FF編 第二章
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あれから二週間という月日がたった。花織の足の怪我はすっかり治り、その頃には梅雨も明けてしまった。蒸し暑かった気温はじりじりと肌を焦がすような暑さに変わり、もうすぐ大きな大会があるだろうな、などと思いながら花織は陸上のグラウンドを見つめる。
「花織ちゃん!」
秋が慌てた様子で花織の傍に駆け寄る。花織は秋の方へ視線を向けると、秋の行動に首を傾げながら事情を尋ねた。
「どうしたの?」
「今日、転校生が来るんだって」
「転校生?」
花織は怪訝そうに眉根を寄せる。今は六月の終わりで転校してくるには中途半端な時期だと思った。家庭の事情などもあるだろうが何とも不自然な時期である。
「この時期には珍しいよね」
「変だよね。でもどんな人が来るんだろ? 楽しみだね!」
秋は心底楽しそうだ。その様子に花織が微笑み、二人でどんな転校生が来るのかを想像した。
❀
「あああああああああっっっ!!!!」
朝のホームルームで転校生が教室に入ってくるや否や、サッカー部のキャプテンの円堂守が急に立ち上がった。そして転校生の豪炎寺を指差す。なんと大声のオプション付きである。知り合いなのだろうか、花織は思わず首を傾げた。
「円堂くん、知り合いですか?」
「い、いや、その知り合いってわけじゃないんですけど」
教師に尋ねられ、円堂は口籠りながら答えた。彼は答えつつ前の席の子の頭をぐいぐい押していたかと思うと、その後ぐっとガッツポーズをしていた。何か花織の知らないところで良いことでもあったのだろう。とにかく彼の行動は面白くて仕方がない。花織は微笑ましい円堂の行動に、思わずくすくすと笑みを零さずにはいられなかった。
「とりあえず座ってください」
「あ、はい」
円堂は教師に窘められて素早く席に着いた。そんな彼の行動がどこか間が抜けていて、また花織が再びくすくすと笑うとちらと目の端に映った姿に視線が向く。青い髪のポニーテールの彼だ。彼のクラスはもうホームルームが終わったのか、このクラスのホームルームが終わるのを待っているようだ。
彼は仲の良い円堂がこのクラスにいることも理由だが、花織に会うためにこのクラスに来ることが多かった。そんな彼は不機嫌そうに花織のことを見つめている。何かあったのだろうか、花織はそんなことを思って廊下にいる彼の方へと視線を向ける。
「今日から我が雷門中に転入となった豪炎寺修也くんです。前は木戸川清修中学にいたんですよね」
「はい」
豪炎寺は特に詳しい自己紹介はしなかった。担任教師がいくつか質問を掛けていたが花織はそんなことよりも外にいる風丸の表情の方が気にかかり、その後は全く話を聞いていなかった。
「一郎太くん、何かあったの?」
ホームルームが終わると同時に花織は風丸の元へと歩み寄り、彼に声を掛けた。彼の表情が気に掛かったためだ。どうして彼の顔が曇っているのかを知りたかった。
「別に、なんでもない」
少し顔を逸らして風丸は目を伏せた。その表情は先ほどと同じく、少し不機嫌そうにむくれていて、花織はどうしてか罪悪感を覚えてしまう。
「私……、何か悪いことした?」
「……花織、さっき円堂を見て笑ってただろ」
「え?」
想定外の反応で花織は思わず声が漏れた。花織はきょとんとして風丸を見つめる。風丸は恥ずかし気に顔を背けながらもじっとりと花織を見た。彼女は円堂を見て、とても楽しそうに笑っていた。それが風丸にとってはあまり嬉しいことではなかった。花織は思う、それは何だろうか。自惚れかもしれないが彼は嫉妬してくれていたのかもしれない。
「あの、それって……?」
「悪いか?」
赤面して彼がこちらを向いた。先ほどの推測はどうやら当たりのようで花織も風丸と同じように頬が赤く染まる。花織は誰にも悟られないようこっそりと風丸の手を握り、俯き加減に言葉を返した。
「嬉しいよ、嫌じゃない……」
「本当か?」
「うん」
花織が微笑むと、風丸も照れくさそうに花織に微笑み返した。こんな些細で小さな会話が嬉しくて仕方がない。初めて報われた恋なのだ、どんなことでも大切にしたい。花織がそう思いながら風丸を見つめていると、花織の背後から声が掛かった。
