかった。きっと何か思い悩むことがあるのだろう、そう思っていた。また時間がある時、彼に話を聞かなければと思う。
「花織!」
考えに耽っていたところに彼の声が聞こえた。花織はあからさまに嬉しそうに振り返る。そこにはユニフォーム姿の風丸の姿があった。
「悪いな、待ったか?」
「ううん、全然」
花織もユニフォームを着用し、髪を結っている。準備は万端だ。彼とは練習が終わった後、ここで待ち合わせていたのだ。恐らく他の選手たちは今、自由時間を過ごしているだろう。本来なら花織はそろそろ夕食の支度をしなければならないのだが、それは後片付けを引き受けるという条件で免除してもらった。その位、彼女にとっては大切な用だったのだ。
「ごめんね、我儘言っちゃって。……今日の皆の試合、楽しそうだったから私も一郎太くんと一緒にサッカーがしたくて」
「構わないさ、ここの所一緒に練習してなかったからな」
風丸が腰に手を当て、髪を揺らして笑った。今日の彼はとても上機嫌だと花織は思う。試合中、あんなに楽しそうだったのは久しぶりだったし、風丸の足の速さが改めて実感できた試合だったように思う。その時ふと思ったのは久しぶりに風丸と一緒に練習をしたい、ということだった。
「じゃあ時間もないし、早速始めよっか」
ストレッチに始まり、ランニング、ドリブル、パス、フェイントそして最後に一対一での練習をふたりは時間の許す限り行った。練習に誘ったのは花織であったが、風丸こそがこのふたりきりの練習に意義を見出していた。……まるで、フットボールフロンティアの全国大会前に戻ったような感覚だった。
ただ強いとか、速いとか関係なく単純に花織とボールを蹴ることができるのが楽しかった。誰よりも息の合う彼女だからこそ、練習していて気が楽だった。もちろん仲間たちとの練習がそうでないわけではない。だが花織と一緒に行う練習は何も気にしなくていいのだ。鬼道の天才的なゲームメイク能力のことも、吹雪のスピードのことも。
「お疲れ様、一郎太くん」
花織が予め準備をしておいてくれたらしいドリンクボトルを風丸に差し出す。風丸は礼を言いつつ、彼女の手からそれを受け取った。何だか本当に河川敷での練習をしているみたいだ。あの頃は近くの自販機でスポーツドリンクを買って飲んでいたりした。
「花織もお疲れ。ほら、これ花織のタオル」
「ありがとう」
風丸がベンチに置いておいたタオルを花織に差し出す。花織はそれを受け取って風丸の座っているベンチに腰かけた。汗を拭きながら花織は大きく息を吐く。その表情はどこか嬉しそうで、そして満足げであった。
「練習に付き合ってくれてありがとう。やっぱり私、一郎太くんと練習するのが一番好きだよ」
「……そっか」
照れたように風丸が頭に手をやる。彼女とのその言葉が風丸は嬉しかった。彼も、彼女に一度明言したことがあるが、花織との練習が好きだったからだ。花織はクス、と笑ったがすぐに俯く。髪を結んでいる為、彼女の表情は隠れることなく、風丸に見えた。彼女はドリンクボトルを握り、少し寂しげな表情を見せた。
「今日一緒に練習できてよかった。……最近はずっと苦しい試合ばっかりだったから。イプシロンとの二戦も、真帝国学園との試合も。楽しいサッカーができてなくて」
「……花織?」
風丸が花織の顔を覗きこむ。花織は言葉を続けた。
「だから今日の練習試合、一郎太くんが凄く楽しそうで嬉しかった。だから一郎太くんとサッカーがしたいなって思ったんだ」
久しぶりに見た、あんな風に風丸が圧倒的なスピードで風を纏う姿を。そして今日、一緒に走ってみて実感した。風丸は以前よりも益々速くなっている。着実に彼は練習を重ねることで強くなっている。花織が到底たどり着けないレベルまで。花織はそれを彼の才能だと思った。彼はそれを自覚していないのだが。
「やっぱり一緒に走るとわかるね、一郎太くんがどんどんレベルアップしてるの。私ももっと頑張らないと置いてかれちゃう」
どんどんレベルアップしている、その言葉に風丸はふっと顔を顰め、タオルで顔を覆い隠した。花織は本当にそう思っているのだろうか。風丸は自分が満足のいくレベルアップをしていない。エイリア学園の連中の方が自分よりも速い、吹雪の方が自分より勝っている。そんな状況にあるのに……。
風丸は速さに関してのこだわりがあった。誰よりも速い存在でいたかった、特に花織の前では。吹雪が現れた時、風丸は吹雪に嫉妬した。花織に関連することではなく、単純に吹雪のスピードに嫉妬したのだ。それでも初めは努力をすれば彼を超せると思った。しかし今ではそれも無理だと思うようになった。
吹雪にはどれだけ練習しても自分の一番の長所であるスピードで劣っている。花織にとって一番の存在ではあれていない。吹雪に出会って風丸は己の限界を知った、内心悔しくて悔しくて堪らなかった。今までは誰よりも自分が速い存在で在れたのに。
「……そんなことはないさ」
風丸は花織の言葉を否定した。花織がえ? と声を上げて風丸を振り返る。風丸はタオルで口元を覆い、俯いていた。花織は風丸を見つめ彼の言葉を待つ。彼は静かな声で自分の考えを語った。
「俺のスピードじゃ、イプシロンの奴らを振り切れない。もっと速くならないと……、もっと」
「一郎太くん……」
今度は花織が心配そうに風丸の顔を覗きこんだ。そっと風丸の肩に手を触れる。風丸はタオルを膝に置いて花織をじっと見つめた。自分にとって今一番大切な人、彼女を守る力が自分にはない。どうすれば力を得られるのだろう。
――――神のアクアがあれば。
時折そんなことを考えた。初めて思いついたのはそれこそ、吹雪と出会った時だった。風丸は本当に自分のスピードが誰かに劣るということが悔しかったのだ。神のアクアがあれば。次第にそんなふうに考える回数は増えて行った。エイリア学園を倒すためなら、使っても許されるのではないだろうか。アレを使えば自分は誰よりも速くなれる。吹雪よりも。
努力は才能には適わない、もうそれを知ってしまった。越えられない壁という物があるのだと。
「練習しなきゃな、もっと。奴らに勝つためにも」
練習も、もしかして無駄かもしれない。風丸は自分の言葉に否定の気持ちを感じるようになっていた。今まで以上に、キラキラしている円堂の言葉を底抜けに信じられない様に感じていた。だが、そんな様子を見せれば花織は酷く心配するだろうと思った。現に先刻の言葉ですら花織は自分に心配そうな顔を向けるのだから。花織にそんな弱い自分を見せたくはない。
「頑張るのはいいことだけど……。無茶はしないでね、何かあったら相談に乗るから」
「……ああ」
だから風丸は平静を装う。花織の前ではずっと、自分が崩壊するその時まで。