脅威の侵略者編 第十一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昨晩はあの後、吹雪を強引にキャラバンに連れ戻し、自分もテントに戻った。それから眠りについたものの、早朝に目を覚ましてしまうほどに気持ちは落ち着いていなかった。風丸のことがずっと気に掛かっていた。
今はエイリア学園を倒すために頑張っている。恋愛ごとをチームに持ち込むのは間違いだとわかっている。皆強くなるために必死なのに、自分はこんなことで悩んでいる。もちろん花織にも自分の実力に関しての悩みを抱えていないわけではない。それでも他の者に比べればマネージャーという本来の身分もある分、深刻に悩んでいるわけではないのだ。
何より花織にとってサッカーとは風丸だ、別に強さの証明ではない。風丸と一緒にプレーできなければ、彼のプレーが見られなければ彼女にとってサッカーの魅力は半減する。彼が好きだからサッカーを好きになった。エイリア学園を倒すために強い力を求めはするが、本当は彼と一緒に走ることができればそれでいいと思っている。
だからこの状況から早く脱却したかった。風丸に対して嫉妬という名の怒りを感じ、仲違いをしたのは初めてのことだった。今までは風丸が花織を大切に大切にしてくれていたから、彼の誠実さがはっきりと感じられていたから、何よりも彼にすべてを捧げられない自分が情けなくて仕方がなかったから彼に対して負の感情を感じたことがなかった。それを感じるようになったのは彼女が彼に負い目を感じることなく、純粋に真っ直ぐ彼を見つめられるようになったからという理由に他ならない。
「……」
風丸はここに来てくれるだろうか。早く会って彼に昨日のことを謝りたい。ちゃんと自分が何を嫌であんな態度をとってしまったのかをはっきりと伝えたい。もう彼に辛い思いをさせたくないから。
がたん、とキャラバンの扉が開く音がした。花織はハッとして顔を上げる。ぎゅっと汗ばむ手を握り締めた。彼はきょろきょろと、花織の姿を探す様にあたりを見回しながらキャラバンの中へと入ってきた。
「い、一郎太くん!」
緊張で声が上ずった、花織は自分の顔に熱が集まるのを感じながら俯く。風丸は花織の声で花織の姿を認識する。何も言わず、彼は花織の前に歩いてきた。じっと花織のことを見つめているのが視線で感じられた。
「急に呼び出したりしてごめん……。私、昨日の事、ちゃんと謝りたくて」
俯きながら花織が話す。俯いているせいで彼がどんな表情をしているのか分からなかった。それが余計に彼女の不安を煽る。怒っていたらどうしよう、そう思うだけで胸がぎゅっと締め付けられるように痛くなって息苦しい。息を吐くように彼女は自分の気持ちを紡ぎだす。
「昨日、一郎太くんが他の女の子にデレデレしてるところを見て凄く腹が立ったの。ナニワランドでデートした時、私の為にペンダントを手に入れてくれて似合ってるって言ってくれて凄く嬉しかったのに……。一郎太くんが他の女の子に顔を赤くしてるのを見るだけで、手を握られてるのを見るだけで苦しくなった。あの子に一郎太くんを取られてしまうんじゃないかって怖くもなった」
今まで自分が散々彼にしてきた仕打ちと変わらないから不安だった。自分の気持ちは鬼道と風丸の間で自分が分からなくなるほど揺れた。だからきっとそれは風丸の中でも例外ではないのだろうと思った。自分よりも魅力的なあの子が現れて、彼を奪い去られてしまうような気が彼女の中にしていた。
「だから一郎太くんの気を引こうと思ってワザと冷たくしたり、鬼道さんと一緒に居たの。初めは仕返しのつもりだった。自分がどんな気持ちになったか、一郎太くんに示したかった。頭に血が上ってたから。……でも」
花織がようやく顔を上げる。黙って彼女の言葉を聞いていた風丸はハッと目を見開いた。彼女の頬を静かに伝う涙が彼の目に留まったからだ。
「時間が経つたびに胸が苦しくなって。だって昨日私が感じた気持ちは、自惚れでなければ私が今まで一郎太くんに感じさせてた気持ちなんだよね」
「花織……」
風丸が花織を呼ぶ、花織は涙声で言葉を続ける。
「ごめんなさい。今まで気づかなくて、その上こんなヤキモチ妬いて。一郎太くんを傷つけるようなことをして……。本当に、ごめんなさい」
花織が涙を拭いながら風丸に頭を下げる。風丸は何も言わずに花織に歩み寄った。そして花織の身体をそっと抱き寄せる。彼女の髪に触れ、静かに彼女の黒髪を撫でる。
「俺こそごめんな。……言われるまで花織が昨日からそんなことを思ってたなんて分からなかった。俺に苛立ってることは分かってたんだが、まさか妬いてくれてたなんて思わなかった」
風丸はそっと花織の顔を覗きこむ。優しい笑顔を浮かべて風丸は花織のことを見つめた。
「今のお前の言葉、実を言うとかなり嬉しかった。花織でも妬いてくれることがあるなんて思わなかったから、いつも俺ばっかりがお前のことを好きな気がしててさ」
ちらりと風丸は花織が首につけている、自分がプレゼントしたばかりのペンダントに視線を向けた。風丸は自身がかなり嫉妬深い人間だと自負している。いつだって彼女に付きまとう異性の友人関係に対して嫉妬を覚えている。鬼道に一之瀬に土門に、そして吹雪に。チームメイトが花織に視線を向けるだけで苛立つし、話しだってしてほしくない。無論、そんなことを口にできはしないが……。
そしてそんなことを感じているのは自分だけだと思っていた。花織は自分が秋や春奈と話そうが平然としていたから、そういうことを気にしないのだと思っていた。だから彼女がヤキモチを焼き、昨日の様な事をしていたのだと知れば、何となく嬉しいような気がした。
「そんなことない、私は一郎太くんが好きだよ……。他の誰より、一郎太くんが好き」
「……ありがとう、花織。もしもこれから、花織をこんな気持ちにさせるようなことを俺がしてしまったら、ちゃんとこんなふうに言ってくれるか?」
花織は静かに頷く。風丸はそれだけで花織の心を僅かでも手中にできたようで、何とも言えない満足感の様なものが広がる。風丸は口元に微笑を浮かべながら花織の頬にそっと手を添えて花織の顔を持ち上げた。花織は涙を堪え、涙に潤む瞳を震わせている。そんな姿は風丸にとってとても扇情的だった。
「花織……」
風丸は彼女の名を呼び、彼女が何か言いだす前に自分の唇で彼女の口をふさいだ。次に何を彼女が切り出すだろうか、と考えると自分にとって都合の悪い言葉が出てくるような気がしたからだ。
彼女はきっと風丸に対して辛い気持ちをさせたくないから、風丸と同じ提案を持ちかけるだろう。だがそれを風丸は口にすることはできないと思っている。風丸の感じているヤキモチを一々口にしていれば彼女はチームの誰とも話をすることはおろか、目を合わせることもできなくなってしまう。彼女を好きだからこそそんなことを言って彼女に不便を強いたくない。何よりそんなことを言っていては男が廃る、風丸の男としての意識に反した。
だから風丸は何も言わない。ただ黙って、自分の中に募る蟠りを口にすることなく胸に秘め続けるのだ。