脅威の侵略者編 第十章
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大阪にエイリア学園の拠点があるかもしれない。そんな情報が雷門理事長から齎された雷門イレブンは早速大阪へと出発した。まだ夜も明けない早朝の出発だったため、十分な休養も取れないまま彼らはキャラバンに乗り込むことになった。そして今は、先刻まで仮眠をとっていた彼らが朝食をとるため、とあるサービスエリアで休憩を取っていたときのことである。
「ねえ、一郎太くん」
ふたりとも早々に朝食を終え、今は飲み物を片手に談笑しているところであった。ふと花織が思い出したように彼の名を呼ぶ。風丸は首を傾げ、花織を見つめた。
「どうしたんだ?」
「そういえば私、一郎太くんに一度でいいから頼みたいことがあって……」
そう呟きながら花織が脇から自分の鞄を取り出し、中をごそごそと探り始めた。風丸は花織の頼みとはいったいなんだろうと思いながら彼女の言葉を待つ。花織は鞄の中からお目当てのものを見つけるとそれを取り上げて見せた。彼女の手には彼女のものと思われる櫛が握られていた。
「一郎太くんの髪、梳かせてほしいの」
「え……っ」
風丸は花織の思いにもよらない発言に、思わず自分の髪に手を触れた。背中まで伸びた自慢の青い髪。男のくせに、と言われてしまうかもしれないが自分なりに手入れをしている髪だ。今はまだ、寝起きの為緩く結ばれているのみとなっている。
「俺の髪を?」
「うん、一度でいいからしてみたかったんだ。……ダメかな?」
ダメ、ということはないのだが……。風丸は少し困ったような様子で頭を掻いた。別に、花織に髪に触れられることに対して嫌だという思いはない。むしろ花織に触れられることは大歓迎だ。だが、ここがキャラバンの中だということが少し気恥ずかしい。恐らくチームメイトのほとんどが"花織に髪を梳いて貰う自分"の図を見るだろう。
「ダメだってわけじゃないが……」
歯切れ悪く風丸が花織に言う。それは拒否と同等の反応であった。花織はそっか、と少し残念そうな顔をしてさらりと髪を揺らした。彼女の髪は、以前こそ風丸よりも長かったが、一度切ってしまったことで今は肩ほどの長さになってしまっている。
「花織、俺たちの髪で良かったら梳いても良いぜ」
その時、朝食を買って戻ってきたらしい土門が花織に声を掛けた。一緒に一之瀬もいるようだ。二人はどうやら花織たちの話を聞いていたらしい。ニヤニヤと、だがそれでもどこか呆れたような表情で二人は花織らの話に割り込む。
「風丸みたいな長い髪じゃないけどね。折角、櫛を出したんだしやってくれないかな」
「そーそー、風丸は乗り気じゃないみたいだしな」
茶化すような口調で土門と一之瀬が言う。二人は風丸を煽っているようだ。花織の願いを受けないならば自分が、という考えが見え隠れしている。そんなことをすれば風丸が嫉妬することなどわかりきっているのに。風丸はムッと顔を顰める。だがそこにまた一名、論争に加わる者がいる。
「花織、俺の髪でも構わないが」
ひょっこり、前の座席から顔を出したのは鬼道有人だ。思いにもよらない参戦に花織も風丸も驚く。鬼道ドレッドヘアなど、櫛で手入れできるものではないだろうに。だが鬼道は真面目な様子でふたりを見ていた。一之瀬と土門はにやにやとその様子を窺っている。
「え、と……」
困り気味に花織が櫛を振った。誰に何を答えるべきか、鬼道の予想外の参戦に言葉を失ったようだ。そのときしゅる、と眉間に皺を寄せていた風丸が長い髪をほどく。彼の髪が肩から落ちて靡いた。
「一郎太くん?」
「梳いていい、俺の髪でよかったらいくらでも」
そっぽを向いて風丸が俯く。ギャラリーの多いこの状況に顔はリンゴのように赤くなっていた。恥ずかしい、どうしてチームメイトの前でこんなことをしなければならないのだろう。だがこのまま拒否を続ければ彼らは強引に、面白がって花織に自分たちの髪を梳かせようとするに違いない。それだけは許せなかった。
「いいの……?」
「ああ」
花織が恐々と問い掛ければ風丸は即答した。花織はそっと風丸の髪を一房取り上げて櫛を当てる。さらりと解れの無い髪は櫛に引っかかることなく落ちて行った。その様子を見てお幸せに、と一之瀬と土門が自分の席へと戻っていく。鬼道もいつの間にか姿を消していた。絶対に風丸をおもちゃにして遊んでいただけに違いない行動だ。
「……」
だが思ったよりも花織に髪を触られるのは心地よい。彼女に自分の髪を触れられている、という事実には胸が高鳴った。しかしそれよりも彼女の手から感じる温かさへの安堵の方が大きい。目を閉じて彼女のやりたいように髪を梳かせる。
「一郎太くんの髪、凄く綺麗だね」
「え?」
まるで絹のようだ、と花織は髪を梳きながら思っていた。全く櫛に引っかかる様な感じはないし、つやつやとしていてキューティクルが整っているのが良くわかる髪だ。櫛を通すたびにシャンプーの良い香りもする、風丸の匂いだ。
「私、一郎太くんの髪も好きだよ」
「そ、そうか……」
照れたように風丸は口籠る。でも花織の髪の方が綺麗だ、と風丸は内心思っていた。美しい黒い髪、初めて走る姿を見た時から印象的だった。切ってしまったことを未だに惜しいと思う。自分と御揃いだった長い髪。
「御揃いにできるように、私も頑張るね」
花織が心を読んだかのように風丸が考えていたことに対する発言をする。風丸は目を見開いたが、嬉しそうな表情を隠してああ、と返答した。彼女が約束をちゃんと覚えてくれていることが嬉しくてたまらない。風丸は花織に髪を梳かれながら早くその時が来ればいい、と思う。
静かな朝、互いのことが好きで堪らないふたりのやり取りであった。