「花織ちゃん! 円堂くんが豪炎寺くんに声をかけるらしいから一緒に来ない? ……あ、ごめん。お邪魔だったかな?」
にこにこと秋が見つめる先には風丸と花織の繋がれている手があった。その視線に気が付いたふたりは慌てて手を放すと、双方顔を赤らめる。花織は誤魔化すように短い髪を耳に掛け、秋に返事をする。
「う、うん、行く。じゃあ一郎太くん、また後で」
「あ、ああ」
そういって風丸に手を振り、花織は秋の後をついて行った。円堂の元へ向かう途中、秋はこっそりと小さな声で花織に声を掛ける。
「相変わらず、仲が良いんだね。風丸くんと花織ちゃん」
「あ、秋ちゃんだって、円堂くんと仲良いでしょ?」
「円堂くんはそんなのじゃないの!」
顔の前で手を振って秋は否定したが、花織はそんな風には思わなかった。円堂への秋の好意は明白だ。約三ヶ月、彼女を見ていてそう思った。
花織は秋にそっと微笑む。早く円堂に秋の想いが通じればいいのに。何故ならずっと、彼女は円堂を支えているのだから。秋と花織の二人が円堂の元へ歩み寄ると、円堂はすでに豪炎寺に声を掛けていた。
「昨日、ちゃんと自己紹介してなかったからさ。俺、円堂守!」
元気の良い円堂の声とは裏腹に豪炎寺の表情は硬いままだ。そんな中、花織は気になったことをこっそりと秋に問う。
「円堂くんって、豪炎寺くんと昨日会ってるの?」
「うん。ちょっといろいろあってね」
秋は小声で花織に答えを返した。円堂のやや後ろに秋と花織は並んで立ち、円堂たちの会話の成り行きを見守る。
「サッカー部のキャプテンやってるんだ! ポジションはキーパー!」
ぴくり、と豪炎寺が微かにサッカーという言葉に反応する。花織はすっと目を細めた。嫌な思い出のせいか、花織はあまりサッカーに思い入れがない。スポーツとして素晴らしい価値があることはわかっているのだが、思い出に加えてあれほど帝国学園でサッカー実力主義が進んでいれば、多少苦手意識があっても仕方がないだろう。もっとも帝国学園の授業は合間合間にサッカーが入っていたため、授業では困らない程度にプレーはできるようになってしまったのだが。
そんな中でも花織のサッカーに対しての嫌悪感のようなものは最近薄れつつあり、今は特にサッカーに対して過敏に反応することはなくなってきた。だが豪炎寺の反応は以前の花織と同じような反応をしている。いや、花織と同じどころではない、もっと酷いはずだ。
「お前も入らないか? 木戸川清修ってサッカーの名門だもんな。道理であのキック、凄いはずだぜ!」
熱心に円堂は豪炎寺を勧誘しているが、彼は興味なさげに窓の方に目を向けてしまった。円堂はそんな豪炎寺の反応が疑問だったのか、きょとんとして豪炎寺の反応を見つめている。
「え、なんだよ?」
「サッカーはもうやめたんだ」
目を伏せ豪炎寺が呟く。
「やめたって、どうして?」
「俺に構うな」
心配そうに円堂が豪炎寺の机に手をついた。しかし豪炎寺は冷たく突き放すように言い放つ。ここまで彼が円堂を突き放すのは何故だろう、と花織は思う。そのとき間が良いのか悪いのか、慌てた様子の半田が円堂らの元へとやってきた。
「円堂! 冬海先生がお前を呼んでる、校長室に来いってさ。大事な話があるって。俺なんか嫌な予感がするんだ……、例えば廃部の話とかさ」
「廃部!?」
「廃部……」
円堂が叫んだ言葉を花織が小さな声で繰り返す。雷門中サッカー部について、花織も話だけは半田から聞いていた。なんでも現在部員が七人しかおらず、加えて練習するグラウンドさえ確保できないらしい。そして部員は部室を溜まり場として、ゲームや漫画を持ち込んでいるとか。やる気がないなら潰れてしまうのも仕方ないとは思うが、円堂のやる気を見ていると一概に潰すなんて妥当な判断だとは思えない。
「私もそんな噂、聞いたことある……」
「秋ちゃん……」
秋の不安げな声に花織が秋の名を呼べば、秋は不安げに円堂を見つめている。円堂は憤慨したような表情を見せて大声を上げた。
「冗談じゃないぞ! 廃部になんかさせるもんか!!」
そう言うや否や、円堂は校長室へ駆けていった。