脅威の侵略者編 第九章
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病院では何度顔を真っ赤にしたことかはわからないが楽しい時間を過ごした。あの後風丸と花織は一度各々家に帰宅した後、河川敷で待ち合わせをした。一緒に練習をしようと約束をしたのだ。イプシロンとの試合まであと一週間、もう余裕はないのだから、時間の許す限り練習をしようと話をした。
だがそう思っていたのは花織たちだけではないらしい。もうすでに他の選手たちも集まり、練習を始めていた。花織たちもそれに合流し、練習に参加した。今日は一応選手の人数の関係で花織も練習だ。
「ふーっ……」
たった今、一時練習を抜けて水分補給へとやってきた。ベンチでは秋がマネジメントを一人で行っている。もう一人花織のほかに給水をしているのは目金だ。
「お疲れ様、花織ちゃん」
「ありがとう。秋ちゃんだけに仕事を任せちゃってごめんね」
手の甲で汗を拭いながら花織が秋に謝る。秋は気にしないで、と言いながらタオルを花織に差し出した。
「花織ちゃんはマネージャーだけど、選手としても頑張ってもらわないと」
「ホントはマネージャーだけでいいんだけどね……」
一郎太くんの走る姿、見ていたいから。その言葉はさすがに口にできず、そこで言葉をやめる。汗をぬぐいながら皆の練習風景に目を向けた。皆、今日は楽しそうにプレーをしている。真帝国との一件では酷く悩まされた鬼道も、今日は心なしか表情が明るくて花織は安心できた。
「今日、みんな楽しそうだね」
「うん、それに調子もいいみたい」
特に先ほどから吹雪と染岡は新技、ワイバーンブリザードを連発している。スピードに特化した技で繰り返すごとにどんどん完成度が高くなってきている。今度のイプシロンとの試合ではあの技が要になるだろう。
だが、その直後に問題は発生した。なんと染岡が吹雪へのアシストを行おうとした瞬間に倒れたのである。彼は真帝国戦で負った怪我が治っていないにも関わらず、怪我をした足でワイバーンクラッシュを打ち続けていたのである。
「こんなに腫れてるじゃないか……。真帝国戦の後、ちゃんとケアしなかったな」
古株さんが染岡の足に触れながら言った。彼の足は真っ赤に腫れ上がっている。花織は顔を顰めた、あの足でシュートを何本も打っていればそれは酷い激痛が足に走っただろうに。
どうして気が付けなかったんだろう……。花織は眉を顰めた。私はマネージャーのはずなのに、彼が怪我をしたということは知っていたのに。鬼道の事ばかりが気に掛かっていて、失念してしまっていた。
「本当に大丈夫ですから」
足を診てくれている古株さんに染岡が言う。とても本当の事には思えなかった。
「強がったところで何の得もありゃせんぞ」
だが古株さんは簡単にその無理を見抜き、染岡を諭す。染岡は口籠った。
「イプシロン戦は一週間後なんです。それまでに染岡は……」
「一週間やそこらで治るもんかい」
鬼道の問いかけに古株さんは怒ったような口調で言った。確かに素人目に見ても、一週間で治るとは思えない怪我だ。それほどに腫れ方が異常だ。だが染岡は首を振った。
「治す! こんな怪我、一週間で治して見せる! 治んなくても次のイプシロン戦、前半だけでもやらせてくれよ! ……折角完璧になったワイバーンブリザードはどうなるんだよ! なあ、吹雪!」
「ごめんね……、気づけなかった僕のせいだ」
懇願するように染岡が叫ぶ。吹雪に同意を求めたが吹雪は悲しげに眉を寄せ、謝罪の言葉を口にした。
「染岡くん、貴方にはチームを離れてもらいます」
そこへ監督の無慈悲な宣告が割り入った。選手たちはやってきた監督の方へ視線を向ける。花織は顔を顰めた、が今回は監督の意見に賛成だった。彼には少し安静にする時間が必要だ。一刻も早く怪我を治すためにも。
「監督……、染岡は」
円堂が戸惑うように監督に言葉を求める。だがそれよりも早く花織の隣に居た風丸が叫んだ。
「本人がやると言ってるんです! やらせてやってもいいじゃないですか! 今の俺たちに必要なのは、自分の身体がどうなろうが勝つという気迫です!」
「風丸……」
円堂が彼の名を呟く。花織も彼の名を微かに口にした。風丸はいつになく焦るというか、気を荒げていた。そもそも彼が、これほど声を荒げることが珍しい。
「円堂、お前だって分かるだろ? 染岡は最初から雷門サッカー部を支えてきた、仲間なんだ‼」
「一郎太くん……」
花織が彼の肩に触れる。染岡に抜けられると技術の面でもメンタル面でも大きく影響が出るのはわかっている。でもそれだけではない、どうして彼はこんなに苛立っているの? 風丸はちらりと花織を振り返った。その目には言いようのない、今まで見たことの無い様な色を映している。
「仲間だからこそよ」
瞳子が静かに言った。
「彼はきっと、チームの為に無理をする。そうなれば皆が彼を気遣って満足に戦うことができなくなるわ」
「でも‼」
それでも諦めようとせず、食って掛かろうとする風丸の声を遮ったのは染岡だった。自分の拳をベンチに叩きつけ、風丸のことを制止させる。
「もういい……、風丸。悔しいけど監督の言うとおりだ、仕方ねえよ。……吹雪、雷門のストライカー任せたぜ!」
悔しそうに一瞬だけ染岡は俯く。だがすぐに顔を上げ、笑顔を見せた。それがチームの皆にとっては痛々しいように思える。彼は誰よりもストライカーという地位に誇りを持っていた。その彼がこんな強がり方を見せるのだから。
「……ああ」
吹雪がぎこちなく笑って染岡の言葉に答える。だがチームの空気はまるでお通夜だった。染岡の離脱に対するショックが大きすぎて誰もが言葉を発せずにいる。染岡は無理におちゃらけた空気に持っていこうと殊更に明るい声を出した。
「何だよみんな、そんな顔すんな! 一時撤退ってやつだ。またすぐに戻ってくる!」
男らしい、頼もしい言葉だ。花織は彼が抜けることはチームにとって大きな損害だと思った。花織と彼は特別親しいわけではない。どちらかと言えば風丸が親しくしているから、一年生などに比べれば少しは話をするという程度だ。でも彼のことを人一倍努力家として、兄貴の様な存在として尊敬している。だから本心を言ってしまえば彼に離脱してほしくはない。彼はチームにとって大きな影響を与える人だろうと思うからだ。
そして花織の考えは外れてはいない。染岡の離脱により、チームが少しずつ崩れ始めるのを今は誰も悟ることは無かった。