脅威の侵略者編 第十章
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およそ八時間にわたる長い旅路を経て、彼らはやってきた。大阪テーマパーク、ナニワランドに。このナニワランドは大阪にあるテーマパークの中では大きなもので、ジェットコースター、フリードロップ、観覧車などがここからでも見ることができる。
「ここが奴らのアジト?」
皆、降りて早々驚いた様子を見せる。だがそれも仕方のないことなのかもしれない、何しろ目の前に広がるのは何の変哲もない遊園地だ。場内には楽しそうに過ごす家族連れやカップルなどの姿が見える。とてもここがエイリア学園のアジトだとは思えない。
「こんなところにエイリア学園の拠点なんてあるのかな……」
「そうは思えないな」
選手たちからも信じられない様子の言葉が次々に上がる。理事長の勘違いでは、と思いもしたが、監督が再度確認を取ったところ間違いないらしい。仕方がなく、彼らは手分けして遊園地内を捜索してみることになった。園内に入場するとそれぞれ仲の良いメンバーなどで固まり、探索に出発する。そんな中、花織は自分の恋人を見つけ出すと恐る恐る彼に声を掛けた。
「い、一郎太くん……」
「ん、どうしたんだ花織?」
「あの、良かったら一緒に回らない? ……その、ふたりで」
ほんのりと頬を桃色に染めて、花織は伏し目がちに彼に頼んだ。風丸はきょとんとした表情で花織を見る。彼は始めから花織と回る気しか無かったし、また花織が改めてこうやって頼む理由をわかっていないようだった。
「ああ、俺も花織と回るつもりだったから。じゃあ、行こうぜ」
「いいねえ、お二人さん」
花織と風丸が出発しようとした途端、にやにやとしながら土門がふたりに声を掛けた。花織は土門の表情を見てますます顔を赤くする。それは先日の出来事のせいでもあったが、今彼が花織の考えていることを恐らく悟っていることがわかったからこそだった。
「ま、デートは程々にな。この間みたいなのは人前ですんなよ」
「デート……?」
花織は土門の言葉に恥ずかしそうに目を背けたが、風丸は怪訝そうに顔を顰めて土門の言葉を反芻する。どうやら未だに彼は土門の言葉を飲み込めていないらしい。まだまだ彼は恋愛的に鈍いのだろう。やれやれ、といった様子で土門は肩を竦める。
「だってカップルで遊園地を散策するなんて、デート以外の何物でもないだろ?」
はっきりストレートに土門が言葉を口にする。それは花織が考えていた事とほぼ相違なかった。花織は風丸とデートをしてみたかったのだ。今までふたりきりになることは多くてもデートなどはしてみたことが無かった。だからこそ、デートに憧れていた花織は改めて風丸に一緒に行動することを願い出たのだった。
「……」
土門の言葉にようやく風丸は花織の意図を飲み込めたのか、僅かに顔を赤くした。花織は咎めるような目をして土門を見る。その瞳は余計な事を言わなくてもいいのに、と言いたげだ。だがすぐにその瞳は不思議そうに土門を見つめる物に変わる。いつも土門と一緒に居るはずの一之瀬の姿が見当たらないのだ。
「そ、そういえば一之瀬くんは? 一緒に回るんじゃないの?」
「ん? ああ、一之瀬か。いつの間にかフラッとどっかに行っちゃったんだよなー。意外と自分勝手なんだよ、アイツ」
細い腰に手を当てて、土門が困ったようにそう言った。しかしすぐに笑顔を取り戻すとポンポンと花織の肩を叩く。
「まあ、精々楽しんで来いよ。おふたりさん」
楽しそうな様子で土門が待たせていた鬼道と一緒に探索に出発していった。残されたふたりの間には何となく緊張の様なものがあった。花織の顔を見ない様にして風丸が花織の手を取る。そして行こう、とだけ呟いて花織の手を引き、エイリア学園アジト捜索に出発した。
