脅威の侵略者編 第十章
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「はあ……っ、ふー……」
練習の合間、花織はドリンクを飲みながら息をついていた。やはり選手たちと少し実力に差が出てしまっている気がした。元々練習量が違うために明らかに違いはあったのだが、それが益々大きくなっている気がする。汗を拭いながら花織はやはり夜中にも自主練習をしなければならないな、と考えを巡らせていた。
「花織、大丈夫か?」
同じく休憩に上がってきた鬼道が花織に声を掛ける。花織は頷いて鬼道を見た。鬼道は花織ほど息が乱れていない、やはりさすがだと思った。鬼道は司令塔として他のメンバーにも指示を出していた。だから、人一倍疲れていても仕方が無いはずなのに。鬼道は凄いと改めて思いながら何気なく彼のマントに視線を落とす。
「あれ、鬼道さん」
花織はその声と同時に鬼道のマントを持ち上げた。彼のトレードマークともいえるマント、そのマントの端が縦に裂けていたのだ。恐らくスライディングか何かをしたときに摩擦で敗れてしまったのだろう。
「破れちゃってますよ、マント……」
「本当だな、取り替えておこう」
鬼道がマントを脱ごうと首元の紐を解く。花織はあっ、と声を上げて彼のマントを持ち上げた。そして鬼道に微笑みかける。
「私で良ければ直しますよ、鬼道さん」
花織は自分の荷物の中からソーイングセットを取り出した。一応嗜みがないわけではないし、この程度の損傷ならすぐに応急処置くらいはできるだろう。鬼道は少し黙っていたが、花織にマントを手渡した。
「じゃあ頼むぞ、花織」
「はい」
花織はベンチに腰を掛けて鬼道のマントを広げる。手早く針に糸を通すと手慣れた様子でちくちくとマントを縫い始めた。鬼道もその横に掛け、彼女の手つきを見つめる。
「さすがだな」
「いいえ、このくらいは全然」
五分も経たずに彼女は応急処置を終えた。糸切ばさみで糸を切り、マントを広げる。花織は立ち上がって彼のマントを羽織ってみた。ふわりと鬼道の青いマントが彼女の身体を包む。
「な……」
「ふふ、直りましたよ。鬼道さん」
彼女の行動に鬼道は赤面せずにはいられなかった。ずっと想いつづけている彼女が自分のマントを羽織る、何だか支配欲の満たされる行動だと思う。加えて彼女は少し小柄だから鬼道のマントが大きく見えてまたそれが何とも言えない魅力を感じさせた。
だが鬼道と違う意味で大きく目を見開いたのは風丸である。彼は鬼道や花織とは別のメニューをこなしていたのだが、花織の動向が気になってベンチの方には視線を向けていた。そしてこの行動を目の当たりにしたのだ。
一気に胸の中で黒い感情が増幅する。他の男のものを、しかも少し前まで想っていた男の私物を身に着ける花織を今すぐにでも自分のものであると自覚させたい気持ちに駆られた。滅多に見せない恐ろしい形相で彼はその光景を睨む。鬼道はその視線を受けてため息をついた。
「花織」
「何ですか?」
にこりと花織が笑う。鬼道は彼女の方からマントを剥すと、ポンと彼女の頭に手を置いた。そして花織の耳元で彼女の真意であろう推測を囁く。
「風丸に対する当て付けはその位にしろ。悪ふざけが過ぎると拗れるぞ」
花織はハッと目を見開いた。そう鬼道にはすべてお見通しだったのだ。風丸は未だに花織が何に対して怒っているのかに気が付かない。普段なら自分が折れて謝るだろうが、何となく今回は謝りにくかったのだ。だからこそ花織も同じことをした。鬼道と仲良くしている様に振る舞えば、風丸が腹を立てて気づいてくれるのではないだろうかと思ったのだ。
「やっぱり……、鬼道さんにはお見通しなんですね。私の事」
「ああ。お前が試合中から何に腹を立てていたのかくらいはわかる。お前の嫉妬は可愛いかもしれないが、風丸の嫉妬なんて見れたもんじゃないだろう。ほどほどにしておけ」
鬼道が彼女から受け取ったマントを羽織り、紐を結ぶ。花織はしゅん、とした様子でだって、と鬼道を見た。彼女はいつも大人っぽく、一線引いたような場所から物事を見ることが多いのだが、恋愛ごとになると結構子供っぽいところもみられるようだと鬼道は思う。
「一郎太くん、私が何に対して怒ってるのか全然わからないみたいで……。もちろん、私があんなことにヤキモチ妬く方がおかしいですけど……。でも嫌だったんです」
「お前の言い分も分かる。お前を怒らせたことに関してはアイツが悪くないとは言えない。だが、ちゃんと何が嫌だったのか打ち明けておけ。でないとまた余計な喧嘩をすることになるぞ。……もっとも俺はそれでも構わないが、お前と話す時間ができるというのも悪くない」
にやりと不敵な笑みを浮かべて鬼道が花織を見つめる。鬼道は、花織を今日も今日とて想い続けている。花織の気持ちを汲むことは頭の回転の速い鬼道なら容易いことなのだ。たとえ自分が所望した友達扱いを彼女から受けようとも、未だに胸のうちでは花織をいつか自分の元に引き込もうとは考えている。
「き、鬼道さん……」
花織は困ったような顔をして鬼道の名前を呼んだ。鬼道が自分をどう思っているのかを分かっていて、それでいて友達同士という付き合いをするのは何とも難しい。
先ほどのマントの件も本当に鬼道の気持ちを考えるなら残酷な事だと思った。でも花織はどうしても鬼道には甘えてしまうのだ。ずっと、帝国にいたころは彼のことを尊敬し、頼りにしていた部分があったからかもしれない。
「まあ、お前と風丸が喧嘩をしたままでは俺も心配だからな。花織」
鬼道が花織の手をぐいと引き寄せる。花織は驚き、目を丸くした。鬼道は花織の耳元に顔を寄せると低く優しい声で花織に囁き掛ける。
「お前が付けているペンダント、良く似合っている。……風丸に貰ったんだろう?」
本当に鬼道は花織のことをよく見ている。彼女は風丸から貰ったペンダントを周りからは見えない様に服の中に隠していたのだが、それすらも目敏く見つけたようだ。ナニワランドに到着する前には明らかに無かったはずのペンダント。ギャルズと試合をするまでは嬉しそうにそれを眺めていたことを鬼道は知っていた。
「安心しろ、嫉妬なんかしなくても風丸はお前の事しか見えていないだろう」
花織は鬼道の言葉に顔を赤くする、そんな彼女の表情に鬼道は寂しそうな色を浮かべた。言葉なしにでもわかる彼女の肯定が悲しかった。もう完全に彼女の心は自分にない。唯風丸のみを見据えて心の底から思っている。頼られてこそいるものの、それは異性に対するそれではない。まるで師と弟子、その位割り切っているように思えてしまう。鬼道は花織の髪を優しく撫でる、花織はされるがままにしていた。性を抜きにした信頼関係がそこにある。
そんな二人のやりとりを風丸は明らかに苛立った様子で睨みつけていた。