❀
デート、その言葉の重みが付くだけでふたりは何となく緊張してしまっていた。花織は自分の手を引っ張る風丸の後姿を見つめる。
今日、遊園地を探索すると知って花織は、ふたりきりでこういう場所を回ることができることに期待していた。たとえどんな名目があってもデートのように思えることには変わりないし、第一風丸と過ごすことができるのだから文句などない。
でも今の状況は、花織にとってあまり良いとは言えなかった。折角、ふたりでいるのに彼はすっかり黙り込んでいるし、顔も合せてくれない。
「……いち」
「花織、すまない」
花織が彼の名前を呼ぼうとしたその時、風丸が振り返って花織に謝罪の言葉を呟いた。花織は驚いてえっと声を漏らす。風丸は申し訳なさそうに笑い、握った花織の手をそっと引いた。
「俺、今まで花織と一緒に出掛けたこと無かったな。初めに花織と付き合ってから今まで、ずっと」
「……」
「俺の練習に付きあわせてばっかりだった。遊びに行ったり、してなかったな」
すまない、と風丸が花織の目を見つめて言う。花織はきゅん、と胸が痛むのを感じた。今まで花織が風丸と一緒にデートという物をしてみたいと思っていたのはもちろん事実だ。でも彼の練習に付き合っていたことは自分の意志なのだし、何よりそうすべきだと自分でも思っていた。彼に謝る謂れなどないはずだ。
何より今、エイリア学園の襲撃というこの状況が異常だ。普通にデートをする暇なんてあるわけがない。
「だって……、今まで忙しかったから仕方ないよ。謝らないで」
「だが……」
「いいの。……私ね、今日こうやって遊園地に来れるって知って、少し楽しみにしてたんだ」
花織はにっこりと微笑んで風丸を見つめる。その表情は気遣いをしているわけでもなく、心からとても嬉しそうだ。風丸が花織、と彼女の名前を零す。
「だからね、今はこれでいいの。一郎太くんとこうやって一緒に居られたらそれでいいんだ」
「……」
風丸の頬がポッと赤く染まった。彼女のいつも通りの素直な言葉に気恥ずかしさを感じずにはいられなかったが、だがそれでも救われたような気がした。いつも彼女の期待に応えられないと感じているからこそ彼女がこれでいいと言ってくれることに安堵した。しかし……、胸のどこかではやるせなさも感じている。
「花織……、全部終わったらまたここに来よう」
「え?」
「ここじゃなくてもいい、花織のいきたいところに行こう。俺と、デートしてほしい」
真面目な顔をして風丸が花織に言う。今度は花織が顔を赤くする番だった。彼氏からデートに行こうと誘われる、何だかドラマのワンシーンのようで憧れるシチュエーションだった。嬉しさににやける頬を左手で押さえて花織は頷く。繋がれた手はより強く握られた。
「……うん」
照れたように花織が微笑む。ふたりの気持ちが改めて通ったのを確認して、再び探索という名のデートに戻ろうと歩き出した。他愛もない話をしながら園内を回る。エイリア学園のアジトを探すことは二の次で、段々とふたりはデートに夢中になり始めていた。唯話をしているだけなのだが、やはりそれだけでも楽しい。
「あ、あのペンダント可愛いね」
ふたりでゲームコーナーを歩いていると花織が声を上げて立ち止まった。風丸もつられて足を止める。彼女の視線の先を風丸が追ってみると、彼女はゲームコーナーの景品を見ているようだった。そこには四葉のクローバーのペンダントが飾られている。シルバーで作られているものらしい。葉の一枚には小さなフェイクダイヤモンドが埋め込まれており、またその隣の一枚は葉ではなく、フェイクパールがはめ込まれている。確かに女の子に受けがよさそうだとは感じた。
「欲しいのか?」
「えっと……、ううん。ゲームの景品みたいだし。行こう?」
花織は風丸の言葉に一瞬口籠ったが首を振った。そして彼の腕を引いて急かす。彼女の視線はもうペンダントには無かったが、風丸には花織のその行動はきっとペンダントを欲しがっているのではないだろうかと思えた。欲しいからこそワザと見まいとしているように感じられたのだ。
「花織」
「お、そこの可愛いおふたりさん、一回やってみいひん?」
風丸と花織のやり取りを見ていたらしいゲームコーナーのスタッフがふたりに声を掛けた。風丸と花織は反射的に声を掛けられた方に視線を向ける。そこには20代後半、ふたりにとっては大人に見えるスタッフがニコニコとふたりに手招きをしていた。
「えっと、その……」
「今日はふたりで遊びに来たん? ホンマにふたりとも可愛いなあ、男の子にモテるやろ? このペンダントつけたらもっと可愛くなれるで」
お姉さんが先ほど花織が見ていたペンダントが掛けられたボードを指差した。お姉さんの言葉にどこか引っ掛かりを感じてきょとん、と花織も風丸もそんな顔をした。そして互いに顔を見合わせる。顔を合わせて間もなく花織はクス、と笑みを零した。同時に風丸は少し怒ったような顔をする。
「俺は男ですが……」
少々苛立った口調、そうお姉さんの言葉はまるで女の子二人が遊園地に遊びに来ている、と取れるようなものだったのだ。確かに風丸は髪が長いし、女の子の様な綺麗な顔立ちをしているから、女子に見えないこともない。だが今まではあまり間違えられることはなかったからびっくりしたと同時にムッとしたようである。特に彼女の前でそんなことを言われてしまったら面目丸つぶれだ。お姉さんは少し驚いたようだが、すぐにまた話を続けはじめた。
「あっ、そうなん⁉ 何や~、おふたりさんデートなんやね。お姉さんびっくりやわ! そんなら兄ちゃん、尚更チャレンジせな! こないに可愛い彼女さんが欲しい言うとるんやろ?」
な? と人の好い笑みを浮かべてお姉さんが花織の両肩を持つ。大阪人特有の、と言ってはなんだかとても押しが強いお姉さんは笑顔で今度は花織の顔を覗きこんだ。
「彼女さんもさっき可愛いって言うとったもんな? こないな美形の彼氏さんにプレゼントしてもらえたら嬉しいやろ?」
「え、えっと……」
お姉さんの凄い剣幕に困ったように花織は眉根を寄せて口籠る。景品のペンダントは確かに可愛いとは思うが、きっと自分がプレイしても手に入らないことはわかりきっている。このゲームは的当てゲームでボールを投げて標的に当てるものだ。花織はこういうゲームは得意ではない。運動神経が悪いわけではないのだが、ボールを投げることに慣れがないのだ。特にテーマパークのゲームなどは難しいから、ただお金を無駄にしてしまうだけだと思っている。そして風丸の手を煩わせてまでほしいとは思えない。
花織がいいです、とお姉さんに断りを入れようと口を開こうとした時だった。
「じゃあ、やります」
「え、でも……」
風丸がお姉さんの言葉に頷いた。隣で花織が驚いた、しかし未だ眉根を寄せた表情を浮かべている。風丸は花織をちらりと見た。……俺は今まで花織に彼氏らしいことを何もしてやってない。ふと彼はそう思ったのだ。こんなことでは彼女は離れて行ってしまう、何せライバルは多いのだから。それに自分が贈ったプレゼントを彼女に身に着けてもらえる、というのも悪い気はしなかった。
「やってみるよ。俺、花織に何もプレゼントしたことなかったし」
「良いよ、そんなの、気にしなくたって……」
「デートの記念になるだろ?……だから、やってみるよ」
風丸がふっと男らしく笑みを浮かべる。デートの記念、そういう言葉に女の子は弱い。実際、花織もそうであった。胸をときめかせ、恥ずかしそうに口籠ってしまう。そんなやりとりを見ていたお姉さんは青春やねえ、と言いながら風丸の肩を叩いた。
「それにしても兄ちゃん、男やわあ。さっきは女の子と間違えてごめんな? お詫びにゲームのボール、ホンマは三回しか投げれへんのやけど、二回おまけしたる!」
お姉さんはせかせかと一プレイの分のボールが入った籠に二つプラスして風丸に渡す。風丸はゲーム一回分の料金を支払い、それを受け取った。籠をゲーム台の上に置き、ボールを一つ右手に持つ。するとお姉さんがゲームの説明を始めた。
「ルールはお兄さんが持っとるボールをあの的に当てて、的が倒れたら賞品ゲットや! 簡単やろ? でも中々難しいんやで。まあ、やってみたらわかると思うけど」
第一球、風丸は普通にボールを投げてみる。だがボールは空を切り、後ろの壁に当たった。外れである。風丸は眉を顰めた。思ったよりも難易度が高そうであった。何しろ的は指人形程度の大きさであるし、台座の上でぐるぐるとまわっている。ボールは少し軽めなのか、空気抵抗を受けやすく失速してタイミングがずれてしまう。
「こういうの、円堂は得意なんだがな……」
困り顔でボールを投げる。二球目、三球目も僅かに的を逸れてあたりはしなかった。花織は不安げに風丸の横顔をみつめていた。別にゲームがクリアできないことに対しては何も思いはしないのだが、できなければきっと風丸は気にしてしまうだろう。
「くそっ……」
四球目を勢いよく投げる。そのボールは指人形を掠めたが、的を少しずらしただけで倒すには至らない。ああ、とギャラリーから声が上がる。いつの間にかゲームコーナーのスタッフやお客さんに注目を浴び始めていた。
「あーっ、惜しいなあ」
「……一郎太くん」
花織の不安げな声、風丸はちらりと花織を見た。ここで失敗したら彼女に失望されるかもしれない。そんな不安が彼の胸をよぎる。彼は的に視線を戻し、どこを狙えば良いかを真剣に考えた。的は台座の上でぐるぐるとまわっている。……ふとその時、風丸は一つの案を思いついた。だがあと一球でこれを試すのは何となく心もとない気がした。だが、先ほどまでの方法では絶対にボールは的に当たらない。考えても仕方がないと風丸は意を決する。
風丸はボールを持ち替え、下手投げにボールを放った。ボールは放物線を描いて的の数センチ前、台座の上でバウンドする。外した、と誰もが思った。しかしボールは的の上に当たり、的を倒してテンテンと台座脇に落ちて行った。……成功、である。
「よし!」
「おおおおおっ! 兄ちゃんおめでとう! 成功やで‼」
からんからん、とお姉さんがベルを鳴らす。周囲からもぱらぱらと拍手が湧いた。花織も安堵した様にホッと息をつく。お姉さんはごそごそと新しいペンダントを取り出してきて風丸に手渡した。
「兄ちゃん、ほら彼女さんにつけてやり。兄ちゃんがゲットしたんやからな」
「え、あ、はい。……花織」
風丸は箱からペンダントを取り出すと花織の傍に歩み寄る。そして花織の背後からペンダントを回す。金具が留めにくいのか、風丸の指が何度も彼女の首筋に当たった。花織は心臓がいつになく音を立てるのを感じながら風丸の手が離れるのを待つ。ようやくそれが終わると花織は風丸を振りかえった。
「一郎太くん……」
「可愛いよ、花織。凄く似合ってる」
先ほどからずっと言おうと決めていたのかもしれない。風丸は花織を見るや否やすぐにそう言った。どきん、と花織の心臓が大きく脈打つ。顔を再び真っ赤に染めて俯いた。だがすぐに顔を上げて彼女は満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、一郎太くん。私……、宝物にするから」
花織がペンダントに手を触れ風丸に言う。恋人から貰った初めてのプレゼント、花織はそう思うだけで、いや風丸が自分の為にゲームをしてくれたというだけで目頭が熱くなる思いだった。涙を堪えて風丸に笑い掛ける。きらりと彼女の首に飾られたペンダントが陽光を受けて煌めいた。